勇者の剣、また返品します。
小さな精霊たちが、今日も楽しそうに遊んでいます。
勇者様が再び冒険に出られてからというもの、私には退屈で平和な日常が帰ってきました。
しかし勇者様が返品したいとおっしゃられたときは本当に驚きました。結果として修正するという話になりましたけれども。
しかしまぁあんな寝耳に水な話はあれきりでしょう。そう何度もあるはずがありません。
あの素晴らしい勇者の剣に威力調整機能までつけてしまいましたからね。もうこれは文句の付け所のない剣に仕上がったといえるでしょう。次に勇者様がいらっしゃるときは魔王を倒して凱旋された時に違いありません。
ああ、早くあの剣が上げた輝かしい戦果の数々を聞かせてほしい!
そしてその剣作ったの私!私!ってちょっと自慢気な顔したい!
それが退屈な私の唯一の楽しみなのです。
早く魔王を討伐して帰ってきてくれないかしら。わくわく。
そんなことを考えていたら、何やら森に来客があったようです。アポイントはありません。
招かれざる客は誰かしら、と考えていると、見覚えのある顔が目に飛び込んできました。
「勇者様!」
また大声を出してしまいました。私ったらはしたない。
「勇者様、もうお戻りになったのですね! 魔王は討伐できたのですか?」
「……。」
「改良したその勇者の剣は、どのような戦果を上げられたのですか? 立ちはだかる魔物たちを、ばっさばっさと薙ぎ倒したのですよね?」
「……。」
勇者様は、黙っておられました。冒険を経て、ちょっとシャイになったのかしら。
「勇者様、どうされました? あ、すみません私としたことが、焦って一方的に聞きすぎてしまったかしら。ゆっくりで構わないんですよ。ゆっくり、旅のことを教えてくださいね。」
「精霊さん。」
「はい!」
「魔王は、まだ討伐できてません。」
「え?」
「隣町の周辺までは開拓できたのですが、まだ魔王の幹部の下にすらたどり着いてません。」
「え?」
私は困惑しました。ええ? また結構時間経ったのに、全然進んでないじゃん、と。隣町周辺までの魔物なんて一瞬で蒸発させられるスペックの上、一行に配慮して威力調整機能までつけたのですが……。
「それでですね、お願いがあるんですけど。」
「は、はい。」
「この勇者の剣、返品したいです。」
「え。」
え??????
なんで??????
攻防に優秀な機能を盛りまくった最強の剣なのに?
なんならあなたその最強の剣をもってしても全然冒険進んでないんじゃないんですか?
比類なきスタミナを与えられながらスローラップを刻むあなたが、呼吸器を常人のそれに取り替えてどうするんですか……?
「ど、どうしてでしょうか勇者様!我ながらですが、威力調整もできるようになってもう完璧最強な剣かと思うんですが……。」
「この剣、あと鞘にもですけど、でかでかと勇者の紋章ついてますよね。」
「そりゃあもう勇者の剣ですから。」
「しかも腰につけてるだけでありえないくらいめちゃくちゃ光輝いてますよね。」
「そりゃあもう勇者の剣ですから。」
「それやめてほしいんですよね。」
「なんでですか!?」
「隣町はですね、城下町ほど栄えていなくて、なんならかなり田舎といいますか。まぁ質素な町なんですよ。」
「そういう場所にも勇者様の威光を知らしめなければいけませんよね。」
「いやでも目立ってしょうがないですよこれ。」
「いいじゃないですか! 勇者様は世界を救うお方ですし、多くの衆目に触れてしかるべきです。自信を持ってください! あなたに会いたい人はたくさんいます。」
「会いたくない人もいます。」
「そんな人います?」
「います。」
「魔物じゃなくて?」
「人間です。」
「なんで!?」
「精霊さんはこの近辺の栄えた町の方々ばかり目にしているかもしれませんが、世界には経済的に貧しい思いをしている人がたくさんいます。そういう方たちにとって、この眩しさは目に毒になることもあるんですよ。」
「ただの僻みじゃないですか。そんなのに配慮する必要はありません。」
「勇者というのは貧富に関わらずあまねくすべての民衆にとって理想の体現者であるべきと思っています。結果として万人に好かれることはできないかもしれませんが、それに向けた努力はしていきたいと思っています。」
「ま、まぁそれは素晴らしい考えだとは思います……。」
「恵まれた環境にいると、自分がいかに恵まれているのかに無自覚になりがちです。しかし、貧富の差に無関心なままでは、視野の広い人間にはなれません。経済的な差は別に幸福の差を意味しませんが、非常にセンシティブな問題であることは事実です。これを無視して自分の富を見せつけるような人間は、恨みを買ってもしょうがないです。ただの僻みだととらえるのは自由ですが、誰だってコンプレックスの一つや二つありますよね。みんな一緒です。他人の弱みをむやみやたらに刺激するこの剣の在り方は、理想的とはいえないと思います。」
「ファンタジー世界の話ですよね……?」
「生まれた環境というのは、恐ろしいです。本人の力及ばないところで同じ時代に生まれても大きな差ができてしまいます。人格にも大きな影響を与えます。私は勇者にも選ばれ、本当に恵まれた立場にあると思っていますが、そのすべてが自分の努力によるものとは思っていません。自己責任とはいえない要素は、たくさんあると思います。」
「……精霊に比べて、人間の世界は難しいですね。」
「別に経済力の大小や、権力の有無が人間の価値を決めるわけではありません。結局は本人が満足できるか、悔いのない生きざまを刻めるかだと思います。」
「……。」
「しかしこの剣が放つ眩すぎる光はですね、無言で金や権力の価値を主張するんですよ。これこそが正解だと言わんばかり、それではいけないと思います。」
「……私はただ、勇者様が放つ光を、暗い陰の中で生きる人たちにも届けたかっただけなんです。」
「日向があれば日陰もあります。互いを称える心さえあれば、どんな場所にいても、光を感じられるものですから。」
「勇者様……。」
「勇者の威光は、私の戦果と言葉で届けますよ。そのためにこの素晴らしい性能の剣があるわけですからね。」
「そうですよね。そうだ。その剣は素晴らしい、最高の剣ですから!」
「ええ。それはそれとして、今のままでは返品をお願いしないといけません。」
「……。」
「しかしこの先もこの素晴らしい剣を使いたいですから、修正をお願いしたいです。」
「……どのような修正をすればいいでしょうか。」
「この紋章は外すか、もう少し主張の弱いものにしましょうか。それにこのギラギラ輝く仕様はなくしてくれませんか?」
「……わかりました。」
「ありがとうございます。お手数おかけします。」
今回の改善は前回に比べて楽でした。新しい機能の追加ではありませんから。
こうしてやや主張を弱めた、勇者の剣ver.3が完成しました!
「勇者様、完成しました。」
「本当にありがとうございます。これで快適な旅を送れそうです。」
「いえいえ。勇者様頑張ってくださいね。絶対にその剣で魔王を倒してくださいね。そしてたくさんの素晴らしい戦果を、私に聞かせてください。」
勇者様はまた旅立たれました。
私もまだまだ未熟で、世間知らずでした。精霊の長失格です。
次に勇者様がいらっしゃるときは、今度こそ勝利の報告であることを祈ります――




