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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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決戦の朝

 大聖堂の鐘が、朝を告げた。


 王都に朝陽が差し込み、石畳が金色に輝く。市民が通りに出て、商人が店を開ける。いつもと変わらない朝——に見えた。だが大聖堂の前には、異様な光景が広がっていた。


 聖騎士が大聖堂を取り囲んでいた。百人以上。白い鎧が朝陽を反射し、整然と隊列を組んでいる。大聖堂の大扉は閉ざされ、浄罪の目の兵士が扉の前に立っている。


 市民たちが足を止め、囁き合う。「何が起きているんだ」「聖教会に何かあったのか」。


 大通りの向こうから、一人の男が歩いてきた。


 アルヴィン。白銀の鎧。聖剣が腰に佩かれ、金色の光を放っている。エドモンが半歩後ろに控え、セレナが並んで歩いている。


 聖騎士たちの間にどよめきが走った。勇者が来た。だが——命令は、勇者を通すなというもの。


「道を開けろ」アルヴィンの声が響いた。


 聖騎士の隊長が前に出た。


「アルヴィン様。マルティウス枢機卿の命令により——大聖堂への立ち入りを制限しています」


「制限? 俺はマルティウスとの会談のために来た。三日前に約束した」


「それは——承知しておりますが——」


「道を開けろ。——二度は言わない」


 アルヴィンの碧眼が聖騎士隊長を射抜いた。聖剣の光が強まり、周囲の空気が張り詰める。隊長の手が震えた。勇者と枢機卿——二つの権威の間で引き裂かれている。


 その時——大聖堂の大扉が内側から開いた。


 マルティウスが杖を突きながら姿を現した。白い法衣。金の冠。老いた顔に冷厳な微笑みを浮かべている。


「勇者殿。約束通り来てくれたな」


「マルティウス。聖騎士で大聖堂を囲んでいるのは何の真似だ」


「護衛だ。昨夜、不審者が大聖堂の地下に侵入を試みた。——心当たりはないかね?」


 アルヴィンの表情が変わらない。だがレイドは倉庫の窓から見ていた。マルティウスは知っている。ミラの潜入に気づいていた。



  ◇



 裏路地の屋根の上から、ミラが手信号を送ってきた。三本指を立て、首を横に振る。


 作戦中止の合図だ。


「何があった」レイドが屋根に上がって囁いた。


「地下への全ルートが封鎖されてる。昨夜あたしが使った排水溝も、予備の通気口も。聖騎士が十人単位で配置されてる。——罠だよ、レイド。マルティウスはあたしたちが地下に来ると読んでる」


「禁術の完成は」


「もう完成してる。あたしがずらした触媒を、元に戻された上にさらに強化されてた。大聖堂の地下全体が術式の一部になってる。——入った瞬間にリーシャの残滓が引き剥がされる」


 レイドの歯が軋んだ。


 大聖堂の正面では、アルヴィンとマルティウスの会談が始まっていた。だがそれは陽動だ。本来ならその隙にレイドたちが地下に潜り、残滓を取り込む手筈だった。


 だが地下が罠なら——入れない。


「リーシャの状態は」


「問題ありません」リーシャが隣の屋根に飛び移ってきた。身のこなしが以前より遥かに軽い。「ですが——地下の術式を感じます。入った瞬間に、三つの残滓が引き剥がされる。ミラの言う通りです」


