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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
最終章

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第2話

 ――少し前。医務室から出たルーシンとレオンハルトは、周囲に誰も居ないことを確認しながら、医務室の扉の前でまったりと休息をとり始めた。

 気が抜けるのはいつぶりだろうか。サズィラという男のこともあり、大聖堂での暴動もあり、ルーシンは特に気を張り続けていたからか、行儀悪くもその場にしゃがみ込んでいた。その隣でレオンハルトは、護衛騎士としての習性か姿勢良く立っている。

「……驚きましたよ。まさかあなたが、治癒を終えてすぐ、クラリス様とあの男のところに行っていたとは」

 どこかぶっきらぼうな声だった。どうしたのかとルーシンがレオンハルトを見上げるが、もとより無表情であるために表情から感情は読み取れない。

「何よ、当たり前じゃない。クラリス(あの子)、目を離すとすぐ無理するんだから」

「それは一理ありますが」

「でしょ。でもまあ、あんたにも話した通りサズィラ(あいつ)が大人しくて助かったわ。……いや、クラリスの戦略勝ちかしら」

 レオンハルトがくるりと、しゃがんでいるルーシンに視線を向ける。一九〇センチからのそれは他者から見れば威圧的にも思えるが、ルーシンは特に何も思っていない様子で見上げていた。

「結果論ですよ。俺からすれば、無茶をするのはあなたも同じです。もう少々ご自身を大切にされては?」

「してるわよ。でも私は強いの。戦闘型だし。ノールウェンで霊石に引き込まれたとき、アナスタシアをぶっ飛ばしたのは私よ」

「知っていますよ。でもあなたもぼろぼろでした」

 ルーシンの眉がむっと寄せられる。

「何が言いたいのよ。私が弱いとでも?」

「そんなこと言っていませんよ。そうではなく、省みてくださいとお願いしているんです」

「残念ながら、頭で考えるより先に体が動くの。馬鹿にされたら反射的に手が出るでしょ? それと同じ。そうやって生きてきたんだもの」

 ため息を吐きながら、ルーシンが立ち上がった。睨むようにレオンハルトを見上げ、ツンと顔を背ける。どうやらレオンハルトの言葉が気に入らなかったらしい。好戦的な性格だからか、うまく伝わらないなと、レオンハルトは考えるように一度宙に目を向ける。

「……良いんですよ、これまではそれでも。ですがこれからは控えてください。あなたのご家族も、俺も心配します」

 つまり言いたいのはこれだったのだが。ようやく伝わったかとルーシンを見下ろせば、先ほどとは打って変わって、ルーシンがやけにキラキラとした目でレオンハルトを見上げていた。

「……なんでしょうか」

「へえ〜、つまりあんたは私を仲間として認めたってわけね。私が危険な目に遭うのが嫌ってことはそういうことよね。ふ〜ん。あんた、なかなか見る目あるわね」

 仲間として認められることが少ないルーシンにとって希少な言葉だったのかと、レオンハルトはルーシンの反応を見て、ようやく気がついた。

 レオンハルトには幼い頃からクラリスとヴァレクが居た。二人は反転の性質など気にしなかったために忘れがちだが、反転の者は基本的には孤独に育つことが多い。いや、孤独なだけではない。周囲からは罵倒され、弾かれ、殴られることばかりである。

 レオンハルトは思わず顔をしかめた。しかしルーシンは気付かなかったのか、「そういえば」と話題を変える。

「私、北の聖女やめようかなと思ってるのよね」

「……えっ!?」

「まあそういう反応にもなるわよね」

 レオンハルトの無表情が珍しくも驚きに染まって満足なのか、ルーシンはやけに楽しそうに笑う。

「いいのよ、もう。あんたたちと一緒に過ごして、聖女にこだわってる自分が馬鹿みたいに思えてきたの。反転の認知とか扱いの改善をって思ってたけど、そもそも、その性質を隠して聖女をやってる時点で独りよがりじゃない? 自己満足だったなって思って。それに……私が反転ってバレた以上、聖女では居られないんだろうし」

