第7話
「そうですか。私がおらずとも、大丈夫ですか……すみませんヴァレク様、私たちは結婚が出来ないようです……」
アルトリウスが焦ったように、前のめりに姿勢を変えた。クラリスの隣に立っていたヴァレクも、信じられないほどのスピードでクラリスに振り返る。
「ヴァレク様との結婚を考え、これまで通り内政にも携わろうと思っていたのですが……どうやら陛下は反対なようで」
「なっ……セントクレア、まさかその気に……!」
「クラリス、俺は結婚するからな。父が何と言おうと!」
「やめなさいヴァレク! セントクレアは脅威だ! 分かっているだろう! よく分からない復活個体と従属契約を交わしているんだぞ!」
「従属契約をしているなら有難いことだ! 俺はあの男に殺されたんだ。そんな奴が野放しにされている方が安心できない」
ヴァレクが苦い顔で告げると、アルトリウスはぐっと口を閉じる。
「俺は知ってるからな……あんたが最近、俺の嫁を勝手に周辺諸国で探してること」
「ぐっ、それは、私なりにヴァレクに幸せになってほしいと思っているからであって、ほら、セントクレアには相手にされていないようだったからお前を元気付けようと……」
「あら! でしたら私はヴァレク様と結婚したいと思っていますから、問題解決ですかねぇ?」
唐突に、のほほんとしたクラリスの言葉が割り込んだ。ヴァレクとの言い合いでつい腰を浮かせていたアルトリウスは拳を握りしめ、悔しそうに言葉をのみ込む。
「やっとクラリスがその気になったんだ、俺はこの立場を放棄してでも結婚するからな。俺はあんたの本当の子どもじゃねえんだから問題もないだろ。後継は親族の中から見繕えば、」
「馬鹿を言うな!」
これまで声を張り上げなかったアルトリウスが、突然ヴァレクを怒鳴りつけた。
今までにそんなことをされた経験のないヴァレクは、驚きに目を丸くする。まるで親に初めて怒られて驚く、幼い子どものような顔である。
「お前のことを、ジェマがどれほど愛していたか……!」
クラリスは、ちらりとヴァレクの横顔を盗み見る。しかしヴァレクは気まずげにアルトリウスを見るばかりだった。
――ジェマ・ルーデンハルトは、五年前に亡くなった、ルステリア王国の王妃である。
「お前は確かに器として王家に招いた。私たちとは何の血の繋がりもない。だが、ジェマはお前のことを本当の息子のように思っていた。本来息子にする必要のない『器』を、ジェマはそれでも息子に据えたんだぞ! お前には、ジェマの気持ちが分からんのか!」
ヴァレクは微かに息を吸い込んだが、言葉が漏れることはない。
ヴァレクは、記憶もないほど幼い頃に夫妻に引き取られた。
今日これまで、自身が実の子でないと分からなかったほど大切に育てられ、王妃は特に、忙しい国王の代わりにヴァレクの相手をよくしてくれていた。
ヴァレクが幼い頃、膨大な魔力を持て余し上手く扱えず悩んでいたときにも、ヴァレクはいつもアストラに相談をしていたが、そんなヴァレクを一番近くで慰めて認めてくれていたのはジェマだった。
ジェマは元気な女性だった。
いつも笑顔で、強気で、ヴァレクの悩みを笑い飛ばしてくれるような活力のある、国中に愛された王妃である。
ヴァレクはそんなジェマが母として誇らしく、そして自慢でもあった。
そしてジェマもいつも言っていた。ヴァレクが、自慢の息子であると。
「お前がルーデンハルトから除籍することは許さぬ! ジェマは最後に、お前を必ず幸せにしろと言ったんだ! お前が言うのなら、セントクレアが画策などせずとも望みは叶えてやれる……!」
「……俺の気持ちを知っていながら、クラリスを殺そうとしてたじゃねぇか!」
「お前……セントクレアが別の男と結婚して、正気で居られるのか」
ぎくりと、ヴァレクの肩が大きく揺れた。
