姉の謎 2
「姉が変わってしまったんです」
「派手な服を着て、言葉遣いも荒くて……本当に、あの人なんでしょうか?」
ひとつの“違和感”から始まった相談が、やがて小さな張り込みへと発展し、
誰かの正体、誰かの嘘、そして誰かの“すり替えられた時間”へと繋がっていく。
部活の目的は「悩み相談」。
でも時々、それは「真実の断片」を拾い集める作業でもある。
このお話は、夏の入口にひっそり開かれた、ひとつの謎と、ひとつの気づきの物語。
──たぶん、それが相談部にとっての“初めての本当の活動”だったのかもしれない。
『喫茶店みらい』に着いた。
店内は洋風で、ところどころに店長の趣味であろう小物が置かれている。客は見たところ少ないようで、目的の席は空いていた。
この喫茶店は図書館の向かい側にある。一つしか出入口がないこの図書館を張り込むには最適なのだ。
「私、窓際がいい!」
前田が私の意見を聞かずに、さっさと座った。仕方なく私は前田の隣に座り、横田さんは向かい側に座った。
スマホの時計を見ると16時55分。約束の17時が近づいている。その前に、どうしても確認しておきたいことがある。
「それじゃあ、お姉さんの髪色や身長などはわから――」
「ああっ!あの人です!」
横田さんが大きな声で叫び、図書館の入口を指差した。私と前田は慌ててそちらを見る。
ちょうど二人の女性が図書館に入ろうとしていた。一人はショートの白髪で、ボタンをきちんと留めたデニムジャケットにロングスカート、肩掛けバッグを持っている。もう一人はショートの黒髪で、派手なTシャツにミニスカート。手ぶらのようだった。
横田さんの言っていた特徴を当てはめるなら、黒髪のほうだろう。
「近くにいる白髪の女性は知り合い?」
「いえ、見たことないです。たぶん、あの人と約束していたんでしょうね」
横田さんが真剣な口調で言った。
「約束だとしても、図書館に行くだけなのにずいぶん派手ね」
私の個人的な感想だったが、前田がすぐに反論する。
「それは違うよ。女の子はいつだっておしゃれするものだもん」
そういうものなのだろうか?
横田さんに目を向けると、彼女も私を見ていた。
「どうします? 図書館に行きますか?」
横田さんに問いかけると、
「いえ、待ってみましょう。私、この喫茶店気に入っちゃって。ダメですか?」
「全然大丈夫よ」
さっきまでの真剣さが嘘みたいだ。
相手が男性ではないと分かって、少し安心したのだろうか。
「黙って入口見ててもつまんないよ。おしゃべりでもしよ!」
前田が最近あったことを話し始め、そこから談笑が始まった。
それから少し経ってスマホを見ると、17時55分になっていた。
「外で待ちましょうか。長居すると迷惑になりますし」
「そうですね、出ましょう」
私たちは席を立ち、会計を済ませて外に出た。
すると、図書館から白髪の女性が出てきた。
近くで見ると、服装は派手なはずなのに、妙に落ち着いた雰囲気だった。彼女は左に曲がり、そのまま去っていった。
「先に帰っちゃったみたいだけど、ケンカでもしちゃったのかな?」
前田が気まずそうに言った。
「わかりませんが、姉ももうすぐ出てくるはずです。それまで待ちましょう」
横田さんはやはり姉のことが気になるようだった。
すぐに出てくると思ったが、18時30分になっても横田さんの姉は現れなかった。
「すぐに出てくると思いましたけど、なかなか出てきませんね」
「いっそのこと、中に入っちゃう?」
私の提案に、前田がすぐ反応した。その言葉に横田さんは少し考えてから言った。
「そうですね。待っていてもいつ出てくるかわかりませんし、探してみましょう」
私たちは図書館に入り、利用者が入れる場所を手分けして探した。だが、横田さんの姉を見つけることはできなかった。
一度情報を整理するために、みんなで入口に集まる。
「お姉ちゃん、どこに行っちゃったんだろうね?」
「裏門から出て行ったとか?」
前田の疑問に、私はすぐ反論した。
「この図書館には、利用者が使える裏口はないから、それはありえないわ」
「どうしていないんでしょう? 手分けして探している間に出て行ったとか?」
「それはないと思うよ。私、ずっと入口にいたから」
前田が自信満々に言った。前田はこういう時、本当に気が利く。友達が多いのも納得だ。
「ますますわかりません。この図書館に姉の格好をした人はいなかったんですよ?」
横田さんの言葉を、私は心の中で反芻する。
確かに――あの派手な格好をした女性は、中にはいなかった。あの服装なら目立つはずなのに。
「こんなことになるなら、白髪の女性に話でも聞いておけばよかったね」
前田が悔しそうに呟いた。
格好……白髪……そうか。
「前田、入口にいた間に誰か通った?」
前田が困ったような声で答えた。
「数人いたけど、あんな派手な格好の人はいなかったよ」
「わかった。ありがとう」
やはり、前田が来てくれてよかった。
「私の妄想ですが――謎は、解けました」