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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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勇者の帰還

 アルヴィンが王都の正門に姿を現した時、衛兵たちの顔が凍りついた。


 聖騎士の白銀の鎧。腰に佩いた聖剣の金色の光。そして——勇者の称号を持つ男の、揺るがない足取り。セレナが白馬に跨がり、エドモンが後方を固めている。


「アルヴィン様!」衛兵隊長が駆け寄った。「お戻りでしたか。マルティウス枢機卿が——」


「マルティウスに会いに来た。——道を開けろ」


 衛兵隊長は勇者の目を見て、何も言えなかった。いつもの正義に燃える碧眼ではない。静かで、深い。覚悟を決めた者の目。


 三人は王都の大通りを進んだ。市民が道を開け、囁きが広がる。「勇者が帰ってきた」「魔王領から戻ったのか」「聖女様も一緒だ」。


 大聖堂の石段を上った。正面の大扉が開かれ、聖堂の内部が姿を現す。高い天井。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光。祭壇の奥に——マルティウスが立っていた。


 白い祭服。銀の杖。長い白髭。千年の組織を率いる老人の姿は、いつもと変わらない。だが——アルヴィンの目には、その姿が以前とは違って映った。


「アルヴィン。よく戻った」


 マルティウスの声が聖堂に響いた。穏やかで、慈愛に満ちて——いるように聞こえる。だがアルヴィンは知っている。この穏やかさの裏に、何が隠されているか。


「マルティウス枢機卿。お話があります」


「ああ。私もお前に話がある。——まず、魔王領での報告を聞こうか」


「報告の前に。一つ質問があります」


 アルヴィンが一歩前に出た。聖剣の光が微かに揺れた。


「千年前、聖教会が破壊した四つの柱。その真実を——あなたは知っているのですか」


 聖堂の空気が凍った。


 マルティウスの表情は変わらなかった。微笑みすら消えない。だが——杖を持つ手が、ほんの僅かに震えた。


「柱? 何のことかな」


「知らないとは言わせない。セレナの聖印が魔王の力と共鳴した。神の力と魔王の力は同じ根源だ。あなたはそれを——知っていた」


 マルティウスの微笑みが消えた。老人の顔に、初めて真実の表情が浮かんだ。冷たい、冷たい目。


「セレナ。お前がこの男に吹き込んだのか」


「私は真実を報告しただけです」セレナが前に出た。聖印が胸元で白く光っている。「枢機卿。あなたは召喚命令で、この真実を封じようとしました」


「封じた?——守ったのだ。千年の秩序を。信仰を。民の安寧を」


 マルティウスの声が大きくなった。聖堂の柱に反響し、ステンドグラスを震わせる。


「お前たちには分からないのか。この真実が広まれば何が起こるか。信仰が崩壊し、民は混乱し、秩序が失われる。聖教会があったからこそ——千年間、この世界は平和を保てたのだ」


「平和?」アルヴィンの声が低くなった。「世界は崩壊に向かっている。魔物が暴走し、地脈が乱れ、大地が枯れていく。それがあなたの言う平和ですか」


「それは魔王の——」


「魔王のせいではない。柱を砕いた聖教会のせいだ」


 沈黙が落ちた。聖堂の中で、二人の視線がぶつかっている。勇者と枢機卿。かつて師弟であった二人の間に、修復不可能な亀裂が走った。


 マルティウスが杖を床に打ちつけた。石の音が聖堂に反響する。


「アルヴィン。お前は異端者レイドに毒されている。——衛兵」


 聖堂の側廊から、浄罪の目の兵士たちが現れた。十人。二十人。アルヴィンを取り囲むように配置される。


「勇者アルヴィンを保護せよ。異端の影響から——救い出すのだ」


 エドモンが即座にアルヴィンの前に立った。剣の柄に手をかけ、浄罪の目を睨む。


「エドモン。剣を収めろ」


 アルヴィンの声は静かだった。エドモンが振り返ると——主は笑っていた。


「ここで剣を抜く必要はない」


 アルヴィンが聖剣に手を触れた。金色の光が——聖堂を満たした。ステンドグラスを透過し、天井を照らし、床の石畳に影を焼きつける。浄罪の目の兵士たちが目を覆い、後退った。


「俺は勇者だ。——聖教会が認めた、勇者だ。この剣が証拠だ。そして今、俺は真実を求めている。真実を求める者を異端と呼ぶなら——この教会に正義はない」


 アルヴィンの声が、聖堂の隅々にまで響いた。浄罪の目の兵士たちの中に、動揺が広がる。勇者を捕らえろという命令と、勇者への畏敬の念が衝突している。


 マルティウスの目が細まった。


「……今日のところは、引け」


 浄罪の目が退いた。マルティウスが銀の杖を握りしめ、アルヴィンを見つめている。


「アルヴィン。考え直す時間をやろう。三日だ。三日後に——もう一度、この場で話をしよう」


「三日?」


「三日あれば——お前も冷静になれるだろう。そして私も——準備ができる」


 最後の言葉に含まれた意味を、アルヴィンは聞き逃さなかった。準備。何の準備か。


 アルヴィンはマルティウスに背を向け、聖堂を出た。大扉が閉まる音が、重く響いた。


 石段を下りながら、エドモンが囁いた。


「アルヴィン様。三日は罠です」


「分かっている。マルティウスは三日で——俺を排除する手段を整える。だが三日あれば——レイドたちも次の柱を確保できる」


 アルヴィンは空を見上げた。王都の上空に、灰色の雲が広がっている。


「時間稼ぎだ、エドモン。——俺たちの仕事は、ここで敵の目を引きつけること」


 セレナが頷いた。三人は王都の通りに消えた。嵐の前の静けさの中で——駒が動き始めていた。



  ◇



 大聖堂の奥殿で、マルティウスは一人だった。


 銀の杖が震えている。怒りではない。恐怖だ。


 アルヴィンの目。あの碧眼に宿っていたのは、迷いではなく確信だった。セレナの報告を完全に信じている。そして——聖剣の光は、アルヴィンの側にある。


「聖剣が勇者の意志に従うなら——力では止められない」


 マルティウスは書棚から古い巻物を取り出した。千年前の記録。封印の書。柱を破壊した際に用いた禁術の記録。


「守り手が覚醒を続ければ、柱の力が蘇る。柱が蘇れば——聖教会が千年間築いた全てが、嘘だったと証明される」


 老人の手が巻物を開いた。黄ばんだ羊皮紙に、古代文字で禁術が記されている。


「ならば——覚醒を止めるしかない。守り手の力を奪う禁術が、ここにある」


 マルティウスの指が、一節の記述をなぞった。『柱の残滓を守り手から引き剥がす術』。千年前に使われ、封じられた禁忌の技。


「使いたくはなかった。だが——もはや選択の余地はない」


 老人は巻物を懐にしまい、奥殿を出た。浄罪の目の精鋭を呼び集めるために。


 三日間の猶予。それはアルヴィンへの慈悲ではない。マルティウスが禁術を準備するための——三日間だった。


 大聖堂の鐘が、時を刻んでいた。残された時間が、一刻ずつ削られていく。


 奥殿の窓から見える夕陽が、王都の屋根を赤く染めていた。聖教会の旗が風に揺れている。千年の秩序を象徴する旗が——今、嵐の前兆に晒されていた。

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