深淵への扉
海底神殿。石室。礎石の前。
十人が立っていた。松明の光が石壁を照らし、礎石の紋様が微かに光っている。新しく刻まれた四つの力の痕跡が、古い書体と調和して輝いている。
「ここの下に——イルヴァーンの空間がある」ヴェルディアが礎石に手を当てた。「礎石を通じて——通路を開く」
「封印に影響は」フェリクスが計測器を構えた。
「礎石の構造を変えるのではなく——礎石の下の岩盤に穴を開ける。封印には影響しない。ただし——穴を開けた瞬間、イルヴァーンが気づく」
「気づいたら——何が起きる」
「分からない。だからこそ——防衛ラインが必要だ」
配置が決まった。
礎石の周囲にアルヴィン、ガレス、セレナ。聖剣の金色の光が石室を照らしている。ガレスの大盾が壁のように立ち、セレナの翡翠の瞳が集中している。
通路にジーク、フェリクス、ヴァレリウス。退路の確保と計測と封印監視。
そして礎石の前に——レイド、リーシャ、ヴェルディア、ミラ。先行隊四人。
「開ける」
ヴェルディアが礎石に両手を当てた。三千年前の知識で——岩盤の構造を読み取る。弱い点を見つけ、そこに力を集中させる。
「レイド。お前の力を借りる。礎石を通じて——お前の魂の断片が岩盤に触れる。それを使って——道を作る」
レイドが礎石に手を当てた。自分の魂の一部が石柱の中にある。その感覚を——手のひらを通じて辿った。
石柱の奥に——自分の力が眠っている。それを通じて——さらに下へ。岩盤に触れた。硬い。だが——一点だけ、薄い場所がある。
「見つけた」
「そこだ。——押し通せ」
レイドが力を込めた。岩盤の薄い部分が——砕けた。
穴が開いた。
直径は人一人が通れるほど。穴の底から——赤い光が漏れた。温かい空気が噴き上がり、石室に赤い霧が漂った。
「開いた——」
全員が穴を見下ろした。赤い光の底に——何かが見える。建造物のような——構造体の輪郭。
「降りる。——ミラ、先に」
「了解」
ミラが穴に身を躍らせた。猫のような身軽さで壁面に手足をかけ、降りていく。数秒後、下から声が上がった。
「着地。——広い空間がある。天井が高い。赤い光が壁から出てる。——安全だよ、今のところ」
レイドが次に降りた。リーシャが続き、最後にヴェルディアが降りた。
穴の下に広がっていたのは——。
「これは——」リーシャが息を呑んだ。
巨大な空間だった。天井は目視できないほど高く、赤い光が全体を照らしている。壁面は滑らかに加工された黒い石で覆われ、規則的な紋様が刻まれている。
だが最も驚くべきは——空間の中央に立つ構造物だった。
塔。黒い石で作られた塔が、空間の中央に聳えていた。高さは百歩以上。螺旋状の構造が天井まで伸び、赤い光を発している。
塔の周囲に——小さな建造物が点在していた。家のようなもの。道のようなもの。広場のようなもの。——街だ。小さな、模型のような街が、塔の周囲に作られていた。
「街——?」ミラが目を丸くした。
「三千年かけて——作ったのか。この空間を」レイドが呟いた。
ヴェルディアが塔を見上げた。琥珀色の瞳に——複雑な光がある。驚きと、畏怖と、悲しみ。
「イルヴァーン——お前は——こんなものを」
塔の表面に刻まれた紋様が——光った。赤い光が脈動し、空間全体が低く振動した。
そして——声が響いた。イルヴァーンの声。夢の中で聞いた、穏やかで知性的な声。
「ようこそ。——私の箱庭へ」
声は空間全体から聞こえた。壁から、天井から、床から。どこにいるのか分からない。
「姿を見せろ」レイドが剣の柄に手をかけた。
「焦るな。——まず見てくれ。三千年の成果を。私が何を作ったか。——お前たちの目で、確かめてくれ」
赤い光が——塔の基部を照らした。そこに——扉がある。開いている。
「入れということか」
「入りたければ入れ。強制はしない。だが——見なければ、判断はできないだろう」
レイドはリーシャとヴェルディアを見た。ミラは既に周囲を偵察している。
「罠の可能性は」
「罠なら——もっと早い段階で仕掛けている。ここまで来させた以上——見せたいものがあるのだろう」ヴェルディアが言った。
「リーシャ」
「行きましょう。——学者として、見たい」
四人は塔に向かって歩き始めた。赤い光に照らされた道を。三千年の知性が作った、深淵の底の街を通って。
塔の扉の前に立った。赤い光が脈動し、扉の奥に——暗闇が広がっている。
「入る」
レイドが先頭で踏み込んだ。暗闇の中に——螺旋階段があった。上に向かって伸びている。
四人は階段を上り始めた。イルヴァーンの三千年の成果を——確かめるために。




