第3話
二度目の爆発には、ルーシンとレオンハルトが巻き込まれた。
クラリスはヴァレクと近すぎて被害がなかったようだ。少し離れた位置に立っていたルーシンとレオンハルトは爆風に吹き飛ばされ、怒りをあらわに医務室に戻ってきた。その頃には再度集まってきた王宮の者たちは、ヴァレクの言葉によって再び解散したあとだった。
「いい加減にしてくれませんかねえ! そろそろ私も手が出ますよ殿下!?」
瓦礫の間から戻ってきたルーシンは、拳を震わせている。怪我はないようだが、砂埃や舞い上がった土に汚れていた。
「悪い。レオンハルトも無事か」
「生きてますよ」
ルーシンの背後から、ぬっとレオンハルトが現れる。こちらもルーシン同様、全身汚れているが怪我はない。
二人は瓦礫を乗り越えて、ようやくヴァレクのベッドにやってきた。
「……はぁ。本当に……事態はだいたい分かりました。クラリスも、分かっててやってんじゃないでしょうね」
「まさか。私は大切なことなのでお伝えしなければと思っただけです」
「嘘くさいのよあんた……」
「制御が上手くできねぇんだが、これはどうなってる」
ヴァレクが不思議そうに自身の手を見下ろし、首を傾げた。その言葉は誰に向けられたものなのか、とにかく理由を知る者が居れば教えてほしいとでも言いたげに投げられた。
ルーシンとレオンハルトは目を合わせ何かを確認しあっていたが、口を開いたのはルーシンだった。
「殿下が『反転』になったことが原因だと思います」
ヴァレクの目が、さっとルーシンに向けられる。
「そもそも、正転の魔力は『生命力+魔力』となっていて、生命力と魔力はほんの少し混じり合っているだけの、いわゆる『生命力に魔力が乗っている』状態です。生命力が魔力を、魔力が生命力を支える場面もありますが、あくまでも別のものとして人間の体に保持されています」
ヴァレクは「早く結論を言え」とでも言いたげに、厳しい表情で一つ頷く。そんなヴァレクに焦る様子もなく、ルーシンはやはり呆れたように短く息を吸い込んだ。
「ですが、反転は違います。正転とは違い『生命力=魔力』となっているからです。つまり、殿下の体と魔力が一体化している状態なんです。感情が動けば、慣れないうちはその大きさに応じて魔法も発動されます。私やレオンハルトは指を組み、その仕草を媒介として発動することである程度調整しているんですけど……殿下はこれまでやっていませんし、その魔力自体をうまくコントロールをしたほうが良いかもしれませんね」
「…………反転ってのは苦労してんだな」
「殿下、慣れです。私で良ければ協力いたしますよ」
レオンハルトの申し出に少しばかり考えたヴァレクだったが、「助かる」と小さく呟いた。
特に反転としての性質も力も強いレオンハルトのことだ。本来であれば仕草も詠唱も不要なのだろうが、調整するためにあえて実践しているのだろう。ヴァレクも幼い頃は、膨大な魔力の扱いに慣れるまでは何度もコントロール出来ずに失敗を繰り返していた。上手く扱えるまでは「魔力があっても扱えない」という現実に、何度も打ちひしがれたものだ。
あの経験を、大人になってもう一度するのかと。
思い出したヴァレクは、その瞳をどこか遠くに向けていた。
「ふふ、修復は私がしますから良いですよ」
今のヴァレクでは魔法を出せないだろうと、クラリスが医務室の修復を始める。ようやくクラリスの体に魔力が馴染み直してきたのか、魔法が使えるように戻ったようだ。
「……さっきの説明で考えると、北の聖女の存在は不可思議だな。正転と反転を併せ持つ存在ってのは、あまりに異端に思えるが」
「まあ……そうですね。私も、自分自身で不思議です。ですがほら、私って感情型なので、確かに昂ったときにハイパワーで戦えていた自覚はあるんですよね」
「ありゃ反転が反応してやがったのか」
「そういうことでしょうね」
ルーシンはなんてことないように言っているが、ヴァレクはその大変さが身に染みた直後であるために、「お前はすごいな」と心からの言葉が漏れていた。
「ところでクラリス、あんた明日大丈夫なの? あの変な男も王宮に匿ってるし……どうするつもりなのよ」
「まあまあ、心配しないでください。ヴァレク様から結婚の了承も得られましたし、カードは揃いました」
「それ言いたかっただけでしょ絶対……」
「クラリス様」