「……では、どうするんですか。その……あなたが反転の性質と知れた今、どこに行っても辛い思いをします。それなら、クラリス様と一緒にこれからを考えて、」

「あんただってバレたわよ。王都の聖女の護衛騎士様」

 そういえばそうだった。思い出したレオンハルトは、これからどうするかと渋い表情に変わる。

「人のことばっか考えてないで、あんたもきちんと考えなさいよね」

「……ちなみに、あなたはどうするんですか?」

「私? 私はこれからいろんな土地に行って、いろんな人と関わりながら反転への認知を緩和させていこうかなと思ってる。具体的にどうするとかは決まってないけど……反転の仲間を見つけたり、悩んでる同志を助けたい」

「そうですか……」

 小さく呟き、レオンハルトはそれきり黙ってしまった。

 しかしルーシンは気にすることなく、不躾にも医務室の扉に耳を押し当てる。中で二人がどんな話をしているのか気になるようだ。

 反転の生まれや、ヴァレクが反転になってしまったことは先にルーシンやレオンハルトには伝えられていたために気にならないのだが、問題はヴァレクが一度死んだことで霊石が契約解除となった件である。

 それについてヴァレクがどう思い、どう対応していくのか。

 クラリスの命がかかっているこの件だからこそ、ルーシンも気が気ではない。

「……ねえ、どうすると思う? クラリスは陛下に謁見の申し出をしたって言ってたけど、勝算はあるのかしら」

 実は、クラリスが国王に謁見を申し出たのは、数時間前のことだった。

 ヴァレクを王宮に連れてすぐ、ルーシンとレオンハルトにヴァレクを任せ、クラリスとアストラは謁見の申し出に向かった。それから何が起きたのか、どのような会話をしたのかルーシンは知らない。一度だけ医務室に戻ってきたクラリスが「謁見を申し出ました」とにこやかに言って再び立ち去ったから、詳細も分からず今である。

 本来であれば謁見の予定などすぐには取れるはずはないのだが、クラリスはいったいどう伝えたのか、謁見はなんと明日おこなわれるらしい。

 おそらく『王家の秘密』についてを話すのだろう。

 けれどそれでは、クラリスが正面から処刑されることになるのではないだろうか。

「ちょっと聞いてる?」

 ルーシンはハラハラを隠しもしない表情で、変わらず扉に耳を引っ付けている。

 レオンハルトからの反応はない。焦れたルーシンがちらりと見上げると、レオンハルトはいつもの無表情でルーシンを見下ろしていた。

「な、なによ……怒ってるの?」

 そう言うくせに、ルーシンは扉から耳を離さない。

「いえ……旅へは、お一人で?」

「……ああ、さっきの話? まあそうね。そりゃ、私と旅に出たいなんて変わり者居ないんだろうし。ていうかあの二人、声小さすぎない? もっとでかい声で喋りなさいよ……」

