嵐の前
翌朝。六人が宿屋の一室に集まった。
テーブルの上に大陸の地図が広げられている。レイドが地図の上に指を置き、状況を整理した。
「現状を確認する」
全員が注目した。
「守り手の覚醒は成功した。ヴェルディアの負荷が軽減され、魔物の暴走は沈静化している。だがこれは一時的だ。ヴェルディアの余命は延びたが、根本的な解決にはなっていない」
「根本的な解決とは」リーシャが口を開いた。
「壊された四つの柱を復元すること。——それが可能かどうかは分からない。だが可能性を探る価値はある」
「四つの柱はどこにあった」アルヴィンが地図を見つめた。
「五大聖堂の位置がそれぞれ柱の跡地だとすれば——王都、ファレスト、北のアイゼン、東のマレーネ、西のゴルトの五ヶ所。ファレストの柱の残滓はリーシャが吸収した。残り三ヶ所に残滓があるなら——」
「復元の可能性がある」リーシャが続けた。「ですが、柱の復元には残滓だけでは足りません。柱は生きた存在です。残滓を核にして、新たな柱を——育てる必要がある」
「育てる?」ガレスが首を傾げた。
「種を蒔いて木を育てるようなものです。残滓は種。それを育てるのが——守り手の力。私とセレナさんの力を合わせれば、一つの柱を復元できるかもしれない」
セレナが聖印を握りしめた。
「私にも——その力がありますか」
「あります。あなたの聖印は柱の力と同じ根源を持っています。覚醒の手順を踏めば——」
「やります」セレナの声に迷いはなかった。
レイドが地図の王都の位置を指した。
「最大の障害はマルティウスだ。聖教会は守り手の覚醒を阻止しようとしている。セレナの覚醒も、柱の復元も——全てマルティウスが立ちはだかる」
「マルティウスの目的は何だ」アルヴィンが拳を握った。「教義を守るためだけじゃないはずだ」
「千年前、聖教会は四つの柱を破壊した。その理由は——柱を破壊することで、世界の魔力を聖教会が独占的に管理するためだ。五大聖堂は柱の残滓の上に建てられ、その力を利用してきた。守り手が覚醒し、柱が復元されれば——聖教会は力の源を失う」
「権力のためか」
「そうだ。信仰ではなく——権力のために。千年かけて築いた支配構造を守るためだ」
テーブルの上に重い沈黙が落ちた。
アルヴィンが立ち上がった。
「俺がマルティウスと向き合う。Aパーティーの勇者として、聖教会に対して——真実を突きつける」
「一人では危険だ」
「一人じゃない。エドモンもいる。そして——セレナ」
セレナが頷いた。
「私も行きます。聖女として——教会の内部から、真実を訴えます」
「ならば、役割を決める」
レイドが六人を見回した。
「アルヴィン、セレナ、エドモン——三人で王都に戻り、マルティウスと対峙する。聖教会の内部から動揺を作る。アルヴィンが勇者として声を上げれば、民衆にも影響がある」
「了解だ」アルヴィンが頷いた。
「リーシャと俺は、次の聖堂に向かう。セレナの覚醒はリーシャが導く。セレナが覚醒すれば——二人の守り手でヴェルディアを支えられる」
「待ってくれ」セレナが手を挙げた。「私は王都に行くのですか、それとも聖堂に行くのですか」
「まず王都でアルヴィンと共に声を上げる。それが聖教会の注意を引きつける。その間にリーシャと俺が次の聖堂——北のアイゼン聖堂——で二つ目の柱の残滓を確保する。成功したら合流し、セレナの覚醒に移る」
「二段階の作戦か」ガレスが腕を組んだ。「いいじゃねえか。俺はどうする」
「ガレスは俺たちと来てくれ。アイゼン聖堂は北嶺に近い。魔物はまだ完全には沈静化していない。前衛が必要だ」
「任せろ!」
「ミラ」
「あたしは——情報戦でしょ」
「ああ。ジークと連携して、マルティウスの次の手を先読みしてくれ。浄罪の目の動きを監視し、こちらの行動が封じられないようにする」
「了解。ジークとは話が通じるしね。あの人、金の匂いがしない仕事にも乗ってくれるようになったよ」
六人の役割が定まった。
レイドは窓の外を見た。エルステッドの空に雲が広がり始めている。文字通りの嵐が近づいているのか、それとも——。
「明日、それぞれの道を行く。次に全員が揃う時は——」
「世界を救った時だな」ガレスが笑った。
「気が早いよ、おっさん」ミラが肩をすくめた。
「いいんだよ。目標は大きい方が燃えるだろ」
リーシャが微笑んだ。セレナが両手を合わせた。アルヴィンが聖剣に手を触れた。
六つの意志が、一つの目的に向かって収束していく。
レイドの左手が、温かく脈動した。ヴェルディアの力と守り手の力が混ざった、新しい鼓動。
——もう少しだ。
世界はまだ終わっていない。そして六人は、終わらせない。
エルステッドの空が曇り、遠くで雷鳴が響いた。嵐が来る。だがその嵐の向こうに——晴れた空があると信じて。
第三章、完。
◇
その夜、レイドは一人で宿屋の裏庭に出た。
冷たい夜風が肌を刺す。空には雲が広がり、星はほとんど見えない。だが紋様の感覚を通じて——世界の鼓動が感じられた。
守り手の覚醒以来、紋様の性質が変わった。以前はヴェルディアの苦痛と衰弱を伝えるだけだった。だが今は——世界全体の脈動を感じ取れる。地脈の流れ。魔力の循環。そしてその循環の中に、新しくリーシャの銀色の光が加わっている。
世界が——少しだけ、息をしやすくなっている。
だがまだ足りない。一つの守り手では、四つの柱の欠損を補いきれない。セレナの覚醒。二つ目の柱の残滓の確保。やるべきことは山積みだ。
「レイド」
背後から声がした。アルヴィンが、裏庭に出てきた。
「明日、発つ前に——一つだけ」
「何だ」
「俺がマルティウスと向き合う時——最悪の場合を考えてくれ」
「最悪の場合?」
「俺が教会に捕まるか、殺されるかだ。その場合——セレナを頼む。あの子は俺のパーティーの聖女だ。だが俺がいなくなれば——守る者がいなくなる」
レイドはアルヴィンを見つめた。若い勇者の碧眼に、覚悟が宿っている。自分の命を賭ける覚悟。
「死ぬなよ」
「死なないさ。——ただ、念のためだ」
「分かった。約束する」
アルヴィンが頷いた。そして——微かに笑った。
「不思議だな。一周目では俺がお前を殺したのに、二周目ではお前に命を預けてる」
「人は変わる。世界も変わる。——二周目だからこそ、変えられる」
「そうだな」
二人は裏庭に立ち、曇った空を見上げていた。星は見えない。だが空の向こうに星があることを、二人は知っている。
明日、それぞれの戦いが始まる。
勇者たちの戦い。聖女の戦い。学者の戦い。盾の戦い。斥候の戦い。そして——魔王の、静かな戦い。
全てが繋がっている。全てが、一つの目的に向かっている。
世界を——救うために。
レイドの左手が脈動した。遠い魔王城から、ヴェルディアの鼓動が伝わってくる。
——待っていろ。必ず、世界を救う。
嵐の前の静寂が、夜を包んでいた。