呆れた様子のルーシンの隣。レオンハルトが相変わらずの強面をさらに曇らせて、スッと一歩前に出た。
クラリスは医務室の修復をしながら、レオンハルトの言葉に耳を傾ける。修復は早くはなく、今ようやく一部の壁が直ったところである。
「どうしました? レオンハルト」
「……私が反転であることを、北の大聖堂で暴動を起こしていた民衆に気付かれたと、お伝えしたと思うのですが」
「ええ。聞きましたね」
「あなたの、護衛騎士で居られなくなりました」
先ほどの話を通すのかと、ルーシンは反射的にレオンハルトの横顔を見上げた。その横顔はどこか固い。クラリスはレオンハルトにとって恩人であるために、そばを離れることに複雑な気持ちもあるのだろう。
それを理解し、ルーシンはすぐにクラリスに振り向いた。
「ねえ、どうにかならない? 反転だからって、王都の聖女の護衛騎士でいられなくなるなんてあり得ないと思うのよ。むしろ王都の聖女の護衛騎士が反転であることが、反転への認知緩和に繋がるんじゃないかしら」
「……聖女フィリス……」
クラリスはにこやかな表情を崩さず、ルーシンを見ながらも、部屋の修復を続ける。
「あんた頭良いでしょ。レオンハルトを外さないでいいようにどうにか出来ないの?」
「……まあ、出来ると言えば出来ますが……」
カチリ、カチリと音を立ててガラスが元に戻っていく。それはまるでパズルのように綺麗に合わさり、傷一つ残さず透明な一枚になっていた。
クラリスはそんな光景を見つめながら、ふっと口元を緩めた。やがて緩やかに、その目をルーシンに向ける。
「それが、レオンハルトの望みですか?」
にっこりと、やけに意味深な笑みを向けられ、ルーシンはとっさには何も言えなかった。
なぜ、そんな当たり前のことをわざわざ聞くのか。クラリスの意図が読めない。
ルーシンが答えようと口を開いたが、先に隣のレオンハルトが言葉を吐き出した。
「違います」
迷いのない、強い声だった。
「私は、クラリス様の迷惑になるという大義名分を盾に、聖女フィリスと旅に出たいと考えています」
「まあ、とっても素敵ですね」
「ですが、私はクラリス様に拾われ、救われた身です。私の自由意志で生きることは許されないとも思っています」
唖然とするルーシンを置いて、レオンハルトが言葉を続けた。
決意した様子のレオンハルトを前に、クラリスは心底不思議そうに首を傾げる。
「おかしなレオンハルトですね。あなたの人生なんですから、私に許可を取る必要はありませんよ。あなたは自由に生きて良いのです」
「……ですが、私はあなたに少しも恩を返せておりません」
「返してもらいましたよ。レオンハルトはいつでも、私の味方でいてくれました。これからも変わらないでしょう」
「もちろんです」
その即答に、クラリスは思わず可笑しいと言わんばかりに笑う。
「でしたら、あなたは生きたいように生きてください。ね、ルーちゃん。ルーちゃんは迷惑ですか?」
「え、別に……レオンハルトが居てくれるのは私にとっても心強い、けど……」
レオンハルトの決意に戸惑うルーシンは、いまだにそれで良いのかとでも言いたげである。しかしレオンハルトは黙殺している。そんな二人を見て、クラリスはさらに笑みを深めた。
「ふふ、ルーちゃんなら私も安心です。だってルーちゃんはこれまで、私たちを引っ張って来てくれましたから。特にレオンハルトはとても優しいので、ルーちゃんにとっては最高のお相手でしょう」
「と、当然じゃない。あんたとか殿下みたいなやんちゃな人種を相手にしてきたのよ、レオンハルトが一番安心だわ」
「そうでしょうそうでしょう。きっと私やヴァレク様が一緒に行くよりも、レオンハルトが一番一緒に居やすいですよねぇ」
「間違いないわ。あんたや殿下と居ると気が気じゃないもの……レオンハルトの安定感ったらないわね」
ルーシンは得意げに腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「それでは決まりですね。レオンハルト、ルーちゃんをきちんと守ってくださいね」
クラリスの激励に、レオンハルトは力強く頷く。ルーシンは「あれ、いつの間にこの流れに」とキョトンとしていたが、興味のなさそうなヴァレクから「お前、上手く流されたな」と言われてようやくクラリスの目的に気付き、少しの間頭を抱えていた。




