第9話 回復期。
「ダメです。アルフォンソ様は10日間の絶対安静です。書類は陛下かマテオ様に回してください。」
朝から部屋に書類の束を抱えてやってきた秘書官を追い返す。ドアの外に立っている護衛騎士には寄せ付けないように言ってあるが、秘書官は貴族位の方が多いので断り切れないのだろう。
当のアルフォンソ様は休息2日目にして、もう仕事がしたくてそわそわしているようだが。
「いや、僕が見よう。」
「ダメです。貴方は病人です。ささっ、起きたなら顔を洗いましょう。朝食を運ばせますからね。今日の朝食は何でしょうかねえ」
侍女が用意してくれたぬるま湯入りのたらいを持って、アルフォンソ様に顔を洗わせて、ごしごしとタオルで拭く。
そうしている間に運ばれてきた朝食を、二人で向かい合って頂く。
アルフォンソ様の食べ方はとても上品できれいだ。
マテオ様のように…お口の周りにクリームが付いたりしない。それは残念。
やってみたいリスト、の結構上位にあったんだけど。
そう、私は密かに…マテオ様とスサナ様を観察して、アルフォンソ様にいつかやってみたいリストを脳内に作り上げていた。
1)あら、手が汚れていますね、と言って、手を拭いてあげる。
2)あら、クリームが付いていますよ、と言って、お口を拭く。
3)中庭をのんびり散策する。
4)ゆっくりお茶を飲む。
5)今日会ったことを話しながら、和やかな晩餐。
6)アル呼び。
…思い返して並べてみると、取り立てて難しいことはなさそうな?何て言うか、普通?この人相手には、普通が通用しないのか…長い人生一緒にいることになるなら、せめて普通、のレベルまではいきたいよね。あ、ダンスの練習ぐらい付き合ってもらってもいいかな。
そう考えながら、ぼーっと形のいいアルフォンソ様の口元を眺める。
*****
随分寝た。起きたら、頭も体もすっきりしていた。
僕の左わきで眠っていた我が婚約者殿は、もう着替えて髪も直していた。着ているワンピースは相変わらず地味だが。
さあ顔を洗えだの、ご飯を食べろだの…迫力に押されて、仕方がないから言う通りにした。まあ、一日ぐらい休むか、という気になっていたし。仕方ないこととはいえ、侍女と婚約者を間違えた負い目もあったし。
風呂に入ろうとすると、一緒についてこようとしたので、それは謹んで辞退した。どうも…僕が倒れたら大変だと思っているのか、逃げ出して執務に戻るのを阻止するためなのか…風呂の外にずっといた。
なんなんだ、この女…ああ…僕の婚約者か…間違えちゃいけない、侍女じゃない。
そこは反省したから、1日くらいはこの子の看病ごっこ遊びに付き合ってやろう。
「ダメです。アルフォンソ様は10日間の絶対安静です。書類は陛下かマテオ様に回してください。」
次の日も朝から部屋に書類の束を抱えてやってきた秘書官を追い返す。昨日の夕方も、同じ攻防があった。
「いや、僕が見よう。」
「ダメです。貴方は病人です。ささっ、起きたなら顔を洗いましょう。朝食を運ばせますからね。今日の朝食は何でしょうかねえ」
洗った顔をごしごしと拭かれて、朝食中は僕をじっと見ている。
もうね、大丈夫だから。ほら、ご飯もこんなに食べれるし。
・・・なに?何なの?どうしてそんなにジーッと見てるのさ??
3日目にはルシアに引っ張り出されて、中庭を散策。
2日間も寝ていた、いや、寝かされていたから、少し歩くと疲れる。
東屋で休憩。
「植物には基本的には、適度な日光、水、土がいりますよね?よく私の祖父が言ってました」
東屋のベンチで僕の横に座ったルシアが、遅咲きのバラを眺めながらそう言ってきた。
「……」
「人間もそう変わりませんよね。適度な日光と水と土。日を浴びて、土を踏みしめて、何でも食べる。そして、良く寝る。大事だと思いませんか?」
「……」
「よく眠らないと、背が伸びないらしいですよ?母がよく言っていました。」
「……」