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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
第4章

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第1話

 四人はひたすら、北の大聖堂を目指す。

 ルーシンは馬に乗りながらも不安そうに目を伏せ、いつものような軽口もない。そんなルーシンをレオンハルトが気にかけていたが、かける言葉が見つからないようだった。

 しかし少し考えて、レオンハルトは「殿下」と前を走るヴァレクに呼びかける。

「馬での移動ではなく、転移魔法で移動できませんか。経過時間は変わらないと分かっているんですが、やはり気持ち的に違うものがあるかと」

 レオンハルトの訴えに、ヴァレクが横目に一瞥する。すぐに前に向いて、首を振った。

「転移魔法は重量制限がある。四人は重い」

「私の転移魔法はランダムにピンが刺さるのであてになりませんし……」

「ランダムにピンが刺さるなんかありえねぇんだよ……お前が方向音痴なだけだ」

 悩ましいクラリスに、ヴァレクは少々呆れ気味だった。

 転移魔法は意外と実用性が低い。重量制限もあれば、瞬間移動が出来るわけでもない。転移魔法での移動中には魔法の”路”が見えるから、クラリスのように見える者に見つかれば、その”路”を断たれてルークのように撃ち落とされることもある。とはいえ、悪い人間しかそのようなことはしない上、そもそも見える者すら多くはないのだが。

「北の聖女の憂いは分かるが、今は急ぎで向かうことしか出来ねぇよ」

「……大丈夫です。分かっています。……レオンハルト、ありがとう」

「いえ……」

 いつもは気の強いルーシンが、それ以上は何も言わなかった。家族が北の都に居ることもあり、今回のことに巻き込まれているのではないかということも心配なのだろう。レオンハルトはそれも分かっていたが、やはり何を言うべきか、言葉は見つからなかった。

 そんなルーシンの様子を、クラリスが横目に見ていた。

「……私、初めて司教のことを許せないと思っています」

 やがて前を向いたクラリスは、いつになく刺々しい言葉を吐き出した。

 ヴァレクは自身の腕の中で怒りを募らせるクラリスを宥めるように、手綱を握る手を少しばかり内側に寄せる。

「俺たちに出来るのはアストラに全部吐かせることだけだ。どうせあいつがエリアスのこともたぶらかしたんだろ」

「……はい。アストラ様のことですから、何か考えがあるのかもしれませんし……とにかく、どのようなことになろうとも、アストラ様を捕らえましょう」

 クラリスの強い言葉に、ヴァレクは何も言うこと無く、こくりと頷いた。


 北の都、ルザリアへは、それから半日後にたどり着いた。ルザリアは北の地で最も広い土地である。ようやく端にやってきたところで、大聖堂にはこれからさらに距離がある。そのため、ルザリアに着いたところで馬から降りることはなく、クラリスたちはそのまま馬でルザリアを突っ切っていた。

「人が居ないわね。あり得ない」

 静まり返った街の様子に、ルーシンはさらに表情を険しく変える。

 ルザリアは寒い土地だ。セレヴァンよりも雪が降らない地域ではあるため、多少の雪は降れど生活に支障はない。人も多い。けれど今は、人の気配がまったくない。

 住宅やアパートのカーテンは締め切られ、人が暮らしているのかすらも分からなかった。

「もう薄暗くなってきたからでは」

「この時間はまだ外を人がうろついていてもおかしくない時間よ。お店も閉まってる。……ここ数日で、いったい何があったっていうのよ」

「ルーシン様! ルーシン様ではないですか!?」

 大聖堂に向かう途中、ルザリアにある一番大きな施療院から、一人の女が飛び出した。

 先頭を走っていたヴァレクは、女を轢かないようすぐに手綱を引いて馬を止める。驚いたクラリスはとっさにヴァレクに抱きついて落ちないようにと堪えていた。レオンハルトやルーシンも同様に馬を急ブレーキさせると、ルーシンはすぐに馬から飛び降りた。