「王都の聖女だぞ。お前は必ずセントクレアとその男のツーショットを多く目にすることになる。そのときお前は、王太子として……やがては国王として、平然とその姿を見守ってやれるのか。何より、お前は別の者と結婚し、セントクレアと結婚できなかったことに日々絶望することにはならんのか」
「……ぐっ……」
想像したのか、ヴァレクは厳しく顔を歪めた。やがて震える拳を握りしめ、小さく「する……」と呟く。
「ああそうだ、お前はセントクレアを祝えない。そして絶対にその現実に毎日絶望するだろう。私とジェマが育てたんだ、生半可な恋愛観で育つわけがない。お前には無理だ。だからいっそ、セントクレアを殺してやった方がお前のためにもなるんだ」
「だが今はクラリスが俺との結婚に前向きだ。クラリスは敵にはならねぇ」
今度はアルトリウスが沈黙する。やがて険しい表情で、アルトリウスはクラリスに目を向けた。
「本当なんだな、セントクレア。君は息子を裏切らないのか。何かを企んで息子との結婚に踏み込んだようにしか思えん。君は頭が良い。息子を利用しようとするなら、私は敵わないと分かっていても、軍を動かすことになるだろう」
「違いますよ。確かに命乞いの意図はほんの少しはありますが……それだけでしたら、もっと他に方法はいくらでもあります。私も今回の旅で、ルーちゃんとレオンハルトが生き方を見つけたように、ヴァレク様と生きたいと思ったのです」
クラリスはヴァレクを見上げ、優しく微笑む。それに戸惑うヴァレクに構うことなく、クラリスはスッとアルトリウスに目を移した。
「それに、この世界において訳知りの人が増えた方が良いでしょう。たとえば、今回のようなかつての『サズィラ』様のような脅威がヴァレク様をある日突然殺すかもしれません。そのようなとき、従属契約を知る者がヴァレク様のそばに居れば、ヴァレク様の盾となれます」
「……あの男はどの程度強い」
アルトリウスは玉座に深く腰を下ろし、背後に立つギルベルトに微かに振り返る。
あの男、とはおそらくアシルのことだろう。察したギルベルトは、アルトリウスのみに聞こえるようにと顔を寄せる。
「彼はかつての魔王の親族です。いわゆる、二番手の存在でした。彼に敵うのは魔王の魔力を持つ殿下のみであると思っておりましたが……殿下が彼に殺されたと言っていたところを見ると、殿下が完全に魔力を使いこなせていなかった可能性もありますが、実質的に、復活個体で一番強い存在かと」
ギルベルトの言葉に、アルトリウスは眉を寄せた。
「強い復活個体は多いのか」
「どの魔族がどこに復活したかは分かっていません。ただし、強い個体は存在するかと思います」
さらに渋顔になったアルトリウスは、とうとう短くため息を吐く。
「……セントクレア。この話は一旦持ち帰る。お前の利用価値を見極めさせてもらおう」
「あら? それではやはり結婚は許されないのでしょうか……?」
ギロリと、ヴァレクの目が光る。
「いや、それは、まあ待てヴァレク。お前も騙されているかもしれない。私が冷静に、客観的に見極めるからな」
「見極めてどうすんだ。俺は利用されていたとしてもクラリスと結婚する」
「わ、分かった、お前の気持ちは分かったから、一旦引きなさい。近日中に結論を出す。いいな、それまでは大人しくしているように。セントクレアも、結論が出るまでは王宮から出ることは許さぬからな」
「結論が出るまで、私はこれまで通りで良いですかねぇ?」
「分かった! 分かったからそうしなさい! ただし変な動きをすれば即刻手を下すからな!」
それだけを言い残して、アルトリウスは背後にあった扉から出て行った。残ったギルベルトはチラリと二人を振り返ったが、何も言わずにアルトリウスに続く。
謁見室に、二人だけが取り残された。
やけに広いその一室を、一気に静寂が満たす。
「ヴァレク様、私たちも戻りましょう」
どこか嬉しげな顔をしたヴァレクの横顔を見上げながら、クラリスはヴァレクの腕を引いた。




