第6話
アシルはすぐに、アストラに掴みかかった。その表情はこれまでとは違いどこかあどけなく、信頼が垣間見える。
「ツズェルグだ、間違いない。何をしていた、どこにいた、魔族が消えたんだ、この世界から。ツズェルグも復活個体だな? 僕が復活するまでにいったい何が起きた」
揺さぶられながら、アストラは何も答えない。アシルの混乱を受け入れ、静かに眉を寄せる。
「……アストラ・オルディス。どういうことだ。我々を裏切ったのか」
そんな中、アルトリウスが冷静に問いかけた。アストラは慌ててアシルの腕を解くと、正面からアルトリウスを真っ直ぐに見上げる。
「……アルトリウス王、誤解です。私はあなたを……人間を裏切っていません」
「だが、セントクレアと従属契約をしているようだが?」
その言葉に、アシルがくるりとクラリスに振り向く。その目は「ツズェルグまで手籠に?」と少しばかり驚いている。
「そうですね、私ったらアストラ様に腹が立ってしまい、つい騙して従属契約を結ばせてしまいました。だって私は純粋にアストラ様に恩を感じ、日々恩返しをしなければと努めていたのですよ。それなのにアストラ様は私たちに何の相談もなくおかしな集団を排除するために勝手に動いていたのです。そのおかげで様々な人が傷つき、無駄な時間を過ごしました。ええ、本当に腹立たしいですねぇ」
クラリスは微笑んでいるが、朗らかなはずのその表情が今はどこか恐ろしい。アシルはクラリスを伺いながらも、アストラの背後に半歩隠れた。
「陛下。私はすべてを知っています。……従属契約により、すべてを暴露させましたから」
「……なるほど。では、人類の魔力の起源も」
「そうです」
ヴァレクのみが、この場で何も知らず困惑していた。ちなみにアシルも事情は知らないのだろうが、興味もなさそうにしている。
「おい、説明しろ」
「あら、すみません、私ったら」
焦れたヴァレクがクラリスをつつくと、クラリスはうっかりしていたとでも言いたげに眉を下げる。
「簡単な話ですよ。かつて……それこそ『魔族』と呼ばれる種族がこの世界に存在していた頃、人間には魔力はありませんでした。しかし、心優しい魔族の王が、魔族と他種族の争いに心を痛め、どうすれば他種族に迷惑をかけないのか、みなが救われるのかと考えた結果、魔族を滅ぼし、自身をも殺したのです」
ヴァレクが驚愕したようにアストラを見る。しかしアストラはふっと目を逸らし、何も言わなかった。
「魔族が復活できることは魔族の王ツズェルグも信じて理解していたのですが、彼自身は違いました。自身を殺した直後、殺したはずが修復してしまったのです。そこで彼は、その膨大な魔力によって自身が消滅できないことを悟りました。そんな魔力を地脈に流すわけにもいかず、その魔力を人間の王家に託したのです」
「……なぜそれを継承する必要がある。人を器にしなくとも……」
ヴァレクの震える言葉に、クラリスは平然と答える。
「そうですよ。最初は、人を器にすることなく、その魔力を保管しておりました。保管していた器は、当時は技術力もなく、ただの巨大な瓶でした。魔族の王ツズェルグが魔力を溜めたその器をそのままに保管していたのですが……魔族が消え、平和になった百余年後、問題が生じました。なんと、人間が『魔力』と呼ばれる力を手にしてしまったのです」
「ああ、そうか、ツズェルグが魔族を滅ぼしたのか。納得した」
緊迫した空気の中、「なぜ魔族が居ないのか」という自身の疑問を解消できたアシルは、その他の情報を一切無視してマイペースに呟いた。
クラリスはそんなアシルの様子に可笑しそうに笑い、言葉を続ける。
「人間が魔力を持った原因は簡単なことでした。魔族の王ツズェルグが魔力を保管していた瓶から、魔力が漏れていたのです。それが人間に干渉し、人間が魔力を持つようになりました」
「……魔族とやらの魔力は反転ではないのか。俺も反転になった。それなら人間すべてが反転になるはずだ」
「ふふ、私もそう思い、アストラ様に確認したのですが」
クラリスの視線を受け、アストラは諦めたように頷く。
「殿下の疑問はもっともですが……そもそも、魔力に反転や正転などありません。その体が魔力によって生かされている体質の者が『反転』と呼ばれ、魔力に頼らずとも生きられる体質の者が『正転』と呼ばれているだけです。要は、魔力の適応度が高過ぎる者が『反転』と言われるだけなんですよ」
「つまりヴァレク様は器として最高であるというわけですね。その膨大な魔力をうまく馴染ませ、取り込まれることなく『正転』として扱っていたのですから。まあ、亡くなった際に魔力がヴァレク様を生かしたがために『反転』に変化いたしましたが」
