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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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勇者対勇者

 一日の猶予。


 レイドは結界内に戻り、仲間とヴェルディアに報告した。


「アルヴィンに証拠を見せる。——あの魔力模型を」


 ヴェルディアの紅い瞳が、静かにレイドを見つめた。


「アルヴィンを城内に入れるということか」


「ああ。危険なのは分かっている。だが——」


「構わない」


 ヴェルディアが即答した。その声に迷いはなかった。


「真実を見せるのが、最も確実な説得だ。——ただし、聖剣は封じてもらう」


「それはアルヴィンが応じるか——」


「応じさせるのが、お前の仕事だろう」


 ヴェルディアの唇が、微かに上がった。笑みとも皮肉ともつかない表情。三千年を生きた者特有の、諦観を帯びた余裕。



  ◇



 翌朝。結界の外。


 レイドは一人で、アルヴィンの陣地に向かった。


 聖教会の旗を掲げたテントが、荒野に整然と並んでいる。兵士たちの鎧が朝日に反射し、炊事の煙が薄く立ち昇っている。規律の取れた軍勢だった。


 陣地の入口で、エドモンが立ちはだかった。


「武装解除しろ」


 レイドは剣を差し出した。エドモンが無言で受け取り、背後の兵士に渡す。


「案内しろ。アルヴィンに会いたい」


 エドモンの冷たい目が、数秒間レイドを見据えた。そして無言で背を向け、陣地の奥へ歩き始めた。


 テントの列を抜ける間、兵士たちの視線がレイドに集中した。敵意を隠さない目。「裏切り者」「魔王の手先」——囁きが、石を投げるように飛んでくる。レイドは表情を変えず、前を向いて歩いた。一周目でも同じ言葉を投げつけられた。慣れている。——いや、慣れてはいけない。この痛みを忘れた時、本当に人間でなくなる。


 アルヴィンは指揮テントの中にいた。地図を広げ、進軍計画を練っている。金髪が朝の光を受けて輝き、碧眼は冷たく鋭い。


 だがその隣に——セレナ・ヴァルハイトが座っていた。


 白い法衣。翡翠の瞳。穏やかだが芯の強い眼差し。一周目で見たのと同じ、慈悲と知性を兼ね備えた聖女の顔。


「レイドさん。お会いできて嬉しいですわ」


 セレナが微笑んだ。だがその微笑みの奥に、疲弊が見えた。目の下に薄い隈があり、法衣の袖口から覗く手が微かに震えている。


「セレナ。久しぶりだな」


「本題に入れ」アルヴィンが地図から視線を上げた。「証拠があると言ったな。見せろ」


「見せる。だが場所を移す必要がある。——魔王城の地下に、世界の魔力循環を示す模型がある。それを見れば、全てが分かる」


 アルヴィンの碧眼が鋭くなった。


「魔王の城に入れと? 罠だろう」


「罠ではない。その証拠に、聖剣以外の武装は許す。ただし聖剣だけは封じてくれ。聖剣の力は結界と干渉する。城内で暴発すれば——ヴェルディアだけでなく、お前たちも危険だ」


