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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
最終章

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55/58

第5話

     *


 ルステリア王国は、今でこそ世界でも有名な大国となったが、かつては小さな国であった。

 国の創成は不明とされる。歴史には『神が創った』、『龍の争いで大陸が割れて生まれた』などと言われているが、どれも正確とされていない。

 ルステリアは小さな国であった当初から、属国を増やし、そして現在にまで成り上がった。

 そんなルステリア王国の歴史よりも、実は『魔法使い』の歴史はもっと浅い。

 人々が『魔力』と呼ばれる不可思議な力を持ち始めたのは、ルステリアの歴史を考えれば実はほんの最近のことである。

 それが、なぜ、どのようにして広まったのか。

 人々は知らないし、歴史書にも残されていない。


     *


 クラリスとヴァレクが通されたのは、王宮の謁見室だった。

 室内は白を基調とし、アクセントに金の装飾が施されている。素材には大理石が多く利用され、二人が入ったその位置から、部屋の奥まで上質な赤いカーペットが続いていた。

 部屋の奥には、一脚の重厚な玉座がある。玉座がある場所は数段階段を上った先であり、クラリスたちの位置からは離れ、そして対面もしていない。

 クラリスとヴァレクが訪れた謁見室には、すでに国王が居た。背後には無表情の側近が控えている。

 ルステリア国王、アルトリウス・ルーデンハルトは、落ち着いた様子でその青い瞳を細めた。

「おや……私の知っている二人と、やや変わったようだな。何事だ」

 クラリスもヴァレクも、アルトリウスが最後に見た姿ととは随分見た目が変わっている。アルトリウスのそんな言葉に、そういえばそうだったと、クラリスはすっかり忘れていたそんなことを思い出した。

「ご無沙汰しております、国王陛下。私たちは『魔族』の方と少々あり、このような外見になってしまいました。ご容赦くださいませ」

 魔族という単語に、アルトリウスの眉がピクリと揺れる。次にヴァレクを一瞥し、ゆっくりとクラリスへ視線を戻した。

「……ヴァレクを連れた理由は。これには何かを伝えているのか」

「いいえ。ヴァレク様には何もお伝えしておりません。ですが、私が本日お話ししたいことはヴァレク様のことでございます。当人抜きで会話を進めるなど出来ませんので」

「……俺のこと? どういうことだ。これから話すのは『王家の秘密』のことだろう」

 ヴァレクは訝しげに、クラリスを一瞥する。

「その『王家の秘密』に、ヴァレク様が関係しておりますので」

 クラリスの言葉を受け、ヴァレクは今度、父であるアルトリウスに鋭い視線を投げた。その目は「説明をしろ」とでも言いたげである。

「陛下もお忙しいでしょうから、本日は簡潔に進めさせていただきたいと思います。まず、私はすべてを知っています。『王家の秘密』や『魔族』のこと、そして、王家が件のことを『秘密』とした理由も」

「なるほど。それでは、君は我々にとって大きな脅威だ。クラリス・セントクレア、君はとても頭がいい。どのように利用されるかも分かったものではないから、今のままでは、我々は君を処分しなければならない。そうなることも、分かっているのだろう」

「はい。そもそも、そのおつもりだったのでしょう。かつてその話を聞いてしまったヴァレク様が、私の記憶と性質を霊石に封じたようですから」

「……そういうことか……納得だ。ある日から、セントクレアの人格が変わった。ヴァレクよ。セントクレアに懸想していることは知っていたが、そこまでだったか」

 アルトリウスは、数年前、突如としてクラリスの人格が変わってしまっていたことに違和感を覚えていたらしい。ようやく繋がったのか、息子の強行に頭を抱えていた。

「最近では遠方の仕事に出向いていると聞いていたが……ヴァレクがウスメアへ何人か派遣をしろと言い始めたときにはすでに、その記憶が戻っていたのか?」

「その頃には戻っておりません。ヴァレク様が一度亡くなり、霊石の契約を終えたときに思い出しましたので、それよりうんとあとですね」

「…………ふむ。死んだ……」

 アルトリウスの目がまたしてもヴァレクに向けられる。しかしすぐ、背後に立つ側近に振り向いた。

「嘘はついておられません。昨日の報告と相違なく、殿下は亡くなられ、魔力により息を吹き返しましたが、その体質は反転になったようです。外見が変わっているのはその影響と思われます。おそらくの死因ですが、右前頭部の損傷と考えられます」

