第4話 日常。
王子宮は東棟と西棟に分かれていて、私が住んでいるのは王太子になる方用の東棟。もちろん、お隣の部屋はアルフォンソ様が御住まいなのだが、お忙しいらしくあまり姿を見かけない。
西棟にはアルフォンソ様の異母弟のマテオ様が御住まい。婚約式でご紹介いただいたが、金髪にブルーの瞳がくりっとして可愛らしい方。アルフォンソ様の4つ下である。
この方はアルゴの第一王女のスサナ様とご婚約されている。マテオ様と同じ年で、これまた綿菓子のようなぽあぽあとした金髪に、穏やかなブルーの瞳…お二人はよく中庭を散策したりしている。
今日も早咲きのバラ園のあたりから笑い声が聞こえるので、コミュニケーションはとれているみたいね。
うちと違って。
さて、王子妃教育は私とスサナ王女様と一緒に行われることになる。スサナ様はスペーナ国になじめるようにと、早々にこちらに越してきたらしい。まだ12歳なのにね。
そうよね、同じことを二回やるより、効率がいい。教育係は引き続きラウラ先生。
私のほんの4年間の付け焼刃のような教育と、併合国とはいえ元々の王女様では、同時スタートは気が引けるが…まあ、仕方がない。なるようになるさ。
王命だしね。
私たちはお勉強の後は中庭の東屋でお茶にする、というのがいつのまにか日課になった。時間を見計らったように、マテオ様もご一緒される。
私の2つ下のスサナ王女様は妹弟が4人もいるらしく、第一印象とは違ってとても姉御肌の面倒見の良いお嬢さんだということがわかってきた。
「ほらほら、マテオ様、クリームが付いておりますよ?」
と、同席されているマテオ様のお口に付いたクリームを取っていたり、
「あらまあ、手にインクが付いておりますよ?」
と、執務中に付いたのであろう手のインクを拭きとっていたり…
驚くことに、マテオ様は言われるがまま、されるがままになっている。結構、嬉しそうである。二人並ぶと、おとぎ話の挿絵の様で尊い。
「…仲がいいわよね、お二人は」
私としては客観的に見て、仲がいいなあ…くらいのつぶやきだったが、マテオ様をあたふたさせてしまった。
「あ、兄上は本当にお忙しくて…執務室のソファーで仮眠する程度で、その…ルシア様との時間を作る暇がないと言いますか…」
「その辺はご心配なく。気にしてませんから。マテオ様もお手伝いなさっているんでしょう?」
「ええ…まあ、兄上は完璧主義と言いますか…真面目な方なので…無理しがちなのでお体が心配です。」
「そうよね。睡眠は大事だと思うわ」
*****
王子宮は東棟と西棟に分かれていて、僕に割り当てられているのは東棟。
立太子はまだだが、年の順から行くと長子の僕が東棟に入ることになる。
僕の婚約者になったガルーシア侯爵家のルシアは僕の部屋の隣に住んでいるが、僕自身は父の補佐で仕事に追われて、執務室で寝起きする毎日だ。
西棟には異母弟のマテオと彼の婚約者のアルゴ国のスサナ王女が住んでいる。
毎日、婚約者の動向については秘書から報告がある。
王子妃教育が始まったようだ。スサナ王女はともかく……僕の婚約者は大変だろう。
「マテオ様は時間を割いて、スサナ様と散策やお茶をご一緒していらっしゃるようですよ?」
「……」
「殿下は…ルシア様とその…少しご親睦を深めたほうがよろしいのでは?」
言いにくそうに、僕の秘書官が口にする。
(ご親睦、ねえ…)
僕はさばいてもさばいても湧いてくるような書類に埋もれながら、そういえば我が婚約者殿と何も話していないことを、ふと考えた。と、いうか…会ったのも数えるほどだ。まあ、仕方がない。王命での婚約など、そんなものだろう。