勇者の剣、またまたまた返品します。
小さな精霊たちが、今日も今日とて楽しそうに遊んでいます。
勇者様が三度目の来訪から旅立たれた後、私は今度こその平和を手にしていました。
これが東方より伝わる三顧の礼というやつですか? 周りの精霊たちが違うよと主張してきましたが、まぁいいでしょう。
とはいえ、同じく東国の成語で、二度あることは三度あるという言葉はあれど、三度あることは四度あるという言葉はありません。つまり、さすがにこれで最後ということでしょう。周りの精霊たちもこれには頷いています。
何せ、ただでさえ比類なきナンバーワンだった私の剣に、威力調整機能と節度を持った輝きへの修正に加え、チームワークに配慮して斬撃エフェクトまで改善したのですから。
もうこれにケチつけるのは無理じゃないですか。どれだけ方々に気を遣ったと思っているのですか。まったく、今度こそ魔王討伐の報せを聞きたいものです。何回も期待しては落とされるのを繰り返されては私も疲れます。
ああ、早く私の剣が立てた数多くの武功を聞きながら勇者様と美酒を交わしたい!
そんなことを今日も考えているのです。次こそは勝利の報告にしてください。
勇者様、早く魔王を倒して帰ってきてくれないかしら。わくわく。
―—森に侵入者があったようです。アポイントなどあるはずもなく。
しばらくして入口から歩いてきたその姿は、紛れもなくあの方でした。
「勇者様!」
私はいつものようにはしゃいでしまいました。私ったら今日もはしたない。
「勇者様、お戻りになったのですね! 今度こそ魔王を討伐できたのですか?」
「……。」
「お腰につけた剣の武功を語りつくすには、どのくらいの長さの酒席が必要ですか?
いえ、お望みならばいくらでも! いくらでも語ってくださって構わないのですよ!」
「……。」
「勇者様が好きなお酒は何ですか? なんだって取り揃えます。祝いの席ですからね!」
「……。」
勇者様は、黙っておられます。一人でまくしたてる私の温度差がちょっと心にきますが、壮絶な旅に少し疲れてしまわれたのでしょう。
「勇者様、どうかされましたか?」
「精霊さん。」
「はい!」
「魔王は、まだ討伐できていません。」
「え?」
「魔王に奪われた土地も、まだ三分の一くらいしか取り返せていません。」
「え?」
「魔王の幹部もまだ全然倒せてません。」
「え?」
私は困惑しました。ええ、またしても結構時間経ったのに、全然進んでないじゃん……と。その剣ももう三度改良を加えましたし、パーティーでの連携もばっちりのはず。もう詰まる要素あります? どこかの町のカジノとかでめちゃくちゃ油売ってるとかじゃないとありえなくないですか?
「そ、そうですか……。それで、本日はどうされたのですか?」
「はい、この勇者の剣を、返品したいと思います。」
「え。」
え????????
なんで????????
それ文句なし地上最強の剣ですよ?? もうそれ使ったら多分他の剣にもどれませんよ? いやそもそもその剣をもってしてもまだ全然冒険進んでないんじゃないんですか?
jokerも2も1も革命対策の3も4も揃えてなお大富豪になれず平民ばかりのあなたが、手札まで平民のそれに取り替えてどうするんですか……と。
「ど、どうしてでしょうか勇者様。その剣は最強な上三度の改良を経たパーフェクトな剣のはすです、一体何が不満なのですか……。」
「最近は王都からそれなりに離れた場所にある町に長らく滞在していたのですが、その町はずっとゴブリンの大群に襲われて困っていたんですよ。」
「あー……。なんだかそういう地方もあると聞いたことがあります。ほんとにとんでもない数のゴブリンが湧くらしいですね。」
「その町でずっとゴブリンを倒していて気づいたのですが、この剣、オートバトル機能がついてますね?」
「よくぞ気づいてくださいました! そうです、特定の魔物との戦闘経験が重なると、剣が相手の能力や行動パターンを学習し、次にその魔物と戦う時にオートバトルに移行して自動で倒してくれる、という画期的な機能をつけていたのです!」
「それやめてほしいんですよね。」
「なんでですか!?」
「確かにオートって便利ですよね。王都で人気のゲームでも、オートバトル機能の搭載が進んでいると聞きます。」
「そうですよ! オート機能は最近のトレンドですし、やっぱり便利じゃないですか。勇者の冒険の中では、同じ魔物と何度も何度もエンカウントするでしょうが、いちいちあなたの意思で戦っていては疲れるどころの騒ぎではありません。しかも飽きます。とりわけ低級の魔物相手では、同じ攻撃パターン、同じ動き、そしてどうせワンパン。そんなのに勇者様のリソースを割く必要はありません!」
