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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
最終章

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最終話

 謁見室の外に居たルーシンとレオンハルトは、出てきたクラリスたちに素早く振り返った。

 二人の目が結末を知りたそうに急かしていたから、クラリスはつい笑みを浮かべながら「大丈夫ですよ」と眉を下げる。顛末を説明すれば、二人は明らかに安堵した様子を見せた。

 

「もう行ってしまうんですか、ルーちゃん!」

 そして、その日の夕刻。

 ルーシンとレオンハルトは馬を引き、王宮から出ようと準備を進めていた。

 王宮の一角、厩舎にて、ルーシンは黙々と馬に荷物を乗せる。

 そんな二人を、クラリスとヴァレクが見送りに出ていた。

「当たり前じゃない。私はあんたみたいに長く王宮に泊まれるような身分じゃないのよ。もう北の聖女もやめたしね」

 クラリスと会話を始めたルーシンから、レオンハルトが作業を奪う。どうやら気を遣ったらしい。

「書類を出したのですか……!?」

「出したわよ。ちょうど王宮に居たし」

「私の辞職も提出しました」

 荷物を乗せ終えたレオンハルトが振り返り、クラリスに深く一礼した。

 クラリスの目に涙が溜まっていく。そんなクラリスを見て、ルーシンは呆れたように首を傾げた。ちなみにヴァレクは、邪魔をしないようにと黙って見ているだけだった。

「分かっていたつもりですが……いざそのときになると、寂しいですね……」

「なに言ってんのよ、今生の別れってわけでもないのに。ちょっと、泣くんじゃないわよ!」

「うう……これからどちらに行くんですか……」

 ルーシンは背後に立つレオンハルトを一瞥し、すぐにクラリスに視線を戻した。

「一旦うちの実家に行くわ。ほら、うちの親、レオンハルトに会いたがってたし。父は会ったけど、ゆっくり話したいだろうしね。それに、リオラさんもウスメアから出てきてるんだろうし」

「……そうですか……そうですね、それが良いです」

 クラリスはぐっと涙を強く拭うと、いつものように晴れやかな笑みを浮かべる。

 少し間が落ちると、レオンハルトが一歩、前に出た。

「クラリス様」

 静かに呼ばれ、クラリスがレオンハルトを見上げる。

 一九〇にもなる身の丈に分厚い体で、さらに強面であることもいつもと変わりないのだが、クラリスは怯えることもなく、やはり寂しそうな表情に変わる。

「……幼い頃、クラリス様が私をウスメアから連れ出してくださらなければ、私は大人になれず息絶えていたと思います。あなたのおかげで、これまで生きられました。ありがとうございました」

「うう……レオンハルト! そう言ってもらえて嬉しいです! でも寂しいです!」

 クラリスは感極まったのか、勢いよくレオンハルトに飛びついた。激突する勢いだったのだが、レオンハルトの巨体には響かなかったのか、ふらつくこともなく難なくクラリスを受け止める。

「お手紙書きますから! お返事待ってますよ、約束です!」

「はい。もちろんです」

 レオンハルトに抱きつくように縋るクラリスに、レオンハルトはどうしたものかと手を泳がせる。そのさなか、ふとヴァレクに目を向けた。

「んだよ」

「いえ。殿下も、お世話になりました」

「別に俺の護衛騎士じゃねぇから世話はしてねぇ」

 ヴァレクは「仕方がないな」とでも言いたげにため息を吐くと、数歩でレオンハルトの元にやってきて、拳をレオンハルトへと突き出した。

「やる」

 その手には何かが握られていた。気付いたレオンハルトが手のひらを差し出すと、そこにシンプルなデザインのバングルが置かれる。

「魔法石から作った物だ。俺のピアスと同じ物で、魔力を流せば石を通じて会話ができる」

「あ、ありがとうございます。こんな……良いものを……」

 レオンハルトは戸惑いながらもそれを見つめ、恐る恐る手に通す。

「困ったことがあれば連絡しろ」

「ふふ、ヴァレク様も寂しいのですよ、レオンハルト。たくさんお話ししてあげてくださいね」

「クラリスに振り回されてレオンハルトに相談する殿下の姿が見えます」

「……お前ら……」

 ヴァレクは睨むようにルーシンを見ているが、ルーシンはツンと顔をそらした。

「殿下はこれからどうされるのですか。その、体質が変わりましたが、お立場がありますし……」

「あー、公表はタイミング見てする予定だ。そもそも俺が反転だって明かしたほうが、お前たちのためにもなるんだろ」

「それよりもまず、ヴァレク様はその魔力に慣れるところからですが」

 クラリスがクスクスと笑う隣、ヴァレクはもう何かを言うことをやめたのか、苦い顔で口を閉じた。

「じゃあ元気でね、クラリス。徹夜するんじゃないわよ」

 ルーシンが馬に飛び乗った。見届けたレオンハルトも、続けて乗馬する。

「ルーちゃんも。……そうだ! 今度会ったときにはぜひ、アシルさんともお話ししてあげてくださいね」

「嫌よ、私あいつ嫌いなの」

 呆れた顔でルーシンが笑う。

「それじゃ、また」

「はい!」

 手綱を握り、ルーシンたちは駆け出した。

 二人の背が遠ざかっていく。クラリスとヴァレクはそんな二人をただ静かに見送っていた。

 しかし。

「ああ! 聖女セントクレア、見つけましたよ! ご相談があります、北の聖女が辞めたのですが、」

「待ってください、私の要件が先です。聖女セントクレア、つい先ほど、アステル大聖堂の一部が何者かに爆破されたと報告がありまして、」

「殿下につきましては、ひと月後に隣国の王子が来国されますのでご予定の確認を、」

「聖女セントクレア、ぜひご意見をいただきたく、王宮から辞職者が大量に出ており、人事配置についてうまくまとまらず、」

「殿下、見つけましたぞ! ここしばらく不在にしていた間の引き継ぎとご相談があります!」

 大臣やら役人やら、気付けば二人の周りには人が集まり、途端に騒がしく変わる。

 寂しい気持ちも一瞬だ。ヴァレクは嫌な予感がしたためにクラリスを見れば、クラリスはやはり、楽しげな笑みを浮かべていた。

「おい、こいつに一気に仕事を振るな。一日一人一個にしろ」

「まあヴァレク様、それでは仕事が終わりませんよ! 良いですか? 仕事の効率はタスクの数で決まるわけではありません。量でも質でもなく、優先度です」

「おお! さすがは聖女セントクレア!」

「お前病み上がりだって分かってんのか?」

「ヴァレク様こそ病み上がりですよ。それにあなたは私より大変そうですが?」

 人が集まっている手前、クラリスは濁して伝えた。ヴァレクは頭を抱え、難しい表情である。しかしクラリスには関係ないとでも言いたげに、助けを求める者たちに輝かしい笑顔を向けた。

「さあみなさん! お仕事をしましょう! 定時上がりはクソ、残業こそ正義です! 二十二時からギア入れて、二時間おきにレッドブルをぶち込みましょう! 労働は最高ですっ!」

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