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勇者の剣、返品します。

 小さな精霊たちが、今日も楽しそうに遊んでいます。

勇者がやって来たその日から、私は、退屈という名の平和を享受しています。


 精霊の長に選ばれ、この森を管理するようになった当時は、それはもう本当に大忙しでした。後進の精霊たちの育成、木々の管理……そんなのは些細なことに過ぎません。最も私の手を焼いた、最も重大な任務は、この森の中央の泉に刺す、勇者の剣の錬成です。


 何せ世界を救う勇者の剣ですから。それはもう気合いを入れなければなりません。

王国の有名な魔術師によって選定された勇者は、この剣を泉から引き抜いて、魔王討伐の旅に出かけます。


 基本的にこの剣以外は使わないと聞いてます。これは責任重大です。しかしワクワクしますよね。私が作った剣が魔王を斬るわけですから!


 そんなわけで私は持てるリソースのほとんどを注いで、とびっきりの勇者の剣を仕上げました。たくさん特殊効果もつけました。勇者の剣ですから、どれだけ盛っても許されるでしょう。

そんなこんなで仕上がった剣は、我ながら至高の一品といって差し支えないと思います。勇者様も、さぞ満足されたことでしょう。


 さて、早く私の剣が上げたたくさんの戦果を持ち帰ってきてくださらないことかしら。わくわく。


 今日も今日とてそんなことを考えていると、森に来客の気配がありました。

人間のようです。アポイントはなかった気がするんですけど。

その人は、まっすぐ中央の泉にやってきました。


 え? え? え? あれは……!?


「勇者様!!」

つい大きな声を出してしまいました。私ったらはしたない。

「勇者様、お戻りになったのですね! 魔王は討伐できたのですか?」


「……。」


「そのお腰につけられた剣は、一体どのような戦果を上げたのですか? ぜひ教えてください。」


「……。」


 勇者様は、黙っておられました。冒険を経て、ちょっとシャイになったのかしら。

「勇者様、どうされました? あ、すみません私としたことが、焦って一方的に聞きすぎてしまったかしら。ゆっくりで構わないんですよ。ゆっくり、旅のことを教えてくださいね。」


「精霊さん。」


「はい!」


「魔王は、まだ討伐できていません。」


「え?」


「それどころか、まだダンジョンを一つ踏破しただけです。」


「え?」


「城下町の近くの、一番やさしいトコです。」


「え?」


私は困惑しました。ええ? 結構時間たったのに、まだ全然じゃん……と。もしかして、才能がないんじゃないかな……と。いやいや、いくら個人の資質が足りなくても、その勇者の剣は最強のはずです。そこらの魔物なら一撃粉砕、少なくとも終盤になるまではお茶の子さいさいのはずなんです……!


「そ、そうでしたか。それは失礼しました。それで、本日は何用で……?」


「この勇者の剣をですね、返品したいんです。」




「え」



え?

なんで??

私の頭の中は疑問符でいっぱいでした。なんで? その剣は最強なんですよ??

なんならあなたその最強の剣をもってしてもぜんぜん冒険すすんでないんじゃないんですか?

馬の如き脚力を与えられながら牛歩を続けてきたあなたが、足まで牛のそれに取り替えてどうするんですか……と。


「ど、どうしてでしょう勇者様。その剣は……その、我ながらですか非常に高い性能をしておりまして、これ以上のものはなかなかお求めになれないと思いますが……。」


「そうですね。この剣の攻撃性能は凄まじかったです。」


「で、でしたら……。」


「ですからこの剣で攻撃された魔物たちは、みなこの世のものとは思えないほどのおぞましい声を上げて、木っ端微塵になって死んでいきました。」


「……。」


「もうほんとにグロテスクですよ。トラウマものです。このままでは僕らの旅に年齢制限をつけなければいけません。魔物を狩るたびに、パーティーメンバー全員の顔が引き攣っています。」


「……。」


「踏破したダンジョンのボスはですね、もうこの剣を抜いた瞬間から泣いてました。配下の魔物たちが斬られる姿を見てきたからです。しかし私たちも仕事ですから、泣く泣く奴を斬りました。もう全員涙涙ですよ。裏切ったかつての友を倒すときみたいな現場の空気になってました。」