 アルトリウスの側近であるギルベルト・バルグフェルトは、その無表情を動かすことなく、アルトリウスに淡々と告げる。ギルベルトの推測を確認するように、アルトリウスは再びヴァレクへと目を向けた。

 ヴァレクの右前頭部から頬にかけて確かに色が褐色へ変わり、その変色の中にある瞳もまた違う色となっている。

「王の御前ですよ、私たちは嘘をつきません」

「ああ、そのようだ。話を続けてくれ。私は忙しい」

「では、率直に。『王家の秘密』……かつての魔族の王の魔力を代々、『器』に宿していることをバラされたくなければ、私の交渉に応じてくださいな」

「……魔力を宿らせる……?」

 ヴァレクの声は、どこか揺れていた。

「はい。王家は代々、かつての魔族の王との約束により、その膨大な魔力を『器』に宿らせることで、保持し続けてきました」

 クラリスの穏やかな声は室内に響き、余韻を残して消えた。

 音が失せる。アルトリウスの目は、どこか心配そうにヴァレクに向けられていた。それは国王ではなく、父親として心配しているようだった。

「……ああ、そういうことかよ。俺の魔力が違う奴のもんだって言われ続けてたのは……」

「はい。ヴァレク様の魔力は、『ツズェルグ』という、かつて魔族の王であった方のものです」

 ヴァレクは信じられないのか、自身の手を静かに見下ろす。

「……ヴァレク様は幼い頃に記憶を失いましたね。おそらくその頃に魔力を移されました。記憶喪失はその代償でしょう」

「んでそんなこと……じゃあ俺の元の魔力は、」

「『器』となれるのは、魔力を持たない子どもだ。そういった人間がごく稀にこの世界に産まれる。この世界にはすでにあと二人ほどそのような適性の者は居るが、お前を一番初めに見つけた」

 アルトリウスの低い声が空気を伝い、ヴァレクの鼓膜を残酷に揺らす。

 魔力を持たない子ども。その二人には心当たりがある。ヴァレクたちは少し前までしていた旅の中で、その二人と接触した。

 しかし、つまり。

「俺は……あんたの子どもでもないのか」

 確信を持ちたくない、とでも言いたげな音だった。

 どうか否定してくれと、ヴァレクは不安に揺れながらも、アルトリウスを見上げた。

 アルトリウスは間を置いた。言葉を選んでいるようにも思える沈黙だった。少しして、ようやくゆっくりと口が開く。

「ああ。お前の本当の親のことは知らない」

 空気が凍ったような気がした。

 呼吸さえ忘れてしまいそうな静寂に、ヴァレクは時が止まったような錯覚を覚えた。

 走馬灯のように、これまでのことが思い出される。それらすべてが虚像であると言われたようで、ヴァレクは立っているのがやっとだった。

 これまでの努力は。悩みは。葛藤は。友人たちは。何もかもが与えられたもので、ヴァレクのものではなかった。ヴァレクは何も持っていない。自身で手にしたものなど何一つない。

 その地位でさえ、ヴァレクのものではない。

「大丈夫ですよ、ヴァレク様」

 平衡感覚を失いそうなヴァレクの手に、クラリスの手がするりと絡む。掌から熱が伝わり、その熱に我に返ったヴァレクは、ハッとクラリスに目を向けた。

 珍しくも、弱々しい目だった。そんなヴァレクに、クラリスは優しく微笑む。

「とはいえ、アルトリウス陛下。この秘密をバラされても、あなたにとっては痛手にはならないでしょう。国は大きな組織ですから、私一人の言葉などどうにでも出来ます。つまり、交渉の土台にすら私は立てておりません」

