姉の謎 3
探偵なんて、大げさなものじゃない。
けれど、“謎”があるなら、考えずにはいられない。
たとえそれが、誰かのいたずらでも、ほんの悪ふざけでも。
私は、たまたまそこにいただけ。
けれど、彼女たちは私に「謎を解いてほしい」と言った。
なら、考えるしかないじゃない。
「謎は解けた」
私のその一言に、三人の間に静かな沈黙が流れる。
「図書館で話すのはあれだから、外に出ましょうか」
そう提案して外に出ると、真っ先に前田が詰め寄ってきた。
「早く聞かせて! その妄想!」
「わかったから、ちょっと離れて」
ワクワクしている前田をなだめつつ、私は解説を始める。
「まず前田に聞きたいんだけど、さっきの白髪の女性について何か思わなかった?」
「う〜ん……暑そうだなって」
「そう! この時期にしては暑そうな服装だったの」
前田は自分の答えが当たっていたのが嬉しかったのか、少し得意げな顔になっていた。
「一方で、お姉さんの服装はこの時期にちょうどいい格好。だから私の推理はこう」
「まず二人は図書館に入る。そして――トイレかどこかで、服を交換する」
「ちょっと待ってください! 服を交換したって、その服をどこにしまうんです? カバンもなかったし、隠す場所なんて……」
横田さんがすかさず疑問を投げかける。
「いいえ、あったんです。それも“服装”の中に」
私は続ける。
「前田が言ったように、白髪の女性は暑そうな長袖にロングスカート、しかもデニムジャケットのボタンまできっちり留めていた。重ね着していてもまったく不自然じゃない格好だったのよ」
「つまり、黒髪の“お姉さん”が元々着ていた派手な服の上に、白髪の人の服をそのまま重ねていたの。だから中では目立たなかった。そして髪色は、ウィッグだったと考えるのが自然。外すだけで済むし、カバンにしまえる」
「白髪の女性の方も、下に服を着ていたなら、出てくるときに格好も髪型も変わっていて、私たちにはわからなかった。そうやって、誰にも気づかれずに出て行ったんです」
前田と横田さんが納得したように頷く。
「次に動機……といきたいところだけど、正直そこまではわからない。情報が少なすぎる」
そう言った瞬間、横田さんがスマホを取り出して操作し始めた。
「じゃあ、聞いちゃえばいいんですよ!」
驚いて前田を見ると、前田も私と同じように困惑した顔をしていた。
どうやら電話は繋がったようで、横田さんが一通り説明した後、スマホを私の方に差し出した。
「お姉ちゃんが話したいって」
私はスマホを受け取って耳にあてる。
「もしもし」
「おお、君が私の謎を解いた探偵さん? いや〜、お見事!」
「……ありがとうございます」
横目で前田を見ると、彼女は少し怪訝そうな顔をしていた。
「ところで、お姉さんがこんなことをした動機って、何だったんですか?」
「うーん、理由はね、妹をちょっと困らせたかったから。あと、一緒にいた白髪の人は友達」
……正直、「なるほど」と納得できる理由ではなかった。でも、そんな私の心情を察したのか、彼女は続けてこう言った。
「意味のないことをさせてごめんね」
「意味のないこと? それって、どういう意味ですか?」
「さあ? もう一度、“すべて”考えてみるといいよ」
そう言って、電話は切られた。
私は前田にお姉さんの言っていた動機を説明したが、前田も納得していない様子だった。
──「意味のないこと」
──「すべて考え直す」
その言葉が、私の頭の中で引っかかって離れない。
意味のないこと。この言葉に私は引っかかった。妹を困らせるために他人を巻き込んでしまったことに謝るのなら、私のわがままに――とかもっと他の表現ができるはずだ。
それなのに何故、『意味のないこと』と言ったのか。 そしてもう一度全て考える?しかも全て。これはどういうことなのか。
頭の中で横田さんの言葉が反芻する。 姉はミステリー好き。
もし、“相談そのもの”が意味のないことだったとしたら?
「前田! 横田さん! 一緒に来て!」
私はそう叫んで、図書館を飛び出す。向かう先は――学校。
*
学校に戻ると、グラウンドはもう真っ暗で、体育館も灯りが消えていた。部活も完全に終わったようだ。
でも、目指す場所の窓には、まだ明かりが灯っていた。
「間に合った……」
そう呟いて、私は下駄箱で靴を脱ぎ、上履きを履かずにそのまま階段を駆け上がる。
着いたのは、もう使われていない旧・視聴覚室。つまり、相談部の部室だ。
中から、声が聞こえる。
「ねえ! これじゃない!?」
「それよ、それ!」
数人の興奮したような歓声。でも、それもここまでだ。
「お騒がせ中、失礼します。……私の部室に、何の用ですか?」
扉を開けて入ると、その中に、見覚えのある顔があった。
「やっぱり……相原さん」
相原さんが、バツの悪そうに俯く。
そのとき、後ろから足音が聞こえ、前田と横田さんが追いついてきた。
「なんでわかったの?」
相原さんが、私に尋ねる。
私は静かに答えた。
「……ここからは、私の妄想ですが――」