第4話
王との謁見には、準備が必要となる。
謁見する者の準備もそうだが、場所の準備も、そして国王の準備も進めなければならない。そのため通常であれば謁見の申し出から謁見が決まるまでに短くとも一週間程度は要するものだが、クラリスへの対応は異例の事態だった。
つまり、クラリスも王宮側も、朝から大忙しである。
「色が変わっても元が良いと映えるわね。なんていうんだっけこういうの」
クラリスの準備を、離れたところからルーシンが眺めていた。
クラリスは聖女の正装を身に纏い、今は重厚なドレッサーの前で髪を使用人に整えられている。緊張した様子はない。クラリスは、いつもの朗らかな表情で、ちらりと横目にルーシンを一瞥した。ルーシンはのんびりと紅茶を楽しんでいる。
「ふふ、ルーちゃんはリラックスしてますね」
「そりゃ、私は謁見しないからね。あんたと殿下だけが行くんでしょ?」
「そうですねぇ……ルーちゃんはすぐに手が出てしまいますから」
揶揄うような声に、ルーシンは肩をすくめた。
「……昨日は、レオンハルトが『ルーちゃんと行きたい』と先に宣言をしたので確認できなかったのですが……やっぱり、北の聖女をやめてしまうのですか?」
クラリスの問いかけを最後に、その一室が静まり返った。
とはいえルーシンに気まずい様子はなく、言い方を悩んでいるようだ。
落ち着いた様子のルーシンがようやく口を開いたのは、じっくりと間を置き、もう一度紅茶を口に含んだ後だった。
「……私、反転ってだけで見下してくる奴らが大嫌いなの。だから今までそんな奴らは全員ぶっ飛ばしてきたし、認めさせてやりたかったから、聖女になった。まあ、意地とプライドよね。今思えば、全部自己満足なんだけど」
ルーシンはそこで言葉を切り、自嘲気味に笑う。
「私、聖女の試験に複数回落ちてるのよ。いつもエリアス司教に落とされてた。能力も知識も合格値で、最終試験まではいけるんだけどね。……エリアス司教も分かってたのかも」
「ふふ、なるほど。今にして思えば、エリアス司教ご自身があの性質ですから、ルーちゃんをそばに置きたくなかったというのもあるのかもしれませんね」
「だとしたら許せないわ。こっちは隠さず真っ向勝負してたってのに」
そんなことを言うくせに、ルーシンの表情は随分明るい。
「これは、アストラ様から聞いたことですが」
鏡越しにルーシンの様子を確認しながら、クラリスは続ける。
「ルーちゃんは優秀ですがやはりその性質で、エリアス様も聖女とすることを悩んでいたようですよ。そのために何度も落とさざるを得なかったと。……体裁ではなく、ルーちゃんがその性質で聖女になり、もしもその性質が周囲に気付かれてしまったとき……エリアス様はルーちゃんの心意気をよく知っていたからこそ、傷つくのはルーちゃんだからどうしようかと悩んでいたようです」
「ふん。余計なお世話」
「ですが、そのような状況となった今、傷ついているんじゃないですか?」
ぱちりと、鏡越しに二人の目が合った。ルーシンは、難しい話をされた子どものような、どこか煮え切らない顔をしている。
「こんな未来を、エリアス様は避けたかったのでしょう。それでもエリアス様がルーちゃんを聖女としたのは、ルーちゃんの覚悟が伝わったのかもしれませんね」
ルーシンが民衆の前で反転魔法を使ったとき、思い返せば、エリアスはたいそう驚いていた。
そんなことをするルーシンの行動に驚いたのだと思っていたが、もしかしたら別の意味もあったのかもしれない。
「だからと言って、エリアス司教を許せるわけじゃないわよ。……まあ、あの人が司教を続けるのかどうかは分からないけど」
「どうでしょうねぇ」
クラリスはやけに楽しげだ。
使用人はクラリスの髪を整えると、仕上げを始めた。
「ねえ……今日の謁見、アストラ司教は?」