 アルヴィンの手が、腰の聖剣に触れた。金色の刃が微かに脈動している。


「聖剣を手放せと」


「預けるだけだ。エドモンに持たせればいい。城の外で待機させる」


 長い沈黙。テントの中で、地図の端が風に揺れる音だけが響いた。


「——アルヴィン様」


 セレナが口を開いた。


「私も同行します。もし罠なら、私が結界を張りますわ」


 アルヴィンがセレナを見た。聖女の翡翠の瞳が、静かに頷いている。


「……分かった。だが条件がある。エドモンを同行させる。そして——少しでも不審な動きがあれば、即座に撤退する」


「了解だ」


 レイドの胸の奥で、ヴェルディアの紋様が微かに脈動した。



  ◇



 魔王城の地下。魔力模型の間。


 アルヴィンは無言で立ち尽くしていた。エドモンが背後で剣の柄に手を置き、いつでも動ける姿勢を崩さない。セレナは一歩前に出て、翡翠の瞳を大きく見開いていた。


 目の前に浮かぶ巨大な立体模型。大陸の地形が魔力の光で描かれ、地脈の流れが青い光の線として蠢いている。その全てが、魔王領を中心に放射状に広がり、脈動している。


 そして——模型の各所に、赤い点が灯っていた。地脈の乱れ。魔力の枯渇。農地の枯死。魔物の暴走。全てが赤い警告として、模型に映し出されている。


「これが——世界の今の姿だ」


 レイドの声が、静かな地下空間に響いた。


「赤い点は全て、魔王の力が弱まったことで生じた異常だ。地脈のエネルギーが枯渇し、魔物の制御が外れ、自然法則が不安定になっている」


 アルヴィンの碧眼が、模型の上を走った。彼の視線は王都の近くで止まった。そこにも赤い点がある。


「王都の近郊でも……」


「ああ。お前が見た東回廊の枯死した森と同じ原因だ」


 セレナが模型に手を伸ばした。翡翠の瞳が光を帯び、魔力で模型に触れる。


 その瞬間、セレナの顔が蒼白になった。


「これは——」


 セレナの声が震えていた。


「この模型の魔力は……神聖魔法と同じ根源です。聖教会の力と、魔王の力が——同じものから生まれている」


 アルヴィンが振り向いた。


「何を言っている、セレナ」


「私の聖印が反応しています。この模型の魔力と、私が神から受ける力が——」


 セレナが聖印を握りしめた。白い光が微かに灯り、模型の青い光と共鳴するように揺れた。


「同じです。同じ源です。魔王の力と、神の力が——」


 セレナの言葉が途切れた。唇が震え、翡翠の瞳に涙が溢れた。


 聖女が信じてきた全てが——教義の根幹が——揺らいでいる。


 アルヴィンの拳が白くなるまで握りしめられた。碧眼が模型を見つめている。赤い点が脈動するたびに、その瞳の奥で何かが軋んでいる。


「……認めない」


 アルヴィンの声は、絞り出すように低かった。


「これだけでは——証拠にならない。魔王が作った模型だ。偽装の可能性がある」


「セレナの聖印が反応した。あれは偽装できない」


「——認められない!」


 アルヴィンの声が反響した。模型の光が一瞬だけ揺れ、地下空間全体が震えた。


 エドモンが剣の柄に手をかけた。だがアルヴィンは動かなかった。拳を握りしめたまま、模型を見つめている。


 セレナが涙を拭い、アルヴィンの腕に触れた。


「アルヴィン様。——少しだけ、時間をください。私が調べます。この模型が真実を映しているのか、聖印の力で確認できます」


 アルヴィンの碧眼がセレナを見た。聖女の翡翠の瞳は揺れていたが、その奥に——真実を求める意志が灯っていた。


「……分かった」


 アルヴィンが背を向けた。


「三日だ。三日で、セレナが結論を出す。それまで——攻撃は止める」


 一日の猶予が、三日に延びた。


 だがアルヴィンの背中は、前夜祭で見た堂々たる勇者の姿とは違っていた。肩が僅かに落ち、歩みに迷いが滲んでいる。


 正義を信じる男の、信仰が揺らぎ始めていた。


 レイドは模型の前に立ち、赤く脈動する王都の光を見つめた。三日。その間に——やるべきことがまだ、山のようにある。


 地下の階段を上がると、回廊でリーシャが待っていた。


「どうでしたか」


「三日の猶予を得た。セレナが模型を調べる」


「セレナ……聖女の彼女が、味方になる可能性は?」


「ある。彼女の聖印が、模型の魔力と共鳴した。魔王の力と神の力が同じ根源だと——自分で感じたんだ」


 リーシャの碧眼が光った。学者の目だ。


「それは重要な情報です。私も独自に検証させてください」


「頼む」


 リーシャが早足で去っていく。その背中を見送りながら、レイドは壁にもたれた。


 三日。アルヴィンの信仰が揺らいでいる今が、最後のチャンスかもしれない。

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