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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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柱の守護者

 地下の広間は、青い光に満ちていた。


 天井は見えない。壁は自然石と人工の石組みが混在し、千年の時を経た古代遺構の姿を剥き出しにしている。広間の中央に、半透明の結晶柱がそびえていた。ファレスト聖堂の地下で見たものと同じ——だがこちらはより大きく、より古い。


 結晶の表面に罅が走り、青い光が脈動するように明滅している。柱の残滓。千年前に砕かれた柱の、最後の欠片。


「ファレストの時より強い」リーシャが息を呑んだ。「この柱は——五つの中で二番目に古い。根が深い分、残滓も多い」


 レイドは広間の全体を見渡した。円形の空間。直径は三十歩ほど。壁面に古代文字が刻まれ、床には五芒星の魔法陣が描かれている。ファレストと構造は似ているが——規模が違う。


「ガレス。入口を頼む」


「了解」


 ガレスが大盾を構え、階段の入口に立った。鉄壁の門番。何者であろうと、この男を越えるのは容易ではない。


 レイドとリーシャが結晶柱に向かって歩を進めた。その瞬間——


 空気が変わった。


 結晶柱の影から、何かが立ち上がった。人の形をしているが、人ではない。青い光で編まれた半透明の身体。顔のない頭部。両腕に刻まれた古代文字が脈動し、魔力が波のように広がる。


「——守護者」リーシャが呟いた。


 守護者は二体だった。結晶柱の左右に立ち、無言でレイドとリーシャを見つめている。顔がないのに、視線を感じる。古い、古い意志。千年前にここに残された番人の残光。


 右の守護者が腕を上げた。青い光が凝集し、槍の形になる。魔力で編まれた武器。レイドは剣を抜いた。


「リーシャ。お前は結晶柱に集中しろ。守護者は俺が引き受ける」


「レイド——左手を使わないで」


「分かってる」


 守護者の魔力槍が放たれた。レイドは横に飛び、石畳に着地した。槍が壁に突き刺さり、石が砕けて散る。魔力の余波が肌を焼く。


 二体目の守護者がリーシャに向かった。だがリーシャの体から銀色の光が放たれ——守護者が止まった。


 守り手の力。覚醒したリーシャの魔力が、守護者の古い意志に触れた。


「——あなたたちは、柱を守るために残された存在」


 リーシャが両手を広げた。銀色の光が守護者を包む。守護者の身体の古代文字が明滅し——やがて、ゆっくりと腕を下ろした。


 だが右の守護者はまだ戦闘態勢だった。レイドに向かって二本目の魔力槍を放つ。


 レイドは剣で受け流した。衝撃が腕に走る。重い。魔力で編まれた攻撃は、物理的な武器とは比較にならない密度を持っている。


 だが剣を握る手は震えなかった。


 五歩。守護者との距離を詰める。魔力槍が三本、四本と放たれ、レイドはその全てを回避した。一周目の経験が生きている。魔力を帯びた攻撃の軌道は、魔物の遠距離攻撃と似ている。パターンがある。


 最後の一歩。守護者の懐に入り込み——剣の腹で、守護者の胸を叩いた。斬るのではなく。砕くのでもなく。ただ、触れた。


「お前の役目はもう終わりだ」


 剣を通して、レイドの意志が守護者に伝わった。千年間、主のいない柱を守り続けた番人。その忠義に、レイドは敬意を示した。


 守護者の身体が震え——やがて、青い光が散っていった。粒子になり、天井に向かって昇っていく。もう一体の守護者も、リーシャの銀色の光に包まれて静かに消えた。


 広間に静寂が戻った。


「終わったか」ガレスが入口から声をかけた。


「ああ。——リーシャ」


 リーシャは既に結晶柱の前に立っていた。両手を柱に添え、目を閉じている。銀色の光が指先から結晶に流れ込み、青い光と交わって白い輝きに変わる。


「始めます」


 覚醒の第二段階。二つ目の柱の残滓を体内に取り込む。


 リーシャの身体が光に包まれた。髪が舞い上がり、碧眼が銀色に染まっていく。結晶柱の中から、古い力が流れ込んでくる。千年前の柱の記憶。この地で世界を支えていた力の残響。


 レイドは見守った。左手の紋様が反応して脈動しているが——手を出さない。リーシャとの約束だ。


 一分。二分。五分。


 結晶柱に大きな罅が走り——砕けた。青い光の粒子が雪のように降り注ぎ、リーシャの身体に吸い込まれていく。


 リーシャが目を開けた。碧眼の中の銀色の光が、以前より深くなっている。


「二つ目——完了です」


 声は静かだったが、体内を流れる力は増していた。地脈の感覚がより鮮明になり、この山の下を流れる魔力の流れが手に取るように分かる。


「体は」


「問題ありません。むしろ——安定しました。一つ目の残滓だけでは不安定だった力が、二つ目で補完されている。三つ目、四つ目を取り込めば——ヴェルディアの負荷を大幅に軽減できます」


 レイドは頷いた。成功だ。二つ目の残滓を確保した。あと二つ。


 だがその安堵は、長くは続かなかった。


 ガレスの声が、地下に響いた。


「リーダー! 上に人の気配がある! 複数だ!」


 レイドは剣を握り直し、階段を見上げた。聖教会の追手か——それとも。


「行くぞ。この場所に閉じ込められるわけにはいかない」


 三人は階段を駆け上がった。次なる困難に向かって。覚醒の成果を胸に抱きながら。



  ◇



 同じ頃。王都。


 マルティウスは大聖堂の奥殿で、報告を受けていた。


「ファレスト聖堂の地下に侵入の痕跡。柱の残滓——消失」


 浄罪の目の隊長が跪いている。マルティウスの白い髭の下で、唇が引き結ばれた。


「愚かな」


 老人の声は静かだったが、奥殿の石壁に反響して、威圧感を増した。


「千年間封じてきた力を——小娘が体に取り込んだと?」


「痕跡から推測するに——守り手の覚醒が進行しています」


「守り手」


 マルティウスがその言葉を噛みしめた。千年前に聖教会が抹消した概念。柱と共に世界を支える存在。それが今——蘇ろうとしている。


「残りの聖堂に先手を打て。アイゼン、カルディナ、ヴェルデの三聖堂に聖騎士を派遣せよ。地下への立ち入りを完全に封鎖しろ」


「しかし、北のアイゼンは管理人が不在で——」


「だからこそだ。急げ。間に合わなければ——千年の秩序が崩壊する」


 浄罪の目の隊長が立ち上がり、奥殿を出て行った。


 マルティウスは一人になり、祭壇の前に立った。黄金の十字架が、燭台の光を受けて輝いている。


 ——守り手が覚醒すれば、聖教会の存在意義が問われる。


 千年前、聖教会は柱を破壊し、魔王を封じた。その行為を「浄化」と呼び、教義の根幹とした。だが真実は違う。柱の破壊は世界を弱体化させ、魔王の負荷を増大させた。聖教会が世界を救ったのではない。——世界を壊したのだ。


 その真実が広まれば、聖教会は終わる。


「終わらせはしない」


 マルティウスの目が、暗い光を帯びた。信仰のためではない。千年の組織を守るために。権力を手放さないために。


 老人は祭壇に向かって祈った。だがその祈りは——神に届かない種類のものだった。


 窓の外で、王都の鐘が夕刻を告げていた。鐘の音が街に響き渡り、人々は教会に祈りを捧げる。千年間続いてきた日常。——しかしその日常の下で、世界は確実に変わり始めていた。

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