「ああ、その通りだ」

「ふふ。ですから、民意を味方につけるため、歴史を揺るがすことにしました」

 クラリスの言葉に、アルトリウスは微かに首を傾げた。

 しかしクラリスが待つことはない。ヴァレクと繋がっていない手を掌を下にして自身の前に差し出すと、やけに楽しげに笑みを深めた。

「アシルさん、いらしてくださいな」

 クラリスの掌から光が落ちる。

 それが大理石の床に触れると、その地点を中心に半径三メートルほどの光の円が広がり、クラリスの前に、光の中から一人の男が現れた。

「……うわ、何……」

 現れたのは、ヴァレクの頭を撃ち抜いた『サズィラ』であった。

 頭は無事修復できたようだ。以前まで伸ばされていた長い髪は今は短く整えられており、その服もレオンハルトのような護衛のものを身につけている。

 ヴァレクは反射的にクラリスの手を離し、クラリスの前に一歩出た。

「ああ……何かと思えばクラリスか。僕に何か用? というかここは何?」

「ふふ、あなたの名前は『アシル』ですよ。覚えましたか?」

「何それ。僕はサズィラだ。……あれ、上手く力が使えないな」

「ええ、私の魔力が含まれたからでしょう。私の魔力は、あなたにとっては毒に等しいでしょうね」

 アシルさん、あちらを見てください。クラリスが囁くと、クラリスを見ていたアシルは、くるりとアルトリウスへと振り向いた。

 漆黒の瞳が二人の人物をとらえる。するとアシルは目を瞠り、次の瞬間にはアルトリウスの前に現れた。

「久しぶりじゃないか、リュズェルガ。驚いた。何をしてる?」

 その目はアルトリウスではなく、背後に立つギルベルトに向いている。

 アルトリウスは動けなかった。ギルベルトもあまりのスピードに驚いたのか、静かに瞠目する。

「…………サズィラ様……」

「……ふぅん……リュズェルガ、こいつと契約しているの」

 ギルベルトをじっと見ていたアシルは、その目をギョロリとアルトリウスに向けた。

 感情のない、温度も感じない瞳だった。それには本能的に、アルトリウスの背にゾクリと恐怖が走る。

「おや? お前……どこかで……」

 アシルは身をかがめ、玉座に座るアルトリウスを覗き込んだ。通常であれば国王陛下に対し無礼な行動だが、アシルには人間の常識が通用しないため怯むこともない。

「ああそうだ。お前、魔族と敵対していた人間の王か。同じ顔だ。間違いない。なあお前、ツズェルグをどこへやった?」

「……ギルベルト、この男を引き離せ」

「呪いの反転魔法」

 ギルベルトは、ズラした状態で上下に掌を重ねた。

「主に近づく者に、禍を与えなさい」

 次の瞬間。

 何が起きたのか、突然アシルの体からバチッ! と何か弾かれるような大きな音が響いた。

 アシルに変化はない。ギルベルトは驚きに固まり、アルトリウスの瞳にもやや恐怖が浮かぶ。

「リュズェルガ」

 アシルの目は今度、ギルベルトを映した。

「お前から殺してやろう。そしてこの人間も殺す」

「いけませんよ、アシルさん」

 アシルがギルベルトに素早く手を伸ばすのと、アシルの首に光の首輪が現れたのは同時だった。

 アシルの指先がギルベルトの顔面に届くより早く、その体は首輪から伸びる鎖により背後に強く引っ張られた。

 アシルに突如として襲い掛かる首の閉塞感。それに逆らわず背後に引っ張られるまま後退し、浮遊感を終えて着地する。ちょうど、クラリスのそばだった。

「……これは何? クラリス」

 自身の首に着いている光の首輪に触れ、アシルは不思議そうに問いかけた。

「ふふ、アシルさんと私は従属契約を結びましたから、これはその証ですね。いいですか? 人間を殺してはいけません」

「……従属……ああ、あのときの陣はそれか。クラリス、君、僕を騙したね」

「クラリス・セントクレア」

 アルトリウスの重たい声が響く。

「私との交渉にその男で脅すつもりか。私はさらにお前を脅威として認識した。従属契約をしているなら尚更だ」

「あら、違いますよ。アシルさんをお呼びしたのは、再会させてあげたい人が居たからです。そして、私が『歴史を揺るがす』とお伝えしたのは、そちらの人物が本命ですよ」

 にこやかに伝え、クラリスは再び手を前に差し出した。するとアシルが現れたときと同じように、その掌から光が落ち、床に大きく広がる。

「アストラ様、いらしてください」

 光がさらに強くなると、その中から現れたのはアストラだった。

 アストラは居心地悪そうな顔をしていた。しかしアシルを見つけると、すぐに驚きに表情を染める。

「……ツズェルグ……」

 呟いたのは、アシルだった。

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