「アストラ様は、タイミングを見てお呼びしようかと思っていますよ」
「……あんたは?」
ルーシンの問いかけに、クラリスは微かに首を傾げる。
「あんたはこれからも、王都の聖女で居てくれるのよね?」
仕上げを終えた使用人は、速やかに片付けを済ませた。無駄な所作もなく、何も語らず静かに部屋から出て行く。
二人きりになった部屋には、沈黙だけが残される。
なぜ即答しないのか。不安になったルーシンが口を開きかけたとき、クラリスから言葉が返った。
「ルーちゃんったら、面白いことを言うんですね」
それは、ルーシンが期待したものからは程遠いものだった。
「どうして私が、王都の聖女をやめるのですか?」
「……なんとなく。あんたは『王家の秘密』とやらを思い出しちゃったんでしょ。今日の謁見でその話をするんだろうけど……国から追われるなんてことにならないわよね?」
「ならないように進めるつもりですよ。殺されるつもりは毛頭ありませんから」
「じゃあ、どうするの? あんたは、どうやって陛下を丸め込むつもり?」
「丸め込むなんてそんな」
ルーシンの表情とは対照的に、クラリスはいつもと変わらない穏やかな顔をしている。
言葉を続けようとしたクラリスだったが、それは突如開かれた扉によって遮られた。
「準備は出来たか」
ノックもなく入ってきたのは、クラリス同様正装を纏ったヴァレクだった。式典で見られるものである。父親とはいえ、正式な謁見となるために飾り付けられたのだろう。首元にジャボを付けた白いシャツに、深いグリーンを基調にしたジャケットとベストを合わせている。
ヴァレクの来訪に、二人同時に振り返った。
「あら、ヴァレク様。もうそんなお時間ですか?」
「使用人が引いただろ。彼らは時間に正確だ。……北の聖女。お前はレオンハルトと外で控えていろ」
ヴァレクの目が部屋の外に一瞬流れた。おそらく外にレオンハルトが居るのだろう。
「もちろんです。何かあれば合図をください。乗り込みますよ」
「ふふ、ルーちゃんったら。私たちは争いに行くわけではないのですよ?」
そんなことを言いながら、クラリスは嬉しそうである。
「ではどういうつもりだ。俺にも詳細を教えねえとは」
「え! 殿下も聞いていないんですか」
ヴァレクの眉が戯けたように揺れる。どこか不服げだ。
信じられない、とられ言いたげなルーシンの目が、クラリスに流れた。
「……ヴァレク様は今、体質が変わられて不安定ですから、余計な情報は入れたくないのですよ。大丈夫です、悪いようにはなりません」
「そうじゃねぇ。抱え込むなと言ってる」
「そうよ。殿下には伝えておくべきだわ」
二人分の目が攻めている。しかしクラリスはやはりいつものように、ただ穏やかに微笑んでいた。
「王家の秘密は、大きなことです。私には、ヴァレク様が事前にそれを聞き、謁見当日に平然としていられるとは思えませんでした」
「俺が狭量だとでも?」
「そうではありませんよ。ヴァレク様は器が大きく、将来国王となるにふさわしい御方であると思っております。それを前提としても、今回の秘密はヴァレク様にとって、絶対に受け止められないものと思っています。……王家の秘密の余波として、明らかとなる話がいくつかありますから」
ヴァレクの表情が渋く変わる。ルーシンも同じような顔をしていたが、ルーシンのほうがどこか腑に落ちない顔をしていた。
「……どうしてあんたは、そんなに情報を持ってるのよ」
「私は王家の秘密を知っている上に、『サズィラ』様とも深く会話をしましたから。あとは、私がかつて天使だった頃の記憶も一部見ました。それらを繋げただけです」
クラリスは落ち着いた様子で、ヴァレクへ目を向ける。
「そろそろ行きましょうか。陛下もお待ちでしょう」
ヴァレクもルーシンも、やはり難しい顔をしていた。




