第2話 婚約者殿。
珍しく別荘という名の、農業試験場の脇の屋敷にお住いの私の祖父母もやってきて、その日の夕食はいつになくにぎやかだった。私の10歳のお誕生会だ。
「おめでとう、ルシア」
「おじい様、おばあ様、ありがとうございます。」
プレゼントに頂いたのは、綺麗なエメラルドがはめ込まれたネックレス。毎年、役に立つものを、と、お二人が選んでくださる。すてき。
「私たちからは、これよ。」
お父様とお母様からのプレゼントは、余所行き用のドレス。
確かにここのところ背が伸びたので、今までのものは少し小さくはなっていたが。
クリーム色のドレスに、レースの襟が付いている。今までのものより少し大人っぽいかな。うれしい。
「実はね、ルシアの婚約者が決まったんだよ。」
父が、真っすぐに私を見て、言いにくそうに切り出した。
「まあ、そうなんですね。」
生まれながらにして、婚約者がいるという話も聞く。10歳になったし、そんなものかな、というのが正直なところだった。
おめでたい話だろうと思われるが、大人4人は微妙な顔だ。
私は、ここガルーシア侯爵家の跡取り娘なので、婚約者は婿になるということよネ?
「いいかい、ルシアよく聞いて。お前はこのスペーナ国の第一王子殿下と婚約することになった。国王陛下直々の命だ。お父さんの言っていることがわかるか?」
「…はい。決定事項だということですね。」
「ああ。先日、正式な書簡も届いた。婚約式はお相手のアルフォンソ様が16歳になったら行われる。あと…4年だな。」
「……」
「王城からお前のために教育係の先生が派遣されてくることになっている。良く学べ。」
「……はい。」
たかだか10歳の小娘でも、この国の貴族位にいる以上、国王陛下の命に従うというのは理解できる。ただ…なんで私が?という疑問はあるが。
一生この領に巣くうのだろうと思っていた私でも、第一王子殿下の噂ぐらいは聞いたことがある。黒髪に琥珀のような瞳をお持ちの、非の打ちどころのない王子様。文武両道。10歳を超えたあたりから、父、国王陛下について公務を手伝っていらっしゃる…。完璧な方じゃないか?
…なんで私が??
「おめでとうルシア。神は私たちに試練という名のいたずらをすることがあるのよ。それも楽しんじゃいなさい。ね。なるようになるわ。」
おばあ様が楽しそうに笑う。
「そうね…人生、何が起こるかわからないわ。まあ、成り行きに任せるのもいいわね。」
お母様が、ふっとため息をついた後、そう言って笑った。
まあ、そうか。おばあ様とお母様がそういうなら、そんなものか。と、10歳の私は妙に納得した。
「さあ、神様に今日の食事を感謝して、いただきましょう。」
何か言いたげな男衆(おじい様とお父様)にかまわず、私たちはいつもの通り、にぎやかな夕食を取った。
*****
「喜べ、お前の婚約者が決まったぞ。」
上機嫌で執務室に入ってきた父上が、開口一番、書類に埋もれていた僕にそう言った。
「ガルーシア侯爵家の娘、ルシアだ。お前の2つ下になる。婚約式は4年後だ。お前が16になったら、だ。正式な書類も出した。いいな。」
「……はい。」
父上は今まで見たことがないほどのにこやかさだ。先日1日お休みを取られて、ガルーシア侯爵家に遊びに行っていたから…そのついでに決めてきたのか?旧知の仲と聞いていたので、娘を押し付けられたか?そんなところだろう。
ルシア?正直…だれ?という感じだ。ガルーシア侯爵家自体がほとんど王城の集まりに来ない。
小さいころからよくわからない子供を集めたお茶会が催されていたが、その中にはいなかったな。しかも…あまり、この国にメリットのある婚姻関係だとは思えない。僕は、3大公爵家のご令嬢のうちの一人を娶ることになるだろうと、ぼんやり考えていたが…
「了承いたしました。」
「うん、うん。」
僕は…たいした感慨もなく…やりかけの仕事に戻った。