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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
第3章

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第4話

 パラパラと、ルークの周囲の壁が崩れた。壁に追いやられたルークの頭の近くには、それぞれの武器が刺さっている。たった一つ、ヴァレクの剣の切先だけが、ルークの首に傷をつけていた。

 首に赤の一線。ゆっくりと血が滲んだそこから、一瞬遅れて血が溢れる。

 その様子を、攻撃した三人が固唾を飲んで見守っていた。

 瞬間、ゴッ! と、室内に突風が起きた。家具が揺れ、シーツが舞う。ガタガタと破れんばかりに窓が騒ぎ、風の凄まじさを伝えていた。

 その場にいた全員が、突風に飛ばされないようにと体勢を低くして踏ん張っている。ルークだけはいまだに何が起きたのかを理解していない様子で、ただ呆気にとられていた。

「ぁあ、なんですの、これは……」

 風が止む。すると突風の中心から、ミレナ・ルクレティアが現れた。

「ミ、ミレナ、さん……?」

「あら、どういう状況かしらぁ?」

 ミレナを取り囲むように構える三人。ぐるりと見回して焦ったようなミレナだったが、ヴァレクの奥にクラリスを見つけてパッと頬を染める。

「クラリス様じゃありませんか! クラリス様が呼んでくださったのですか?」

「動くな」

 ミレナがクラリスの元に向かおうとした矢先、ヴァレクの剣の切先が、ミレナの踏み出す先に置かれた。

 その瞬間、つま先から、まるで石にでもされるかのようにミレナの体が動かなくなっていく。

 足先から腿へ、そして腹、胸、頭へと徐々に侵食し、ほんの一分後には、指一本すら動かすことができない。

 詠唱はない。仕草もない。瞬時にかけられたその魔法に、ミレナの背には嫌な汗が伝う。

「……殿下、さすがですわぁ。その魔力、本当に恐ろしい」

 前回出会したときには捕える動きはなかったはずだ。ミレナはうすら笑いを浮かべながらも、内心では次の動きをどうすべきかと焦っていた。

「なぜクラリスを連れて行く」

「……神を正しい場所に置く必要があるからですわ。分かりませんの? お前たちのようなゴミが、共に過ごして良い御方ではありませんのよ」

「正しい場所とは?」

 ミレナの挑発を黙殺し、ヴァレクは鋭い目でミレナを射抜く。

「……この世界のトップですわ。今はジジィが居座っているあの座を、神にするのです。すべてのものを掌握し、世界を一つにする」

 おどろおどろしい様子で告げたミレナは、その目だけをクラリスに向けた。途端に表情が緩み、頬が染まる。

「クラリス様ぁ。わたくしたちはあなた様の価値を知っておりますわ。わたくしたちの元でこそ、クラリス様は真のお力を発揮できるのです」

「気色の悪い妄想ね。司教が手を貸している意味が分からないわ」

「っ、るせェのよ偽物ッ! お前はお呼びじゃねェんだから口を挟むな!」

 ミレナが鬼のような形相でルーシンに声を張り上げたと同時、その口から、突如血が溢れた。

 ゴボ、と、逆流する血液がミレナの服を染める。

 苦しそうな様子はない。ミレナはむしろ、不思議そうだった。

「……拒否反応が進んでるな。おい北の聖女、準備しろ」

「なん、ですの……? おかしいですわ、あの御方(・・・・)は、わたくしにこのようなこと……」

「君、誰だ」

 ミレナの精神世界に入るために、ヴァレクの干渉魔法を使う。そう決めていたから、ルーシンはヴァレクの魔法の影響を受けるよう、ヴァレクの背に手を添えたのだが、視界の片隅にゆらりと黒が揺れて、咄嗟に聖槍を構えた。

