第6話 過労です。
今日はダンスレッスンがあった。マテオ様とスサナ様はもちろんご一緒に楽しそうに踊っている。
私はラウラ先生と踊った。
「…マテオ、じゃあまた明日ね。」
…レッスン終了後に、お二人の会話を、聞くとはなしに聞いてしまった。
(マテオ、か。スサナ様はマテオ呼びか…さしずめうちなら、アルフォンソ…アル、かな。)
そんな風には一生呼びそうにもないけれど…まあ、今のところ。
王城に越してきてから、早半年たつことになるが、我が婚約者殿にあったのは両手で数えるくらいだ。2回ぐらい夕食をご一緒したが…会話は業務連絡のようなものだった。
今日も東棟の立派なダイニングで、一人で夕食を取り、早々に部屋に引っ込んだ。
ゴロゴロしながら、スペーナ国の古代史を読んでいると、珍しくお隣の部屋が騒がしい。ドアを開けてそっと覗いてみると、ドア前にいた護衛騎士がビクッと驚いたのがわかった。顔が緊張している。
「どうしたの?」
「ルシア様…アルフォンソ殿下が過労で倒れたらしく…」
「あら、まあ」
マテオ様の話ではろくに寝ないで業務をしていたらしいから…
そっと、お隣の部屋を覗くと、王城の医師が帰るところだった。
「まあ、先生。アルフォンソ様のご容体は?」
医師を捕まえて聞いてみると、まさに過労。10日間の安静、ということだった。
「ああ、ルシア様。熱はじき下がると思います。今は薬を飲んで眠っていらっしゃいますが…無理をさせないように見ていていただけますか?」
「はい。」
部屋付きの侍女に着替えとタオルと水、レモネードにはちみつと塩を少々入れたものを用意してもらう。母が熱が出た私によく飲ませてくれていたものだ。
「私が看るから、皆さんは休んでちょうだいね」
「いえ、そんなわけには…」
専属の執事や侍女がおろおろしながら私を止めにかかった。
「あら、まあ。だって私、アルフォンソ様の婚約者なんですもの。任せて、ね?」
「しかし…」
「こうでもしないと、私、自分の婚約者のお顔を忘れてしまいますわ。」
そう言って笑ったら、皆さん顔を見合わせて…あきらめて下さった。まあ、それくらいお会いしたことがない。
小さい弟が熱を出したりすると、母と交代交代で面倒を見た。看病は大丈夫。
皆が渋々出て行ったあと、アルフォンソの部屋を見回すと…生活感のない、味気ない部屋だった。そうね、客間、みたい。本棚に本はたくさんあるけど。
椅子を一つ引っ張ってきて、クローゼットから毛布を一枚出す。
10月になって、昼間はまだ温かいが、明け方は寒いくらいになったから。
熱が上がったアルフォンソの汗を拭いたり着替えをさせたり、レモネードをのませたりした。
「働き過ぎだってよ。ちゃんと寝ないと背が伸びないわよ?」
そう言いながら、無防備に眠る我が婚約者の頭を撫でてみる。
ウェイブのかかった黒髪、長いまつげ、形のいい唇…モテモテだろうに、私のような田舎者と婚約させられちゃって…可哀そうに。
カーテン越しでも、ほんのりと明るくなってきた頃、ようやくアルフォンソの熱が下がった。
寝息が静かになって、少しほっとした。
*****
目を覚ますと、カーテンの隙間から日差しが差し込んでいた。
(しまった!少し寝ようと思っていたが、寝過ごしたか!)
起き上がろうとしたら、掛け布団が妙に重い。肘をついて右だけ身を起こしてみると、左側には侍女が毛布をかぶって寝ているのが見えた。
(チッ)
「誰かいないのか?」
声をかけると、ドア前にいたのであろう護衛騎士がおそるおそるドアを開けた。
「いかがいたしましたか?アルフォンソ様?」
僕は上半身を起こしたまま、頭から毛布をかぶった侍女を指さした。
「この侍女をつまみ出せ。」
「えっ」
「え、じゃないだろう。なぜ侍女を部屋にいれた?こいつは一晩中いたのか?警備はどうなっているんだ?」
「……えっ、あの…」
開け放したドアから会話が漏れ聞こえたのか、執事や侍女や、ルシアの教育係までやってきた。ドアからは入ってこないが、なぜか皆一様に当惑した顔をしている。
「だれでもいい。早くこの侍女をつまみ出せ!」