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第1話 王命。

「あら、ガブリエルおじさま、いらしてたんですね。いらっしゃいませ」


侯爵家の応接室に通されて、旧知の友とお茶を飲んでいると、廊下を通りがかった彼の一人娘が私を見つけて、可愛らしく淑女のお辞儀をする。クリーム色のドレスの裾をつまんでいる腕が、健康的に日に焼けている。


「ああ、ルシア。王都のお菓子を持ってきたよ。後で皆でお食べ」

「まあ!ありがとうございます。」


小さな淑女は嬉しそうに笑うと、踊るような足取りで立ち去った。母親似のきれいな金髪が揺れている。


「なあ…ルシアはいくつになった?」

「…10歳だが…何度も言うが、あれはうちの跡取り娘だ。嫁には出さないぞ。もちろん、分不相応な婿もいらない」

「……」

「なあ、何が不安だ?この国はうまく治められている。お前の跡取り息子も真面目で才覚のある子だろう?身分の釣り合うご令嬢などごまんと居るし、なんなら周辺国からもらってもいい。その位この国は力がある。なのに…なぜうちの子にそんなに執着する必要がある?」


いつも…私の唯一の友人の彼は、私の言ったことを冗談にしようと笑い飛ばす。いや、本当に冗談だと思っている節がある。

膝の上で組んだ手に力が入る。


「私は…戦上手だった先王が作り上げたこの国をなんとか落ち着かせた。海軍も強化して他国からの干渉もされなくなった。併合したアルゴ地域に反乱がおこらなかったのは、お前の家がいち早く農業技師を送り込んでくれて、荒れ果てた土地を耕作地として作り替えてくれたからだ。感謝している。」

「ああ。できることをしただけだ。父も私も。それに、お前がアルゴに軍を残しておいてくれたのが良かった。みんなよく働いてくれた。うちの功績だけじゃないさ。」

「…名だたる貴族連中は、20年も前の栄光にしがみついて、贅沢と浪費の毎日だ。国庫にも限りがある。かといって締め付けすぎると不平不満が大きくなる。」

「…私はあまり王都には出かけないが…また戦争がしたい連中がいるのは聞いている。しかけさえすれば勝てると思っているんだろう。自分たちは手も汚さないけどな。それが王家への不満になるのか?」

「……」


海に突き出た半島に構えるスペーナ王国の、ここは北部になる。後ろには天然の要塞になる高い山脈がそびえ、その山は私たちの国に、北からの侵攻を止めてくれるだけではなく、鉱物資源の恩恵も与えてくれる。

私の友人の領は小麦の一大産地。今も昔も変わらずに小麦を作っている。多くを望まず、戦時中は国のために食糧支援をし、戦後は戦場になって踏み荒らされた併合した地域に農業指導に出かけ、中央の政権には背を向けてきた。


お忍びでやってきた馬車の車窓から、一面に広がる小麦畑が見えた。領民はにこやかに農作業に励み、この土地が彼によってよく治められているのがわかる。


「私は…周りがどんなに騒いだとしても、新たな争いを望まない。上位貴族の誰を娶っても、力関係が崩れる。周辺国から娶っても、ゆくゆく…息子の子供が王位についたときに、母方の国の影響が出ないとも限らない。」

「……」

「それに…」

「まだあるのか?」


私は…息子の、第一王子のアルフォンソの伏し目がちな横顔を思い浮かべる。

私にそっくりな黒髪に、琥珀のような瞳。次の王になるべく厳しく育てられた長子。非常に聡明で…正しいこと《《しか》》言わない。まだ12歳だが私の政務を手伝っている。

口から泡を飛ばしながら、不満を口にする貴族連中を見る目も、冷ややかだ。

なんなら、それに対してなだめすかしている私の態度も気に入らないのだろう。口にはしないが。いや…いっそ、聞いてくれたら答えられる。が、それさえもあの子には必要なことではないようだ。


「アルフォンソは…危うい。真っすぐ過ぎる。」

「……」

「張りつめた糸は、いつか切れる。」


はああっ、と一つ友人は大きなため息をついた。


「なあガブリエル…ルシアのことは、親友としての《《お願い》》か?それとも…《《王命》》か?」


「……王命だ。グレゴリオ。」


私は、友人がゆっくりと椅子から立ち上がって…膝をつくのを見る。

学生時代からずっと…長いこといい友人だった。家門が中央政権から遠かった分、なんの遠慮も媚もなく私と接してくれた唯一の友人の…変わらないこげ茶色の髪の毛が見える。


「ガルーシア侯爵家グレゴリオ、陛下のお申し出を拝受いたしました。」












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― 新着の感想 ―
多分王様の中では王命を出すたびに友情が別のものになる感覚を味わっているのだろうなぁ…。 友情が変質する不快感、無くなるならまだいいが…なのかもしれないですね。
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