 しかしすぐに構えを解く。ルークが立ち上がっただけのようだ。

「まぁ、なんですのこの男……みすぼらしい」

「君は誰だよ」

 口の端から血を流すミレナの頬を、突然ルークが片手でつかんだ。指は細いはずなのに、なぜか動いてはいけないと思わされる。

 ミレナは瞠目し、ルークを注視していた。

「ミレナさんはそんなことを言わない。よくもミレナさんの口で汚い言葉を使ったな」

「ルーク・アーゼル。落ち着け、」

「ヒッ! さ、触らないで!」

 ヴァレクはルークを落ち着けようと肩に手を置いたのだが、瞬時に怯えたルークが反射的に空いている手でヴァレクの手を払った。

「……そこは怖がるんだ……」

 本当に、何をされたらそんなにも怯えるようになるのか。ルーシンは目を細めてヴァレクを見上げるが、ヴァレクはすっと目を逸らす。

「お前のような貧弱な男に何ができるというの? 見たところ、魔力が無いようですわねぇ」

「だから霊石を使ってるんだろ。……僕、君のこと嫌いだ」

 ルークがミレナを睨み付けると同時、ミレナのネックレスが、何かに共鳴するように突然服の中で光り始める。

「な! なんですのこれは!」

「ミレナさんのネックレスを、僕が作った霊石とすり替えておいたんだ。この霊石は一つのものを二つに割っている。もう片方は、僕の指輪にした」

 ミレナの頬を掴んでいる手の中指に、ミレナのネックレスの対となる霊石が嵌められている。

 そしてその指輪が、ミレナの頬に触れていた。

「一つに戻ろうとする霊石は、持ち主のことをすべて僕に流してくれる。君のことも」

「やめろ! お前なんかに……!」

「僕は君が許せないんだ。ミレナさんの口で、表情で、ミレナさんを冒涜した」

「やめろ!」

 ルークは目を閉じていた。ミレナは何かを堪えているのか、抗うように唸っている。霊石が何かしら作用しているのかもしれない。

 ヴァレクもルーシンもレオンハルトも、そして一歩下がって見ていたクラリスも、誰もが行く末を見守っていた。口を挟めなかったというのが正しいのかもしれない。想定外にルークが怒り、霊石という特別な力で相手を追い詰める展開に、誰もが何も言えなかった。 

 やがて、霊石の光が鎮まる。光が弱くなるとミレナもようやく解放されたのか、動けないまま呼吸を荒げていた。

「……サズィラ」

 ポツリと、ルークが言葉を落とす。

 クラリスとヴァレクはその名に反応したが、次にはミレナの言葉を待つ。ミレナは驚愕の表情でルークを見ていた。

「なんですの、お前……あの御方の情報は、分からないようになっているはず……!」

「そう、こいつが元凶だ。サズィラ。発音しにくいな。悪いヤツか」

「あの御方の名を気安く呼ぶな! お前、許しませんわ! 殺してやる!」

 ミレナの鬼気迫る表情に、ふっと影が落ちる。

 ルークが掴む頬より上、ちょうどミレナの目を覆い隠すように、ヴァレクの手が置かれた。

「落ちろ」

 その一言で、ミレナの体からがくりと力が抜ける。

 咄嗟にルークがミレナを支えるが、ルークの体格では支えきれず、ミレナと共に座り込んだ。

「ミ、ミレナさん! 大丈夫!? で、殿下は人でなしだ! ミレナさんに、ミレナさんに……!」

「うるせぇから意識飛ばしただけだ。目的は聞けたしな」

 ヴァレクがちらりとクラリスを見ると、何かを考えていた様子のクラリスがにこりと笑みを浮かべる。

「ふふ、私を世界のてっぺんにしたいのですね。そんなことをしてどうするのでしょうねぇ」

「信仰ってのはいつの時代も分からねぇもんだろ」

「というかこの人、さっきさらっと『ミレナさんのネックレスをすり替えた』とか『自分の霊石と対になってる』とか『霊石が持ち主のことを教えてくれる』とか、結構気持ちの悪いこと言ってなかった?」

