第14話 里帰り。
実家に帰ってみると、使っていた自分の部屋はそのままそっくりしていた。
一年以上使っていないが、時々、空気の入れ替えもしてくれていたようで、埃っぽさもない。
急に何も言わずに帰ってきた私を、驚きながらも家族はいたって普通に接してくれた。ベンハミンは一年のうちにとても大きくなっていた。小さい子供の一年の成長は本当にすごいわね。ほんの少し、人見知りされたがすぐに慣れてくれたし。片言でおねえさま、なんて言われると、食べてしまいたくなるほどかわいい。
1年前までには毎日繰り返してきた家族との夕食。使い慣れたベッドに潜り込んで、たっぷり寝ようと思っていたのに、いつもの時間に目が覚めてしまった。
アルフォンソには言伝を頼んできたけど…まあ、気にもしていないか。
アーモンドの花が一度に咲くときれいらしい。一度見てみたい。
オレンジの花は真っ白なんだって。見てみたいね。
海に沈む夕日、いいなあ、いつか見たいなあ。
どれもこれも、今回、アルフォンソはフルール国の王女様と見に行ったらしい。
なんだろう。泣きそう。
茶飲み友達のお爺様たちに聞いたきれいな景色や、その土地でしか食べれない美味しい食べ物や…いつか見に行きたいね、って、言っておいたのにな。
私が先にアルフォンソに言ったのにな。
私、15歳になったのに…これじゃまるで、駄々をこねてる子供みたいだ。
アルフォンソが公務で出かけているのは重々理解している。
公務、だ。あの人は王族だから。
花を見に行くのも、海を見に行くのも、別にアルフォンソとじゃなくても行ける。
なんなら、教えてくれた茶飲み友達のお爺様たちと行ってもいい。
ただ…あの人は私に何の興味もないんだろうなあ。婚約者だと言っても王命だし。
部屋に帰ってきても、私がいないことに気付きもしないに違いない。
なんだか…おもしろくない。
布団の中でゴロゴロしていると、母と祖母が部屋を覗きに来てくれた。
3人で並んでベッドに座って、この一年にあったことを話す。
「まあ、それで…あの人、今度は東部にそばを普及させるって張り切ってるわ。」
「ああ、隣の領の畜産指導員と出かけたのはそういうわけね。」
お爺様方に紹介した件で、何やら祖父と父はかなり忙しいらしい。
「そう。それで?今回はどうしたのルシア?」
かいつまんで、今回のフルール国の王女の話をした。今はアルフォンソ様は応対に追われているから、休暇を貰ったのだ、と。
…アーモンドの花を見に行きたかった、と。
「あらまあ、そのままアルフォンソ様に言ってごらんなさい。」
「…おばあ様?」
「そうね。言葉にしないと伝わらないこともあるわ。」
「…だって…お母様」
私の両脇に座った母と祖母は私の頭をなでながら言った。
「なるようになるわ。先のことなんかわからないんだから。心配しすぎたり、先にあきらめたりすることはないと思うの。ね。」
「そうね。それでもどうしてもだめだったら、帰ってきなさい。陛下にはお父さんに謝らせるから。うふふっ。まあ、なんとかなるわよ。」
「お母様…」
*****
舞踏会ではいつもルシアは古狸達に囲まれて、息子や孫息子を紹介されていたな…
「まあ、アルフォンソ様、この宝石、私に似合いますでしょう?」
「…そうですね」
まんざらでもない顔をしていた?窮屈な王室に入るより、彼女は生き生きと生きられる?近くで聞いていたかったけど、ご令嬢方に囲まれて、ちらちら見るしかできなかった。
「これはどうでしょう?似合います?スペーナ国の宝飾品は良いもの揃いで迷ってしまいますわね。」
「…そうですね」
王室御用達の宝石店に行ってみたいと言い出したフルール国の王女に付き添って、店を貸し切りにしている。次々に出される大きな石に、歓声を上げる王女。
そういえば…もう一年も一緒にいるというのに、ルシアに宝飾品を強請られたりしたことはなかったな…王子妃としての予算は半分以上孤児院の寄付に回っていたし。そのほかにも、本を買って持って行っていた。
それに…僕から何か贈ったこともない。
「まあ。これも素敵ですね」
「……」
舞踏会のドレスは仕方なく作ったらしいけど…いつも、地味な格好だった。
ディエゴによると…僕が質素倹約を打ち出しているのに贅沢はできないと、お茶会でどこぞのご令嬢に服装をバカにされたときに、ルシアはそう言って笑っていたらしい。
「こんな素敵な宝石を贈られたら、もう、恋に落ちてしまいますわね?」
「…そうですね」
僕は…どうしたらいいんだろう?
ルシアは帰ってくるんだろうか?いや、休暇だ。帰ってくるに決まっている。
…僕との婚約は王命なんだし…。