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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
第1章
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第2話

 ――幻晶術師として王宮に知られている人物は、世界でも二名しか居ない。

 あまりに希少な存在であるため二名には常に監視がついているのだが、二名とも自由奔放であるがために、しばしば監視の目を抜けてどこかに消えることがある。

 本当に厄介なことに、以前霊石を作った一名が消えてしまったために、ヴァレクたちはもう一名の幻晶術師のもとへ向かうこととなった。

「さあ行きますよ! すべてはアストラ様のため! この王都の司教様を楽にするのです!」

 クラリスを元に戻すと決まった翌朝。ヴァレクの行動は早く、そして王太子の命ということで、ルーシンの予定は強引に押さえられた。レオンハルトは言わずもがな、クラリスの護衛騎士であるために強制的に同行である。

 一番はりきっているのはクラリスだった。

 クラリスには、アストラがどうしても霊石を必要としている、と伝えている。

「チッ……相変わらずアストラ贔屓がムカつくなぁ……」

 ヴァレクは朝から不機嫌な様子で、軽やかに馬に乗り上げて座るクラリスの背後に飛び乗る。

「? どうしてヴァレク様もこの馬に? これではスピードも出ないので、できればヴァレク様ご自身の馬に乗っていただきたいのですが?」

「そう言うなクラリス。馬が多いほど道中の世話が大変だろ? 一頭減らしたほうが効率が良い」

「いいえヴァレク様。一頭に対する馬の負担から考え得る目的地へのスピード感と、スピードを重視して馬を増やしたときの道中の世話の料金を考えれば、絶対に後者のほうが効率が良いです。目的達成に対する近道は後者であって、」

「分かった分かった、ほらお前たちも行くぞ」

 ヴァレクはクラリスを無視して馬を走らせた。背後ですでに馬に乗っていたルーシンとレオンハルトも続く。

 ルーシンはあまり馬が得意ではないのか、緊張気味である。

「同行してくださり、助かりました。北の大聖堂は大丈夫でしたか」

 レオンハルトが、並走するルーシンに声をかけた。

 ルーシンは緊張しながらも少しして慣れてきたようで、すぐに「大丈夫よ」と口を開く。

「むしろ行けと言われたの。知ってる? 北の大聖堂の司教、エリアス司教はね、クラリスとアストラ司教の盲目的な信者なの……二人が並んで立つといつも泣いてるわ……」

 その目があまりにも死んだように遠い目をしていたから、日頃から困っているのだろうとは容易に見当が付いた。同情の言葉も出ない。レオンハルトは余計なことは言うまいと、「それは大変でしたね」と無難に締め括る。

「ところで、どこに向かっているの?」

 レオンハルトはルーシンを一瞥すると、すぐにヴァレクを見失わないようにと前に目を向ける。

「幻晶術師であるルーク・アーゼル様の元へ向かっています。監視いわく、アーゼル様は西の都、ルフテンにいらっしゃるそうなので」

「監視って……なんだか罪人みたい」

「……目的はまったく逆ですよ。幻晶術師とはそもそもこの世界にごく少数しかおりません。そのためその昔は、命を狙われたり、その存在を悪用されることも多くありました。監視は、そんな輩から幻晶術師を守る意味があります」

 ルーシンはあまり幻晶術師に明るくない。そもそも聖女は幻晶術師との関わりはなく、ルーシン自身、これまでずっと聖女になるために奮闘していたから、外部の情報に疎い部分もある。

 聖女も狙われる立場にあるからこそ余計に、幻晶術師が狙われるということの理由があまりピンときていないようだった。

「幻晶術師の役割を知っていますか」

 渋い表情を浮かべていたルーシンに気付いたレオンハルトが、助け舟を出す。

「……さあ、あまり知らないわね。霊石を使った魔法が禁術であることは知っているけど……聖女になるために必要でない知識は持っていないの」

「幻晶術師とは錬金術師と似て非なるものと言われています。錬金術師が物質を錬成するのに長けているのに対し、幻晶術師は霊石の生成しかできません。ただし幻晶術師はその霊石に、不可思議と不可能を込めることができます」

 ルーシンは首を傾げる。

「……つまり、物質ではどうにもならないもの、ってこと?」

「まあ、おおよそはそういうことです。たとえばヴァレク様は以前霊石を利用してクラリス様の性格の一部を封じました。そのようなことが出来るのは、幻晶術師が生成する霊石意外にはありえません」

「なるほどね。なんとなく分かった」

 そう言うものの、ルーシンは興味もなさそうだ。

「それで、その希少価値の高い守られた幻晶術師様に、今のクラリスを戻すための霊石を生成してもらおうってことね」

「そうです。……しかしまさか、今のクラリス様のあの性格が前の生の性質から引っ張られたものだったとは盲点でした。それに……」

 レオンハルトは言葉を切ると、ルーシンを一瞥して前を向く。

「聖女が、反転魔法などという禁忌を犯せるとは驚きでしたね。通常、聖女のみならず、みな正転魔法しか使えないはずですが」

 ルーシンは何も言わなかった。眉を寄せ、睨むように強く前を見ている。そんなルーシンを確認したレオンハルトは、少しばかり答えを待ったが、答えがないことを受け入れたように「まあ」と口を開いた。

