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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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仮面の崩壊

 マルティウスの杖が光を放った。


 白い光ではない。赤黒い、禍々しい光。聖教会の長が放つ光としては、あまりにも異質だった。


「知ったか」マルティウスの声が変わった。穏やかさは消え、冷酷な老人の声だけが残った。「知ったところで——遅い」


 杖から放たれた光がレイドに向かった。レイドは横に飛んだが、光は柱を砕き、石の破片が飛び散った。


「マルティウス!」アルヴィンが叫んだ。「何をしている!」


「お前にも見せてやろう、アルヴィン。千年の真実を」


 マルティウスが杖を床に叩きつけた。大聖堂の床に——魔法陣が浮かび上がった。千年前の術式。柱を砕いた時に刻まれた、古代の禁術の残滓。


 大聖堂自体が——柱の跡地の上に建てられていたのだ。


「この大聖堂の下には、最初に砕かれた柱の痕跡がある。千年前、初代の大司教がこの力を封じ、聖教会の礎とした。信仰の力——神の力と呼んでいたものは、全て柱の残滓だ」


 聖騎士たちがざわめいた。自分たちが信じていた神の力が——柱の、魔王と同じ源の力だったと。


「なぜ——それを隠していた」アルヴィンの声が低くなった。


「秩序のためだ。千年の秩序を維持するためには、人々に真実を知らせてはならなかった。魔王は絶対悪。勇者は正義の使者。この構図がなければ——世界は混乱に陥る」


「秩序?」レイドが立ち上がった。「世界が崩壊しかけているのに、秩序もくそもあるか」


「崩壊は再生だ」マルティウスの目に狂気が灯った。「魔王が消え、柱の力が解放されれば——その力を使い、新しい世界を作れる。聖教会が支配する、完全な世界を」


「お前は——世界を壊す気か」


「壊して、作り直す。千年前の大司教も同じことを考えた。だが当時は技術が足りなかった。今は違う。禁術を完成させ、柱の力を——」


 マルティウスの言葉が途切れた。


 銀色の光が——マルティウスの魔法陣を貫いた。


 リーシャが両手を広げ、守り手の力を解放していた。四つの残滓の力が、大聖堂の床に刻まれた千年前の術式を——浄化している。赤黒い光が銀色に塗り替えられ、魔法陣が消えていく。


「あなたの力は——柱の力の残り滓を利用したもの。本物の守り手の力の前では——消えます」


 マルティウスの顔が歪んだ。


「小娘が——」


 杖を振り上げた。だが——エドモンが、その腕を掴んだ。


「エドモン」マルティウスが振り返った。「何をする」


「申し訳ありません、枢機卿」エドモンの声は静かだが、確固たるものだった。「アルヴィン様をお守りすることが、私の務めです。アルヴィン様を騙した者には——たとえ大司教であろうと」


 アルヴィンが聖剣を鞘に収めた。金色の光が消え、大広間に静寂が戻った。


「マルティウス枢機卿。あなたを——拘束する」


 アルヴィンの声に迷いはなかった。信仰は揺らいだ。だが——正義への意志は折れていない。嘘の上に建てられた正義ではなく、自分の目で見た真実に基づく正義。


「アルヴィン。お前は——」


「私は勇者だ。世界を救うためにこの剣を持った。だが——世界を救うとは、魔王を殺すことではなかった」


 アルヴィンがレイドを見た。碧眼が——初めて、一周目の敵意なく、レイドを見ていた。


「レイド。お前を——裏切り者と呼んだことを詫びる」


「いい。——お前が真実を選んでくれたなら、それでいい」


 聖騎士たちの中に、動揺が走っていた。マルティウスに従う者と、アルヴィンに従う者に分かれている。だがアルヴィンが聖剣を持ち、エドモンが傍に立つ限り——この場でマルティウスを支持する者は少ない。