 あまりにさらりと語られたものだから、危うく聞き逃すところだった。

 ルーシンは信じられないとでも言いたげな目でルークを見下ろしていたのだが、ルークは意識のないミレナを大切そうに抱きしめて、ギロリとルーシンを睨みつける。

「な、何が悪いんだよ!? ミレナさんは、ぼ、僕が守らないと、こんなに綺麗で、こんなに、こんなに優しい人、守ってあげないと、悪いヤツに攫われちゃうだろ!?」

「こわっ。ストーカーの心理かしらこれ」

「……レオンハルト、クラリスを任せたぞ」

 ヴァレクがくるりと振り返る。

 クラリスを守るように立っていたレオンハルトは、ヴァレクに突然話を振られ、こくりと強く頷いた。

 レオンハルトはクラリスを制御することができない。しかし今回こそは絶対にクラリスを大人しくさせてみせると、強く決意した。

「北の聖女、こいつの中に入る。構えろ」

「はい」

「ま、待って! 中って、ま、まさか、ミレナさんの中に? ど、どうやって……」

「干渉魔法を使う。そうしなけりゃ、ミレナ・ルクレティアの人格を取り戻せねぇからな」

 しゃがみ込んだかと思えば、ヴァレクはミレナに触れようと手を伸ばす。しかしその手を、ルークが乱暴に払った。

「ダ、ダメだ。さっき、さっき使ったのも干渉魔法だろ……!? 干渉魔法はダメだ。う、受けた側の負担があまりに大きい。失敗すれば、後遺症だっての、残るんだぞ……!」

「俺が失敗なんかするかよ」

「とにかくダメだ! ぼ、僕の霊石で入ればいい、から、干渉魔法は、ダメだ」

 ルークはどうしても嫌だと、ヴァレクから守るようにミレナを抱きしめる。泣きそうな顔をしているが、いつものようにヴァレクから逃げることはなく、むしろ挑むように見ていた。

「はぁ……分かった。霊石を出せ。俺と、北の聖女も連れて行く」

 ヴァレクの背後でルーシンが一歩踏み出すと、ルークは大袈裟に肩を震わせたが、すぐにヴァレクに視線を戻す。

「……ぼ、僕も行く……僕も、ミレナさんを、助けたい」

 そう言って、ミレナの首元からネックレスを引っ張り出す。ネックレスには、水色の霊石がぶら下がっていた。

「こ、ごめんね、ミレナさん……あの、これ、つ、使うね」

 ミレナにだけ聞こえる小さな声。それにはヴァレクは何も言わず、横目にルーシンに合図を出す。

 ルーシンはすぐに霊石の近くに、ヴァレク同様にしゃがみ込んだ。

「て、手を貸して。あと、目も、閉じて」

 ルーシンとヴァレクが、二つの霊石を持つルークの手に、自身の手を重ねる。

 三人は静かに目を閉じた。

 霊石が光る。あまりに眩い光の発生に、三人を見守っていたレオンハルトは、反射的にクラリスを背に隠した。

 光が落ち着いたのは三十秒程度が経った頃だった。

 落ち着いたかとレオンハルトが薄目を開ければ、そこには相変わらず三人が、最後に見た体勢のままでしゃがみ込んでいる。

「……これは……」

「皆さん、無事ミレナ様の中に入ったようですね」

 レオンハルトの背からひょこりと体を出して、クラリスは満足そうに微笑んだ。

「ふふ、霊石って面白いですよね。様々な飛ばし方ができるんです。今回は精神だけを送ったので、体は残っているようですが」

 クラリスがヴァレクをつんつんとつついてみても、ヴァレクは何の反応も示さない。

「……なる、ほど……信じられません……本当に精神世界に入れるのですね。正直、半信半疑でした……」

「本当に入れますよ。ただし、注意点はいくつかありますが」

「……注意点?」

 そのようなことを、作戦会議のときに言っていただろうかと。レオンハルトが不思議そうにクラリスを見下ろすと、気付いたクラリスもレオンハルトを見上げた。

「はい。精神世界を傷つけることは許されません。とても繊細なところなんです。もしも傷つけてしまった場合、その世界の持ち主は発狂すると言われています」

「…………それ、殿下には……」

「伝えたと思うのですが」

 のほほんと笑うクラリスに、レオンハルトは頭を抱えた。

 そんなレオンハルトを尻目に、クラリスは突然手を合わせたかと思えば、その部屋に結界を張る。

「さて、レオンハルト。私たちも行きましょうか」

 結界を張ってすぐ、クラリスが良い笑顔で語りかけた。

 嫌な予感がした。それは、ノールウェンに居たときと同じ感覚だった。

 そしてレオンハルトのそんな予感を打ち消すように、クラリスがキラキラと目を輝かせた。

「私たちは今のうちに、氷狼祭を楽しむのです!」


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