「気にはしていません。私は……あなたのような人が居て、安心しました」

 それは、まるで独白だった。

 聞こえるか聞こえないかという音だったが、ルーシンには微かに届く。

 しかしルーシンが聞き返すこともない。それからは特に会話もなく、四人が西の都に向かう途中の街の近くに着いたのは、それから二時間後のことだった。

 ようやく街が見えてきた。馬に乗り続けていると疲れるために、四人はそこから馬を引いて歩く。

 休憩を挟みながらとはいえ、なかなか大変な道中である。ルーシンなど馬から降りてふらふらとしているのに、ほかの三人は元気なものだ。特にクラリスが元気なことが、ルーシンにとっては一番腑に落ちない。

「あらルーちゃん、大丈夫ですか? エナジードリンクをぶち込まなかったんですねぇ」

「……な、なによエナジードリンクって……知らないわよそんなの……」

「レッドブルっていうんですけど、この世界では……そうですね、私が特別に調合したこれは、特に効果がレッドブルの五倍! これを飲むと夜も眠れません!」

 クラリスが持っていた謎の袋。そこにはパンパンに小瓶が詰め込まれており、そして中の液体はあまりにも色が悪い。こんなものを持っていたのかと、社畜の常備品のようなそれを取り上げようとしたヴァレクだったが、察したクラリスにひょいと避けられてしまった。

「ヴァレク様もいります?」

「いらん。それを没収させろ」

「嫌です。これがなければ気張れません」

「気張る必要なんかねえだろうが!」

「あなたは……ヴァレク・ルーデンハルト王太子殿下ではございませんか……?」

 街に入るというところで、四人はふと、そちらに目を向ける。

 マントを被った初老の男が、泣きそうな顔をして立っていた。

 男の背後には街が広がっているが、人気はない。この男たった一人がこの街で生活をしているかのような静けさだ。

「ああ、ああ! やはり! もしや嘆願書を見て来てくださったのですか! アステル大聖堂の聖女様もいらっしゃる……ああ、救いをくださったのですね!」

 涙を流しながら、四人に近づいてきた男が、崩れるように膝をついた。

 その動きでマントがずれた。手元まですっぽりおさまっていた手先が現れ、涙に濡れる顔に置かれているが、その手は人骨標本のように肉がなく、骨が剥き出しである。

「ヒッ……!」

 ルーシンは衝撃のあまり、真っ青な顔でレオンハルトの背後に隠れた。

「……どうしたのですか、その手……」

「……た、嘆願書を見て来てくださったのでは……」

 男の目は、気遣うように声をかけたクラリスに向けられた。

 流れから察するに、骨になっている現象を嘆願書に載せたのだろう。こんな病は聞いたこともなく、不可思議な事象の度合いによっては、王都ではない街からの嘆願書も王都の大聖堂に届くことになっている。そしてそれを執務官が仕分けて、アストラやクラリスが見るのだが――。

「嘆願書の申請者のお名前は?」

「私です。私はこのエルネスト・グラディス伯爵領の代官で、ゼドリク・ディモンと申します」

 クラリスは何かを考えるように腕を組む。ディモンは縋るように見ていたが、ほかの三人は嫌な予感を覚えたのか、目を細めてクラリスを注視していた。

「事態を理解しました。ディモン代官、結論ですが、あなたの嘆願書は名前順にすると後ろのほうになってしまったので、私たちは嘆願書を見ていません」

「クラリス……まさか、昨日の……」

「そのまさかです。私としたことが、嘆願書を名前順にしてしまったばかりにこのようなことに……そうだ。書類に緊急度欄を設けましょう。一定の基準を設定して記入してもらえば、嘆願書の緊急度を不正に上げることもなくなります。そして不正を行った場合、罰金刑にします」

「ちょっと、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ……!」

 クラリスの背後から、ルーシンが小声で伝える。

「ああ、すみませんディモン代官。私は嘆願書で来たわけではありませんが、大丈夫です。このような事象、彼女がなんとかいたします」

「なんで私なのよ!」

 クラリスがにこやかに指したのは、レオンハルトに隠れたルーシンだった。

「……そちらの方は……?」

「こちらは、北のルザリア大聖堂の聖女、ルーシン・フィリスです」

「なんと、聖女様でございましたか! 失礼いたしました……!」

「あ、いや、えっと……」

「さあディモン代官、何が起きたのか、教えていただいても良いですか?」

 クラリスの飄々とした様子に戸惑いながらも、ディモンは四人を自身の屋敷へと案内した。

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