「アナスタシア! あんた、どうしてここに!?」

 施療院から出てきたのは、ノールウェンで別れたはずのアナスタシアだった。ルーシンに殴られた傷はまだ癒えていないのか、頬や腕には傷テープが貼られている。

 アナスタシアは嬉しげに駆け寄ったが、すぐにヴァレクたちに一礼してルーシンを不安そうに見ていた。

「私はルーシン様の不在を知っていたので、この騒動からルザリアを守らなければと……」

「騒動? 何が起きていたの?」

「……入ってください。急ぎ説明します。ここには暴動で被害を受けた人たちが集まっているので、ルーシン様を見ればみんな混乱するかも……こちら、裏口からどうぞ」

 ヴァレクやクラリスたちも慌てて馬から降りると、アナスタシアに続いて、施療院の裏口から中に入った。

 施療院では、数十人が治療を受けていた。医師たちが必死に対応している。院内には苦しげな声や、混乱する言葉が飛び交っていた。

 アナスタシアは裏口から入ってすぐにあるひと気のない倉庫に四人を案内すると、誰も入れないようにと扉をしめた。

「この暴動は、二日前から突然始まりました。私が知ったのは、ノールウェンでおかしな言動を聞いたことからです」

「……ノールウェンでも被害が? どうして、大聖堂がない土地なのに……」

「分かりません。ですが確かに『クラリス様を神とするため、邪魔な聖女を殺さなければ』と、ノールウェンに暮らす市民が言っていたのです。聖女狩りの一件もありましたから、北の大聖堂が危険なのではないかと……私はようやく昨日、ルザリアにやってきました。そうしたら……」

「ルザリアの市民はみな、北の大聖堂に居るのか?」

 ヴァレクの問いかけに、アナスタシアが首を振る。

「いえ、すべてではありません。今この施療院に居る市民は、暴動を起こしている市民を共に止めようとしてくれた方達です。暴動を起こしている市民も怪我をしている方達が多く見受けられたので、どうにか治療したいのですが……大聖堂に居る方達は聞く耳を持ってくれず」

「大聖堂の状況は? アナスタシアは大聖堂に行ってみた?」

「はい。もう人で溢れていて中に入ることもできませんでした。おそらく、聖女補佐や執務官達はまだ中に隠れていると思います。押し寄せた市民はルーシン様を探しているようで、見つけるまでは止まらないかもしれません。……大聖堂も、あんなに壊されて……」

 ルーシンの握りしめた拳が震える。その表情には、どこか怒りを浮かべていた。

「急いだほうが良いな。……俺とクラリスはアストラを優先して探す。北の聖女とレオンハルトは大聖堂の暴動を治めろ。出来るか」

「もちろんです。私を探しているならちょうど良いですね。それに……エリアス司教も居るのなら、十発くらいはぶん殴ってやらないと」

 ルーシンの冷えた言葉に、アナスタシアが体を震わせながら「羨ましい」と呟いていたが、誰も拾う者は居なかった。

 ルーシンがレオンハルトを静かに見上げれば、レオンハルトもひとつ頷く。クラリスも同意なのか何も言わなかった。

「ですが、これから陽が落ちます。動くなら明日から、」

「それじゃあ遅いわ。今行く。暴動は陽が落ちたら鎮まるの? ルザリアの無関係な人たちの恐怖の時間を長引かせてしまうだけよ」

「同感だ。行くぞ」

「え、みなさん待ってください! 私も、」

「あんたはここに居て」

 足早に裏口から出ていく四人を、アナスタシアが必死に追いかける。しかし馬に飛び乗ったルーシンに止められて、思わず足を止めた。

「あんたはここで、無関係の人たちが混乱しないようになだめて、施療院を回してほしい」

「……ですが、私もルーシン様のために何か……」

「私のためって言うなら余計にここに居て。……私が暴動の対処に入ったら、ルザリアという街に目が届かない。これ以上混乱しないように、ここでこの街を守って」

 ヴァレクが馬を走らせた。それにレオンハルトも続く。ルーシンも走り出そうとしたところで、アナスタシアが「分かりました!」と声を張り上げた。

「絶対にこの街を守ります! だからルーシン様は安心して、司教を殴ってきてください!」

 走り出したルーシンは、横目に振り返り、アナスタシアに手を振った。

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