「で、でも、相手は魔物ですよ。魔物は、私たち人間を害する悪です。それくらいやったってバチは当たりませんし、きっと多くの人が喜びます。」


「悪い魔物ばかりではありません。」


「魔物に懐柔でもされたんですか!?」


「そうじゃありません。でも、僕が最初に斬ったスライムは、『僕は悪いスライムじゃないよ』と言ってましたよ。」


「それはそういうお決まりのやつなんです。額面通り受け取らないでください。」


「でもその直後にめっちゃおぞましい叫び声上げてぐちゃぐちゃになりました。この剣で切りましたから。」


「やめてくださいよ。」


「でもこういうことがたくさん起こっているんです。ちなみに、先ほど話したダンジョンのボスモンスターなんですけどね、先日子どもが生まれたようなんです。」


「……。」


「魔物の世界でも子育ては結構大変なようで、早く出世して給料を上げてもらわないと、と張り切っていたそうです。」


「……で、でも魔物ですよ。」


「彼は下積み期間も長かったようで、ずっと他の魔物に顎で使われながらも耐えて、ようやくダンジョンボスの地位を得たそうです。その経験からも部下に対する接し方は非常に温厚で、信頼も厚かったと聞いています。」


「……で、でも魔物です……よ。」


「彼はやられる前に言ってました。妻と息子だけでも、どうか幸せに生きてほしい、だから二人のことは狙わないでほしい、と。そして家族三人の写真を手渡されました。」


「……。」


「私は周辺一帯を探し回りました。人間である私たちでは魔物の個体差を判別するのは難しいですが、よく見ればわかるんです。ああ、彼らも人間と同じで個性があるんだと、そう思いました。そうしてやっとの思いで、奥さんと息子さんを発見したんです。私は勇者の特権を使い、衣食住を与えて彼らの身の安全を保障しました。」


「だからこの進度でもここまで時間がかかってしまったんですね。」


「いやね、私も、魔物が人間を害する存在であることはわかってます。でも魔物には魔物なりの理屈があって、正義があるわけだと思うんですよ。だから、これはあくまで自分たちの正義の押し付けであり、絶対的な善悪の差ではないということを理解しながら進まないといけないと思っています。」


「随分達観してますね。ファンタジー世界とは思えません。」


「それに、魔物の中にも個体差があります。人間の中に悪い人と良い人がいるように、人類にとって悪になる魔物と、そうでない魔物がいると思うんです。少なくともあのスライムは危害を加えそうには見えませんでした。」


「スライムって見た目だけは結構かわいいですからね。」


「それでも私は進まなければいけません。この事実を理解したうえで、これから多くのカルマを背負うことを知ったうえで冒険は続きます。それが私の、勇者としての社会的役割であり、使命だからです。そうなったときにですね、こんな威力の高い剣を使っていると、心労が尽きないんですよ。自分のやっていることの悪の側面を自覚していても、手心が加えられないんですね。このまま旅を続けていると、私か、他のパーティーメンバーの誰かが心を病んでしまいます。裏切った仲間を泣きながら斬る展開が冗談じゃなくなってしまうかもしれません。」


「……しかし、あなたたちが無事に魔王を倒すために、威力を落とすのは不安です……。」


「ええ。ですから、『威力調整機能』をつけてほしいんです。」


「『威力調整機能』……ですか。」


「はい。魔物ができるだけ穏やかに最期を迎えられるように、あるいは善良な魔物にみねうちができるように。そうすれば、私たちが神経をすり減らす機会も、いくらか少なることでしょう。」


「なるほど、なんと無茶振りな……。でも、わかりました。私に任せてください。何とか仕上げてみせますから。」


「ありがとうございます。お手数おかけします。」


その日からしばらく、私は機能追加に励みました。

そして数日後、ついに、威力調整が可能になったう勇者の剣ver.2が完成したのです!


「勇者様、完成しました。」


「本当にありがとうございます。これで旅を続けられます。」


「応援していますよ。どうか魔王を討伐して、この世界に平和をもたらしてください。そしてその時はその剣の雄姿を、たくさん聞かせてくださいね。」


勇者は旅立っていかれました。

私も、まだまだ世間知らずだったようです。精霊の長失格ですね。


……次に勇者様がいらっしゃる時には、返品の依頼ではなく、凱旋の報告であることを祈ります――

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