「そうですね。どうせオート機能がなくても同じ動きをするだけです。」
「だったら……!」
「その一振りに『重み』、ありますか?」
「え?」
「その一振りに『重み』、ありますか?」
「なんかのCMみたいなこと言いますね。」
「自分の手から離れたオートの剣技には、本来負うべき責任の類が乗ってきません。」
「責任……ですか?」
「私が魔物にこの剣をふるう時は、大抵魔物の命を奪う時です。それに以前にも言いましたが、彼らなりの正義をもって生きる魔物たちに、我々人間のエゴから生まれた正義を押し付ける一撃でもあります。」
「そ、そういうもんですか。」
「そういうもんです。多くの人間を助け、それと同時に多くの魔物を害して進んでいるんです。世間は我々を善の存在、英雄として扱うかもしれませんが、その栄光の陰には多くの犠牲が伴っているんですよ。」
「栄光っていうかまだ魔王倒してませんし、英雄はちょっと気が早いんじゃないですか。」
「まぁそれは置いといてですよ。」
「置いとかないで早く倒してほしいですけどね。」
「生きることとは、多くの業を背負うことです。勇者の旅となればなおさら。しかし、往々にして人間は、そういった業から目を背けます。普通の人間は、自分の存在が多くの他者を害しているという事実を正視して正気を保っていられないからです。」
「だ、誰しもそうとは限らないと思いますが……。」
「そうでしょうか。食事は命を奪う行為でありますし、地位や居場所といったものも含めて、この世の資源は有限です。時間も金も奪い合い、誰かの稼ぎが増えたということは、誰かの稼ぎが減ったということですし、あなたが何かの地位を得たとき、他の人が何かの地位を失っているかもしれません。受験も、就職も、商売も、この世はだいたいゼロサムゲームなんですよ。」
「……。」
「しかし、そういったものから目をそらしやすいように社会はできていますし、人の脳もそうです。都合の悪いものは見えないようにして正気を保てるようになってます。誰しもそうですが、行き過ぎると他人を傷つけることに対する関心は薄れ、己の人間性の希薄につながると私は思います。」
「人間性の希薄……。」
「巷じゃ代行がブームですよね。ギルド脱退の代行、学校の課題代行、ゲームのレベリング代行……思考まで代行する機械や魔法も横行しているようですね。まぁ社会が便利になっていくのはいいことですし、良識的な範囲でどんどん活用すればいいとは思いますが、責任感やその行動による影響など、目を背けてはいけないものもあると思います。」
「な、なるほど……。」
「その点、このオート戦闘は便利ですが、私が背負う業や責任を覆い隠します。勇者の旅は多くの願いを叶え、多くの願いを踏みつぶして進むものですから、輝かしい側面だけでなく、残酷な現実にも目を向けなければいけません。」
「勇者稼業は難しいですね。」
「オート機能で自ら判断することなく敵を斬り続けていては、私は自分の正義を誤認してしまうかもしれませんし、道を踏み外してしまうかもしれません。私はどんな相手に対してでも、自らの意思でこの剣を振るいたいのです。」
「なるほど、お考えはわかりました。」
「ですから、このままではこの剣は返品せざるを得ません。」
「そ、そんな……。」
「しかし、やっぱりこの剣は最強です。ここまで来ると愛着も湧いてきますから、この剣と共に冒険したいと思っています。」
「私もそうしてほしいと心から、心の底から、心の奥底から思っています。」
「ですから、アップデートという形にしてほしいのです。」
「ど、どう直せばいいでしょうか。」
「オート機能を消してくれれば問題ありません。」
「……わかりました。直しますね。」
「ありがとうございます。お手数おかけします。」
それから私はオートバトル機能の削除に取り組みました。
そうして、全部マニュアル操作の、勇者の剣ver.5が完成したのです!
「勇者様、完成しました。」
「ありがとうございます。これで憂いなく旅を続けられそうです。」
「頑張ってくださいね。どうか早く魔王を倒して、世界に平和をもたらしてください。そして願わくば魔王への最後の一撃はその剣でお願いしますね。」
そして勇者様は旅立っていかれました。
私もまだまだ世間知らずの未熟者ですね……精霊の長失格です。
しかし、これでもう四度目ですから、さすがに次は魔王を打ち倒した勝利の報告であることを祈っています――