呆然とするヴァレクにひとつ微笑むと、クラリスは穏やかにアルトリウスへ視線を投げる。
「私は口が軽いので、すべての情報を暴露してしまうかもしれませんね。反転のこと、魔力のこと、ヴァレク様のこと……王家がこれまで隠していた事実を語れば、人々の中で歴史が変わるでしょう。王家への信頼はどうなるでしょうか。ましてや私には一定数の信者が居たようですし、国家転覆も案外簡単かもしれませんね」
「それで、交渉に話が戻るわけか」
「そうです。ああ、私を殺そうなどと考えないでくださいね。私には、従属契約をした力の強い者が二名おりますから」
アシルは相変わらずアストラばかりを見ていた。もっと深く会話をしたいのだろう。そんな視線の先にいるアストラはやはり居心地悪そうに、アルトリウスから目を逸らした。
アストラはかつて魔力を放棄した復活個体とはいえ、その力の強さはアルトリウスも理解している。そしてアシルについては、先ほどギルベルトの魔法が弾かれたことで実際に目撃した。
ここで衛兵を多く呼びクラリスを捕らえることは可能か。冷静に考えていたアルトリウスだったが、クラリス側にヴァレクやレオンハルトも居ると思い出し、すぐにその可能性は諦めた。
「……いいだろう。話を聞く。言ってみよ」
「ありがとうございます! それでは一旦、アシルさんとアストラ様はこの場から移動してもらいますね。アストラ様は例の事態の収拾でお忙しいでしょうし、アシルさんはアストラ様と積もる会話もあるでしょうし」
「うん。僕、ツズェルグと話す」
「ま、待ってくれクラリス、私を今彼と二人きりにしないでほし、」
クラリスはにっこりと笑みを浮かべると、無情にも二人まとめて転移させた。もちろん同じ場所だ。もしかしたらエリアスも居るかもしれないが、そんなことはクラリスには知ったことではない。
静まり返った謁見室で、クラリスは改めてアルトリウスに向き直る。
「私のお願いは簡単です。私を今まで通り扱ってほしいのです」
アルトリウスの目が、スゥと細く変わる。それはクラリスを探るような、疑うような色をしてた。
「……生かすとしても、監視と魔力制御は付けさせてもらう。そして残念ながら、今までのように内政に関わらせることは出来ぬ。君はあまりに知りすぎた。我々にとっては脅威だ。先程の二人を従属契約しているなら尚更な」
「あら……それは感情論でしょうか? 現実的な問題は想定しておりますか?」
クラリスの発言の意味を考えているのか、アルトリウスは考えるようにゆったりと腕を組んだ。ギルベルトも背後で疑うようにクラリスを見ている。
「現段階で大きな問題は二つあります。ひとつ目は、北の聖女が辞めることです。もうひとつは、私の盲目的な信者が王宮から一掃され、王宮に勤める大臣、役人が二十名ほど辞職いたしました。この二点を踏まえ、私がおらずとも対応可能でしょうか。果たして私は本当に『王都の聖女』としての仕事だけをしていたら良いのですか? ああ、もしかして王都の聖女としても居られなくなるのですかね?」
穏やかなその言葉に、ぐぐぐ、とアルトリウスの眉がきつく寄せられた。
北の聖女の後任の選定は、基本的にはその大聖堂の司教の仕事となる。しかし北の大聖堂が荒れている今、エリアスは立て直すことに手を取られ、聖女の件は後手に回るだろう。そうなれば他の大聖堂の手を借りることになるが、王都の大聖堂以外でも同時に暴動が起きていたため、他の大聖堂の司教も聖女もそちらの収拾にかかりきり。ともすれば王都の大聖堂に頼る必要があるが、アストラはクラリスの手の内である。
さらに、同時期に王宮から大量の辞職が起きた。その件についてはあらかじめアストラから報告はされていたが、人数の想定までは出来ておらず、二十名ほどの辞職者が出たのは痛手である。
ただでさえ回らないことばかりの今、内政をよく知る、そして立場もあるクラリスの力は絶対に必要だ。何よりクラリスは、これまでの功績から王宮内部の人間からの信頼も厚く、発言力もある。アルトリウスとしてもぜひ手を借りたい人材である。
しかしここで折れるのはどうか。クラリスは脅威だ。王家のみならず、反転や歴史の真実も知ってしまった。クラリスが反旗を翻せば、国の戦力で勝てるのかも分からない。クラリスの魔力はただでさえ強く、今はさらにアシルやアストラまで追加されている。
アルトリウスは必死に考えるが、良い答えが何かは分からなかった。
難しい表情で考え、沈黙が続く。
するとクラリスが、呆れたように肩を竦めた。