「なら撤退だ」


「でも——」


「生きていれば、また来れる。だが残滓を失えば終わりだ」


 リーシャの碧眼がレイドを見つめた。銀色の光が揺れている。——悔しさを飲み込んで、頷いた。



  ◇



 大聖堂の前で、会談は決裂に向かっていた。


「アルヴィン。お前は勇者として、聖教会の教えに従う義務がある。守り手などという異端を庇い立てする行為は——」


「マルティウス。千年前の真実を知っているのは、お前だけではない。俺も知っている。——聖教会が世界に嘘をついてきたことを」


 マルティウスの顔から微笑みが消えた。


「……何を言っている」


「柱。六人の術者。世界の均衡。——全て知っている。セレナの調査を読んだ。お前が何を隠し、何を恐れているかも」


 大聖堂前の広場に緊張が走った。聖騎士たちが動揺し、市民たちが息を呑む。


 マルティウスの杖が石畳を打った。


「拘束しろ。勇者を——異端の共犯として拘束しろ!」


「枢機卿、しかし勇者を——」


「命令だ!」


 セレナが聖印を掲げた。白い光が広がり、聖騎士たちの足を止めた。


「皆さん、落ち着いてください。勇者様は——」


 だがその瞬間、マルティウスの手から黒い光が走った。セレナの聖印が弾かれ、石畳に転がる。


「セレナ!」


「大丈夫です——!」


 アルヴィンが聖剣を抜いた。金色の光が広場を照らす。マルティウスの黒い光と聖剣の金色の光が交錯し、衝撃波が走った。


 レイドは屋根の上から見ていた。ジークが路地の向こうから走ってきた。


「レイド! 東門の外にフェリクスが馬を用意した。撤退するなら今だ!」


「アルヴィンは」


「エドモンが引き離す。——アルヴィンは聖剣を持っている。マルティウスも手は出せない」


 レイドはリーシャとガレスに目配せした。


「行くぞ。——王都を出る」



  ◇



 東門を駆け抜けた。


 フェリクスが用意した六頭の馬に飛び乗り、街道を北東に走った。レイド、リーシャ、ガレス、ミラ、ジーク、フェリクス。北門ではカイルが合流し、七人になった。


 背後で大聖堂の鐘が鳴り響いている。警鐘だ。聖騎士が追ってくる。


「カイル! 北嶺のルートは使えるか!」


「獣道を通る! 馬では無理だが——追手も来れない!」


 街道を外れ、山の麓に入った。馬を捨て、徒歩で北嶺の岩場に取り付いた。カイルが先頭を歩き、獣だけが知る道を辿る。


 半日後、尾根を越えた。追手の気配は消えていた。


 岩場の陰で、全員が息をついた。ガレスが岩に背を預け、痛む脚を伸ばした。傷が開きかけている。リーシャの顔色は青白く、地脈から力を汲み上げても疲労は隠せなかった。


「作戦は失敗だ」レイドが静かに言った。「マルティウスに読まれていた」


「禁術は完成してる。次に王都に入ったら——リーシャが狙われる」ミラが木の幹にもたれた。


「だが何もしなければ、マルティウスが動く。禁術を使って、リーシャを——」


「それは王都にいなければ効かない」リーシャが首を横に振った。「禁術は大聖堂の地下の術式と連動しています。距離が離れれば効力は及びません。——ですが、問題はそこではない」


「何だ」


「禁術の完成は——別の意味を持ちます。あの術式は柱の力を操作するもの。マルティウスが禁術を使い始めれば、世界の均衡に影響が出る。——ヴェルディアに、さらなる負荷がかかります」


 沈黙が落ちた。


 ジークが腕を組んだ。


「直接突入が無理なら、別の手を考える必要がある。内部から禁術を無効化する方法。あるいは——マルティウスを政治的に失脚させる方法」


「フェリクスの情報網は」


「各国への文書は準備できている。だが——証拠が足りない。セレナの調査報告だけでは、各国の指導者を動かすには弱い。聖教会の権威は千年分の重みがある」


 レイドは北の山並みを見つめた。雪を被った峰が夕陽に赤く染まっている。


 一周目の記憶が蘇る。一周目でも、壁にぶつかった。何度も。そして——諦めなかった。諦めた時に、全てが終わった。


「中継都市エルステッドに向かう」レイドが言った。「まず態勢を立て直す。ミラ——禁術を無力化する方法を探ってくれ。王都に潜入して情報を集め直す。ジーク、フェリクスは各国への根回しを続けてくれ」


「エルステッドか。——悪くない」ジークが頷いた。「あそこは聖教会の勢力が薄い。宿場としての中立性が保たれている」


「リーシャ。残滓の取り込みは——王都以外にも可能か」


「四つ目の残滓はヴェルデ聖堂——西の大陸です。遠いですが、聖教会の手が届かない場所でもあります。五つ目は王都の大聖堂ですが、マルティウスに押さえられている以上——先に四つ目を狙う方が現実的かもしれません」


「分かった。エルステッドで情報を集めて、次の手を決める」


 七人が北嶺の獣道を歩き始めた。背後に王都の灯りが遠く瞬いている。


 作戦は失敗した。だが——全員が生きている。リーシャの残滓も無事だ。


 まだ終わっていない。


 レイドは前を向いた。星が一つ、東の空に輝き始めていた。

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