「俺のことも連れて行きませんか」

 ピタリと、その場が止まった。

 医務室の会話に集中していたルーシンは、一瞬何を言われたのかも分からなかった。

 言われて数秒後、ルーシンは首を傾げながら扉から耳を離す。

「なんて?」

「俺も連れて行ってください」

「……え、でもあんたは無理でしょ。クラリスの護衛騎士だし」

「先ほど、俺のこれからを気にしたのはあなたじゃないですか」

「まあそうだけど……」

「俺は邪魔ですか」

「まさか! 私はあんたを同志だと思ってるし、一緒に居てくれたら心強いわよ。でも現実的に考えるとねぇ……」

 うぅんと悩むように腕を組むルーシンを、レオンハルトは細めた目で見下ろす。

「散々俺に『一緒に世界を変える』と言っていたのは嘘だったんですね。俺だけがその気になっていたと」

「私を嘘つき扱いすんじゃないわよ。私は本気。問題なのはクラリスがそれを許すかってこと」

「それなら、」

 レオンハルトが言葉を返しかけたとき、医務室から凄まじい爆発音が響いた。

 地が揺れるほどの爆音だ。瓦礫の崩れる音もする。ルーシンとレオンハルトは体勢を崩さないようにと揺れに耐え、すぐさま医務室の扉を開けた。

「まさか王宮にまで敵が……!」

 いったい相手は何かと、ルーシンは聖槍を、レオンハルトは銃を顕現したのだが。

「殿下! ご無事ですか!」

 先に医務室に入ったルーシンたちの背後から、王宮に勤める者たちが続々入室する。

 しかしみな、ルーシンたちのように、入ってすぐに立ち尽くした。

「…………何が起きたの?」

 問いかけたのはルーシンだった。

 呆然とするみなの目の前。そこには侵入者などおらず、ただ、ベッドに上体を起こして座るヴァレクと、ベッドサイドに座るクラリスが居る。ヴァレクは片方の手をクラリスに握りしめられていたが、問題はそこではない。

 ヴァレクの居るベッドより後方……つまり医務室の奥の壁が、粉々に破壊されていた。

 幸いにも医務室は王宮の端にある。そのため、開けた先に見えるのは王宮の裏口に続く外用の通路だった。

「あらあら、みなさま。すみません騒がせてしまって。ヴァレク様が不調で、間違えて魔法を使ってしまったようです。敵襲ではありませんからご安心ください」

「で、ですが、不調でしたら医師を寄越しますので……」

「大丈夫だ。部屋の修復も責任を持って俺がする。ひとまず、レオンハルトと北の聖女以外は退室してくれ」

 戸惑うように現れた王宮の者たちは、それでも「殿下がそう言うなら」と、渋々医務室から出ていく。

 残されたルーシンは、ベッドに歩み寄りながら呆れた様子である。

「……それで、どうしてこんなことに?」

 ルーシンの目は、クラリスに向けられている。まるで「あんたが何かしたんでしょ」とでも言いたげだ。

「まあルーちゃん! 私はただ、ヴァレク様に求婚しただけですよ!」

「はあ!? え、は!? あんたやっぱり殿下のこと好きだったの!?」

「ま、聖女フィリス、落ち着いてください。その前にクラリス様から事情を聞いて……!」

「おい北の聖女、やっぱりってなんだ、その辺り詳しく話せ」

 クラリスの言葉に、三者三様のリアクションが出た。しかしクラリスはただにこにこと微笑むばかりである。

「ふふふ、明日の謁見でそのような会話も出る予定なので、あらかじめ了承を得ておこうかと思いまして」

 無邪気に放たれたそれ。先ほどの求婚の真意を語られ、ヴァレクは落胆に落胆から肩を落とした。

 そんなことだろうと思っていた。相手はあのクラリスだ。あのクラリスが愛だの恋だのと言うはずはなく、そして何の利害もないことを言い始めるわけがない。ましてや『結婚』という、少なからず人生に関わってくることならば尚更に。

「あら、ヴァレク様? 大丈夫ですか?」

 ベッドと一体化してしまうのではないかと思えるほど脱力したヴァレクに、クラリスが心配そうに語りかける。しかしルーシンは哀れみに満ちた表情で、クラリスの肩に手をおいた。

「ちょっとクラリス……今はそっとしておいてあげなさいよ……」

「殿下。大丈夫です、まだまだチャンスはありますから」

「まあまあ、私だって、心底嫌いな殿方と結婚をなんて考えませんよ。ヴァレク様は同志です。あなたとなら一生一緒に居られると思いますし、同じ目線で会話が出来ますし……何より、これから見る世界や経験を、ほかでもないヴァレク様と共有出来れば、もっともっと楽しいと思うんです」

 落ち込んでいたヴァレクが、勢いよく起きがあった。

 充分にその意味を噛み砕き、理解をしてすぐ。ルーシンが「クラリス、それってつまり」と何かを言いかけると同時に、再び魔法が医務室を破壊し、王宮の者たちが押し寄せた。

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