王都の灯
王都ランヴァルドの城壁が、夜闇の中にそびえていた。
レイドたちは王都の南東、丘陵地帯の木立に馬を繋いだ。ここからは城壁の全貌が見渡せる。松明の光が城壁の上を点々と移動している。見張りの兵士。聖騎士の白い鎧が、炎に照らされて時折きらめいた。
「見張りが増えてる」ミラが木の枝に腰かけ、猫目を細めた。「前にあたしが侵入した時の倍はいる。マルティウスが警戒態勢を敷いたんだ」
「正門は無理だな」ガレスが城壁を見上げた。
「当たり前でしょ。異端者宣告されてる人間が正門から入れるわけないし」
「下水道がある」レイドが言った。「一周目で王都を脱出した時に使った道だ。南門の外れに、川が城壁の下を通る場所がある。格子はあるが——」
「あたしが外しとくよ」ミラが枝から飛び降りた。「先に行って格子を外して、ジークの密使に繋ぐ。合流場所を決めておく」
「頼む。合流は——」
「旧市街の鍛冶屋横の裏路地。ジークの息がかかった隠れ家がある。二刻後に」
ミラは闇に溶けるように消えた。足音一つしない。猫のように。
残された四人は、木立の中で短い休息を取った。
カイルが弓の弦を張り直しながら口を開いた。
「レイド。一つ聞いていいか」
「何だ」
「あんたは——一周目で、この王都がどうなったか知ってるんだよな」
レイドは一瞬、答えを迷った。だがカイルの目は真剣だった。
「知っている。——崩壊した。魔王が倒された後、地脈が暴走して大地が裂けた。城壁は崩れ、大聖堂の尖塔は折れ、人々は逃げ場を失った」
カイルの手が止まった。
「それを——止めに行くんだな」
「ああ」
「なら十分だ」
カイルはそれ以上何も聞かなかった。弓の弦を最後まで張り、背に負った。
ガレスが大盾を磨きながら言った。
「リーダー。聖堂の地下に入ったら、リーシャを守るのは俺とカイルの仕事だ。お前は禁術を止めることに集中しろ」
「ガレス——」
「お前は一人で全部やろうとする癖がある。二周目でも変わってねえ。だから言っておく。俺たちを信じろ」
レイドは言葉を詰まらせた。一周目では——全てを一人で背負った。仲間に何も言えず、何も頼めず、その結果——全員を失った。
二周目は違う。仲間がいる。仲間を——信じなければならない。
「分かった。任せる」
ガレスが笑った。豪快な、いつもの笑顔だ。
リーシャは黙って地脈を感じ取っていた。覚醒した守り手の目には、王都の地下を流れる魔力の川が映っている。
「大聖堂の地下に——まだ残滓があります。前に中断された時よりも、呼応が強い。三つの残滓が体内にあるからでしょう。引き合っている」
「取り込むのにどのくらいかかる」
「前回は中断されましたが——今の力なら、五分で十分です」
「五分」
「五分。その間だけ——守ってください」
レイドは頷いた。五分。たった五分で、世界を支える力がさらに一つ、守り手に宿る。
◇
下水道は暗く、冷たかった。
水は脛まであり、石壁から染み出る水滴の音が反響していた。臭いは予想したほど酷くない。王都の下水は古代の技術で設計されており、水流が淀まない構造になっている。
ミラが先に格子を外していた。曲がった鉄棒が壁に立てかけてある。レイドが先頭に立ち、ガレス、リーシャ、カイルが続いた。
下水道を三十分ほど進むと、旧市街の地下に出た。ここからは乾いた石畳の通路が続く。レイドの一周目の記憶と——微かに違う。二周目では聖教会の改修が入っており、壁に聖印が刻まれている。だが通路の構造は変わらない。
合流場所の裏路地に出ると、ミラが待っていた。そして——もう一人。
「よう。遅かったな」
ジークが壁にもたれかけ、腕を組んでいた。
「直接来たのか」レイドが驚いた。
「フェリクスに任せてたら遅えんだよ。——で、作戦は聞いた。二手に分かれるってな」
「ああ。俺とガレスで禁術の儀式を潰す。リーシャとカイルは残滓の回収。ジーク、お前は——」
「陽動だろ? 知ってる」ジークが壁から背を離した。「だがな、レイド。一つ追加情報がある」
ジークの目が真剣になった。
「マルティウスが禁術の他にもう一つ動いてる。アルヴィンに——聖剣の全力解放を命じた」
レイドの血の気が引いた。
「聖剣の全力解放——」
「ああ。マルティウスはアルヴィンに言ったらしい。『魔王領に向けて聖剣の力を解放し、魔王を討て』と。アルヴィンは今、大聖堂の中にいる。マルティウスの前で、聖剣の儀式を行う準備をしている」
「聖剣が全力で解放されたら——」
「地脈が吹っ飛ぶ。世界がぐらつく。お前が言ってた通りだ」
レイドは歯を食いしばった。二つの脅威が同時に動いている。禁術と聖剣。片方だけでも危険なのに、両方が同時に——。
「アルヴィンは大聖堂のどこにいる」
「大広間だ。マルティウスが儀式を主催し、聖騎士と信徒が取り囲んでる。明朝——聖剣の解放儀式が行われる予定だ」
「明朝」
「ああ。つまり——今夜が最後のチャンスだ」
レイドは一瞬目を閉じた。頭の中で情報を整理する。
禁術の儀式の間は地下二階。柱の残滓は地下三階。アルヴィンは大広間。三つの目標を、一晩で全て潰さなければならない。
「計画を修正する」レイドが目を開けた。「三手に分かれる」
「三手?」
「俺が一人で大広間に行く。アルヴィンを止める」
「一人でか」ガレスが声を上げた。「リーダー——」
「アルヴィンを止められるのは俺だけだ。言葉で——止める」
レイドの声に、揺るぎなさがあった。
「ガレスとカイルでリーシャを地下三階に送り、残滓の回収を守れ。ミラとジークで禁術の儀式を妨害しろ。俺は——アルヴィンに全てを話す」
「全てを?」
「ああ。死に戻りのことも。世界の真実も。アルヴィンは——正義の人間だ。真実を知れば——止まるはずだ」
ジークが鼻を鳴らした。
「甘いな」
「甘くても——やる。アルヴィンを力で止めたら、一周目の繰り返しだ。俺は——別の道を選ぶ」
沈黙が落ちた。
リーシャが一歩前に出た。
「レイド。私も行きます」
「リーシャ——」
「残滓の回収は五分で終わります。その後、大広間に向かいます。アルヴィンに——守り手の力を見せれば、言葉だけより説得力がある」
レイドはリーシャの碧眼を見つめた。銀色の光が、奥で静かに燃えている。
「——分かった。だが、まず残滓を確保しろ。それが最優先だ」
「はい」
五人が顔を見合わせた。暗い裏路地で、蝋燭の光が五つの影を壁に映している。
世界の命運が——この一夜で決まる。
「行くぞ」
五人は闇の中に散った。それぞれの戦場へ。それぞれの覚悟を胸に。




