表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/48

第8話

 逆光で姿が見えない。クラリスは現れたその人影を見ようと目を細めた。

 その姿はやはりヴァレクで間違いはないようだ。背後には、ルーシンとレオンハルトも立っていた。

「殿下は下がっていてください。まずは私とレオンハルトで中に入ります」

「ルーちゃん、危険です! このお方、やはり人ではないようです! 魔族という存在のようで、」

 洞窟の入り口を見ていた男の目玉が、突然ギョロリとクラリスに向けられる。

「クラリス。魔族はもう存在しないよ。僕はあくまでも、魔族に近い人間だ。……おや」

 レオンハルトが巨大な銃を顕現すると、男の目は再びそちらに向けられた。

 男はやや驚いたように目を瞠る。

「驚いた……彼はとても……魔族に近しい力を持っているね」

 小さな言葉は、クラリスにだけ届いた。

 男はどこか嬉しげに、その感情のない瞳に輝きを宿す。小さな声で「あれは誰の復活個体だろう」と呟いたかと思えば、レオンハルトに狙いを定めたようだった。

「レオンハルト! 逃げてください!」

 クラリスの忠告と同時に、男は踏み込んだ。

 レオンハルトが銃を構える。その銃口を越え、レオンハルトの目の前に男が現れた。

「あれ? お前、会ったことがあるな」

「影の、反転魔法」

 レオンハルトに男の手が伸びる。その背後でルーシンは合掌し、手をずらした。

 レオンハルトが銃身で男に殴りかかるが、男は難なくそれを交わす。そんな二人の背後。

 手を逆三角に合わせたルーシンの影が、ぐんと伸びた。

 影は真っ直ぐに男の影に向かう。

 男はその影の動きを冷静に見ていた。やがて伸びた影が、男の影に混じるのだが。

「きゃ!」

「聖女フィリス!」

 ルーシンの魔法が弾かれ、使っていた逆三角形が崩された。その衝撃が大きく、ルーシンは体勢を崩す。

 咄嗟にレオンハルトがルーシンのそばにやってくるが、ルーシンの背後にはすでに男が立っていた。

「おかしいな。お前。おかしい。その力はなんだ」

「どきなさいレオンハルト!」

 聖槍を顕現したルーシンが、男に斬り掛かる。間一髪で避けたレオンハルトに対応して、男はひらりと聖槍をかわし、二人から距離をとった。

「奇妙だな。クラリス、君はやっぱり魅力的なんだ。こわなに変な奴らも魅了してしまう」

「どうでもいいんだよそんなことは」

 一歩、ヴァレクが前に出た。それを庇うように、レオンハルトがやや前に立つ。

 男の目はまっすぐにヴァレクに向いていた。

「あー、お前。ツズェルグの力を持ってる奴だ。僕はお前を殺さないといけない」

「やってみろ」

 ヴァレクの挑発に男を警戒して、ルーシンとレオンハルトが構えた。

 そんな洞窟の入り口付近でのやり取りを遠目に見ながら、クラリスはなんとか自身の手錠を外そうと、手を岩に叩きつける。

「お前の魔法が邪魔でクラリスを食えなかった」

「てことはお前、そのツズェルグとやらよりも力は弱いってことだな」

 男の眉がぴくりと揺れる。

「……当たり前だ。ツズェルグは誰よりも強い。それを何故、お前のようなただの人間が宿せる」

 ギリギリと、男の歯が強く噛み合わさり、不快な音を出す。

「やはりお前がツズェルグを殺したのか」

「知らねぇって言ってんだろ。しつけぇな」

 ヴァレクは、携えていた大剣を抜いた。

「レオンハルトと北の聖女はクラリスを保護しろ。俺がこいつの相手をする」

「いえ、私も手助けします。聖女フィリスがクラリス様を、」

「お前も行け。……狙いがそっちに向かないとも限らねぇんだ」

 レオンハルトが一瞬、ルーシンに目を向けた。ルーシンは一人でも大丈夫とでも言いたげだが、レオンハルトはヴァレクの言葉にひとつ頷く。見届けたヴァレクが、レオンハルトに鍵を渡した。

「……分かりました」

「行かせないよ。全員殺してあげよう」

 ルーシンとレオンハルトが駆け出すと、それを止めるように男が手を伸ばした。反射的に振り向いたレオンハルトがシールドを発動し、ルーシンを突き飛ばす。

 目に見えない鋭い何かに攻撃されたレオンハルトは、その威力に負けて洞窟の岩肌に叩きつけられた。

 それを見届ける間もなく、ヴァレクが男に斬り掛かった。

 男はヴァレクを見ながら、剣を軽やかに避ける。その目はずっとヴァレクに向けられているが、レオンハルトとルーシンには片手間に魔法を繰り出し、クラリスに近づかないようにと攻撃を続けていた。

「みなさん引いてください! 私は大丈夫です!」

 クラリスが必死に叫ぶが、洞窟が崩される音が大きく、三人には届かない。

 手錠は頑丈だった。どれほど岩に叩きつけても壊れる様子もなく、ヒビすら入らない。

 こんな状態のクラリスが加勢をしても、足を引っ張るだけである。

 まとまらない思考を持て余しながら、クラリスはなおも岩に手錠を叩きつける。

 手首からは血が流れていた。狙いを外した荒々しい岩がぶつかり、クラリスの柔肌を傷つけている。

「早く、早くこれを外さないと……!」

 男の魔力は圧倒的だ。それこそ、ヴァレクでなければ渡り合えないだろう。

 視界の片隅で、ルーシンとレオンハルトが洞窟に叩きつけられながら、クラリスの元にたどり着こうとしているのが見えた。諦めていない目だ。ルーシンなど、頭から血を流し、ふらつきながら立っている。

「ルーちゃん、レオンハルト! もういいです! 私は大丈夫ですから!」

 ゴッ! と、強烈な音と共に、男が激しく吹き飛ばされた。奥にいたクラリスを通り越し、最奥の壁に叩きつけられる。

 瞬時にそれを理解し、クラリスは慌てて立ち上がる。ヴァレクも無傷ではないだろう。クラリスは動けないわけではない。今ここで、クラリスから向かわなければ。

「鍵をください! 私も戦います!」

 瓦礫に埋もれていたレオンハルトが、力を振り絞って立ち上がった。

 クラリスが駆けて来る。その姿を見て、レオンハルトはクラリスに向けて鍵を投げた。

「クラリス!」

 なぜかヴァレクが焦ったような顔をしていた。

 しかしクラリスは構わずしゃがみ込み、足元に落ちた鍵を拾う。

 慌てないようにと手錠に鍵を差し込み、外そうとしたのだが。

「君はまた、僕を見ないんだね」

 真後ろで、声が聞こえた。

 それに振り向くと同時、ヴァレクの魔法がクラリスを追い越す。しかし男はそれを弾いた。

「どうしていつも僕のものにならない」

 男の手が、クラリスの細い首を強く掴んだ。追いついたヴァレクが斬り掛かるが、男はクラリスを連れて大きく背後に跳躍した。

「もういいや、その守護ごと食ってしまおう」

「クラリス!」

 カチリと、解錠の音が聞こえた。

 それは、クラリスの頭に、巨大化した男の口がかぶりつくのと同時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