 セレナがマルティウスに近づいた。


「枢機卿。信仰の力が——柱の力と同じ源だったとしても、私は祈ることをやめません。ですが——嘘の上に祈りを捧げることは、もうできません」


 マルティウスの目から、全ての表情が消えた。千年の組織が、一夜で崩れ始めている。その現実が——老人の仮面の下にあったものを、剥き出しにした。


「……終わりではない」


 マルティウスが懐から小さな結晶を取り出した。赤い結晶。禁術の触媒の一部——ミラとジークが破壊しきれなかった、最後の欠片。


「禁術は完全ではないが——これだけで十分だ」


 結晶が光を放った。赤黒い波動が大広間に広がり、リーシャの体を打った。


 リーシャが叫んだ。体内の残滓が——引き裂かれるような痛みが走った。不完全な禁術。だが——守り手の体に宿る残滓を揺さぶるには、十分な力。


「リーシャ!」


 レイドが駆け寄った。左手の紋様が激しく脈動している。ヴェルディアの力が——リーシャを守ろうとしている。


 ——約束。左手は使わない。


 だがリーシャが苦しんでいる。


 レイドの手が震えた。


 その時——セレナが動いた。


 聖女の手がリーシャの肩に触れた。白い光——いや、緑の光が、セレナの手から溢れた。前にアルヴィンの聖剣が枯らした大地に触れた時と同じ光。生命を蘇らせる力。


「——私にも、できる」


 セレナの光がリーシャの体を包み、禁術の波動を中和した。赤黒い力が緑の光に浄化され、消えていく。


 マルティウスの目が見開かれた。


「——聖女が、守り手の力を——」


「聖女の力も、守り手の力も、同じ源です」セレナの声は静かだった。「神の力。魔王の力。柱の力。全て——同じもの。名前が違うだけ」


 赤い結晶が砕けた。マルティウスの最後の手段が——消えた。


 老人は杖を落とした。銀の杖が石の床に転がり、乾いた音を立てた。


「……千年が——」


 マルティウスの膝が折れた。聖騎士たちが老人を取り囲み、拘束した。


 大聖堂に——静寂が戻った。



  ◇



 夜明けが近い。


 大聖堂の窓から、東の空が白み始めていた。


 レイドはリーシャの隣に座っていた。リーシャの体は消耗しているが、四つの残滓は無事だ。セレナの力が禁術の波動を完全に打ち消した。


「セレナ。——ありがとう」


「お礼を言われることではありませんわ」セレナが微かに笑った。「私はただ——正しいことをしただけです」


 アルヴィンが大広間の片隅に立ち、エドモンと何かを話している。聖騎士たちを再編し、マルティウスの拘束を確認している。


 ジークとミラが地下から合流した。


「禁術は完全に潰した」ジークが報告した。「巻物も聖遺物もな」


「ご苦労」


「苦労じゃねえ。——面白かったぜ」


 ガレスとカイルも階段から上がってきた。ガレスの鎧に新しい傷があるが、笑顔だ。


「浄罪の目は全員倒した。——殺してはいねえ」


 全員が無事。全員が——揃っている。


 レイドは一周目を思い出した。あの時——誰一人、こうして生きて隣にいることはなかった。


 リーシャがレイドの手に触れた。


「四つ目——取りました」


「ああ。あと一つだ」


「ヴェルデ聖堂。西の大陸」


「遠いな」


「遠いですね。——でも、行けます」


 リーシャの碧眼が銀色に微かに光った。守り手の力が——世界を支え始めている。四つの残滓で、ヴェルディアの負荷は半分になった。世界の崩壊は——遅くなった。


 だがまだ終わっていない。五つ目の残滓を取り込めば、世界は安定する。ヴェルディアは千年ぶりに休める。


 レイドは窓の外を見た。王都の屋根が朝日に照らされ始めている。大聖堂の鐘が——今度は異端者狩りではなく、朝を告げる音を鳴らしていた。


「行こう。最後の柱を、取りに」


 七人が大聖堂を出た。レイド、リーシャ、ガレス、ミラ、カイル、アルヴィン、セレナ。


 一周目では敵だった者たちが——今、同じ方向を向いている。


 西へ。最後の残滓が眠る場所へ。

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