勇者の帰還
回復期間の六日目。港に船が入った。
レイドが波止場で魚を買っていた時、水平線に帆が見えた。大型の帆船。船首に——金色の紋章が輝いている。王都の紋章。
「あれは——」
船が桟橋に着いた。タラップが降ろされ、最初に降りてきたのは——金髪の男だった。腰に聖剣を佩き、碧眼が朝日を映している。
「アルヴィン」
「よう。レイド」
アルヴィンが手を差し出した。レイドが握り返した。何度目かの握手。だが——以前より力が強い。
「なぜここに」
「ガレスから伝書が来た。『レイドが深淵の底に降りるらしい。馬鹿を止めに来い』と」
「ガレスが——」
レイドが振り返ると、食堂の窓からガレスが顔を出していた。バツが悪そうに頭を掻いている。
「止めに来たのか」レイドがアルヴィンに聞いた。
「止めに来たんじゃない。一緒に行くために来た。——深淵の底に勇者が必要だろう」
タラップからセレナが降りてきた。翡翠の瞳に柔らかな笑み。白い法衣は王都のものではなく、旅装束に近い簡素なものだ。
「レイドさん。お久しぶりです」
「セレナ。王都は——大丈夫なのか」
「エドモンが残っています。聖教会の改革は軌道に乗りました。——今は、ここが必要だと」
その後ろから——もう一人。
「久しぶりね、リーダー」
ミラが猫のようにタラップから飛び降りた。短い黒髪。鋭い目。旅装束の下に短剣を隠している。
「ミラ——」
「あたしも来たよ。——風の向くまま旅してたら、王都でアルヴィンに会った。事情を聞いて——面白そうだったから」
「面白いという話ではないが——」
「深淵の底に三千年の天才が作った世界がある。——面白くないわけがないでしょ」
ミラの唇が不敵に上がった。この女は——危険が大きいほど目が輝く。
食堂に全員が集まった。
レイド。リーシャ。ヴェルディア。ガレス。ジーク。フェリクス。ヴァレリウス。アルヴィン。セレナ。ミラ。
十人。
「揃ったな」ジークが腕を組んだ。「壮観だ」
「壮観じゃない。——必要な人数だ」レイドが全員を見回した。
アルヴィンに状況を説明した。五つの封印。礎石。イルヴァーン。三千年の構築物。魂の断片。赤い夢。
アルヴィンは黙って聞いていた。聖剣の金色の光が——微かに揺れている。
「つまり——封印は完全だが、封印の中に脅威が残っている」
「そうだ。放置すれば——いずれ封印を内側から突き破る可能性がある」
「突き破ったら」
「五つの封印が崩壊する。深淵の眷属が解放される。——世界が終わる」
セレナの翡翠の瞳が曇った。
「レイドさん。イルヴァーンは——話し合える相手なのでしょうか」
「分からない。夢の中では——理性的に見えた。だが、三千年の孤独が人間をどう変えるか——」
「ヴェルディアさんに聞きます。三千年前のイルヴァーンは——どんな人でしたか」
ヴェルディアが少し考え、答えた。
「優しい男だった。——人間が好きで、世界が好きで、全てを良くしたいと思っていた。才能は五人の中で最も高く、理想も最も高かった。だから——深淵の力に手を出した。より良い世界を作るために」
「善意で——世界を危険に晒した」
「ああ。最も厄介な種類の脅威だ。——悪意ならば、力で止められる。だが善意は——理屈で崩せない」
ミラが口を挟んだ。
「善意か悪意か——見てみなきゃ分からないでしょ。あたしは見る専門だよ。潜入調査なら任せて」
「深淵の底に潜入できるのか」
「どこでも潜入するよ。それがあたしの仕事だ」
アルヴィンが立ち上がった。
「方針を聞かせてくれ。レイド」
「明日——海底に降りる。礎石の下の空間を開き、イルヴァーンが作ったものを確認する。全員で行く必要はない。先行隊と後方支援に分ける」
「先行隊は」
「俺、リーシャ、ヴェルディア、ミラ。四人で偵察する」
「俺は」
「後方支援だ。アルヴィン。お前には礎石の守りを頼む。封印が不安定になった場合の防衛ラインが必要だ」
アルヴィンの碧眼が鋭くなった。前に出たい気持ちがある。だが——レイドの判断を信頼している。
「……分かった。礎石は俺が守る」
「ガレスも礎石側だ。盾がいる」
「了解だ」
「ジークは通路の確保。退路を守ってくれ。フェリクスは計測。セレナは回復支援。ヴァレリウスは聖印で封印の監視」
全員が頷いた。
「明日の朝——出発する」
食堂の窓から、夕陽が差し込んでいた。レヴァルスの港が赤く染まっている。
明日。深淵の底に——降りる。




