第3話 婚約式。
「アルフォンソだ。顔をあげよ」
第一王子殿下にそう声をかけられて、ルシアがゆっくりと顔をあげる。
「ルシア・マリア・ガルーシア・ロペスと申します。」
アルフォンソ、と名乗った私の婚約者は、癖のある黒髪に琥珀色の瞳。
(ガブリエルおじさまにそっくりね。全体に少し小さくした感じかしら)
ルシアのアルフォンソの第一印象はそんな感じだ。
王城での顔合わせは、あっけなく終わった。お世話係の方に二人で中庭でも散策したらいかがか、と言われたが、アルフォンソ様がお忙しいというので、その場解散になった。ついてきた両親はお茶に呼ばれていった。私は初めての王城が珍しく、ラウラ先生に案内していただいて、あちこち見て回った。
ルシアのこの4年間は忙しいものだった。
それまではのんびりと領地で暮らしていたが、10歳の時、王城から教育係が派遣されてきて…急に礼儀作法や社交や経営や歴史の勉強まで…毎日忙しく詰め込まれた。ルシアにとっては知らないことを学ぶのはそう苦ではなかった。新しい世界が広がっていくようだったから。教育係の先生、母親とそう変わらない年齢のラウラさんも尊敬できる良い方だったし。
早めに勉強の時間が終わると、あとは自由時間もあったので、いつものように馬に乗って領地を見て回ったり、先生を誘ってピクニックにも出かけた。
変わったことと言えば…弟が生まれたこと。ベンハミン、と名付けられた弟は、お父様によく似たこげ茶の髪とお母様譲りの緑の瞳をしていた。とても小さくて、私の腕の中でもすっぽりと納まる。なんてかわいいんだろう。
(そうね。跡取り息子も生まれたし、私は心残りなくお嫁に行けるわね)
母は弟を抱きながら、
「まさかこの年で赤ん坊を抱くことになるとは思っていなかったわ!ほんと、人生は何が起こるかわからないわねえ!」
そう言って笑った。
跡取り問題が解決したので、私は妙に納得し、自分の婚約者のことを考えた。
後で、父の親友のガブリエルおじさまの息子だと聞いたから…いつもにこにこしながら私にお菓子やお土産を下さるおじさまの子供なら、楽しく暮らせそうな気がした。
(・・・それが、王命で、しかも嫁ぎ先は第一王子殿下??ということは…お父様の親友は国王陛下??)
そう気が付いてからも、なかなか実感はわかなかった。
この4年のうち、何度かお茶会の機会も設けられたが、話は弾まなかったし、いつも追われるようにアルフォンソ様はお忙しかった。申し訳なさそうにガブリエルおじ様、いえ、国王陛下と王妃陛下がお茶に付き合ってくださったりもした。そのほうが話が弾む。いつも私の好きなお菓子が並べられていた。
私は14歳になった年に、16歳になったアルフォンソ様と婚約式をすることになった。
初めて挨拶してから4年。ラウラ先生と王城に引っ越してきた。
婚約式には王城で用意していただいたドレスを着る。ヴェールは短いが、ウエディングドレスみたいでとてもまばゆい。侍女の皆様が時間をかけて着付けをしてくれた。
アルフォンソ様は黒の正装。まさに!王子様!(まあ…本物の王子様なんだけどね)
(しかし…なんで私が?)
ここに並び立っていること自体、何かの間違いでは?と思ったりするが…なにせ王命。来賓のみなさま方も、そう思っているらしく、聞こえるように小言が聞こえる。
(まあ、何とかなるか…何が起こるかわからないけど、まあ、なるようにしかならないし。王命だし。)
ルシアはとりあえず、成り行きに任せることにした。
あごを少し上げて、まっすぐ前を見て進むことにした。
*****
「アルフォンソだ。顔をあげよ」
そう声をかけると、クリーム色の地味なドレスを着た娘が、ゆっくりと顔をあげる。明るい金髪に、若草色のような瞳だ。
「ルシア・マリア・ガルーシア・ロペスと申します。」
父の命だとしても…何とも地味な花のない娘だ。ドレスもあか抜けていない。
一言で言うと…田舎者だ。
なぜこんな娘を父は僕の婚約者に据えたのか?
色とりどりに咲き誇った大輪のバラのような令嬢がたくさんいるというのに。
何一つ納得できるところはないが、王命だし。いたしかたないと判断した。確かにこの娘の父親は中央政権から遠く、疎く…ある意味、無害。そのあたりだろうか。
婚約式当日、貴族院をはじめとして、タヌキやキツネのような年寄りが集まり、ぽっと湧いてきた僕の婚約者を品定めしているようだ。当然、聞こえるように不平不満がつぶやかれる。
手を取ったルシアを見ると、何やらぶつぶつとつぶやきながらも平然として前を真っすぐ見ている。周りの年寄連中の、この声が聞こえないわけはないだろうに…鈍いのか?