第3話
シャラリと、ピアスの装飾が揺れた。ルークがつけるにはなかなか派手なデザインだ。耳たぶとくっついている部分には大きめの黒曜石があり、そこから長くカラフルな金属のスティックパーツが複数垂れ下がっている。ルークが動くたびに音を立てるが、ルークはどうやら気にならないらしい。
そんなピアスすら震わせながら、宿に連れられて目覚めたルークは、四人に囲まれてすっかり萎縮していた。
「……ぼ、僕に何の用だ……僕は、ミ、ミレナさんと約束がっ……ミレナさんが来ちゃうだろ……!」
「まあまあ、落ち着けルーク・アーゼル」
ヴァレクがルークの肩にポンと触れると、ルークは「ぎゃ!」と奇声を発し、大袈裟に椅子から転げ落ちた。
「こ、殺す気か!? ば、僕が霊石生成を断ったから、殺すんだろ! こ、こ、今度こそやるのか!? 簡単にはさせないぞ、ぼ、僕は霊石を山ほど持ってるからな……! なんでも出来るんだぞ……!」
「殿下、最初に霊石を生成するとき、この人に断られたんですか?」
ルーシンの純粋な質問に、ヴァレクは呆れたように肩をすくめる。
「断られた。どうもこいつは、俺のことが嫌いらしくてな。そもそも俺の前に出てこようともしない」
「確かに……ルーク様とヴァレク様が一緒に居るところなんて、初めて見た気がします」
「では本題だ、ルーク・アーゼル。ミレナ・ルクレティアとの約束について詳しく話せ」
ヴァレクはルークの気を落ち着けたいのか、珍しくも優しげににこりと笑う。しかしルークは顔を歪めた。まさに、目が合ってはいけない妖怪と目が合ってしまった人間の反応である。
「……僕に、黙秘権は……」
「ねぇよ。分かってんだろ」
やはり良い笑顔だ。しかしルークには分かる。これは笑顔ではない。そして同時に、この笑顔もどきがルークを安心させるためのものではなく、逆に圧をかけるためのものであることにも、なんとなく気付いていた。
「……ミ、ミレナさんは……その……セレヴァンの出身だから……こ、この土地の、その、祭りを、一緒に見てほしいって、言ってくれて……」
ポッと、色のなかったルークの頬が赤く染まる。
「ぼ、僕なんかを、誘ってくれて……ほら、ミレナさんって、優しくて、綺麗で、えっと、す、素敵な人だから……地元のお祭りが、綺麗だからって、言って、その、僕にも共有、したいって言ってくれてさ」
「へぇ、好きなんだ」
ズバ! と聞いたのは、まったく事情を知らないルーシンだった。クラリスとヴァレクが驚愕の表情を浮かべる。それを見て、もしかして地雷を踏んだのかと、ルーシンは思わず自身の口を押さえた。
「…………好き……まあね……僕は好きだよね、そりゃね……あんな綺麗で、優しくて、明るい人に構ってもらえたら、そりゃ好きになるよね……知ってるよ、僕の独りよがりだって……なんだよ、片想いは滑稽なのかよ……どうせ馬鹿にしてるんだろ、僕みたいな奴が恋に浮かれて、言えよ、馬鹿にしろよ、いいよ、ぼ、僕だって泣くんだからな……」
「ルーちゃん、禁句です。長くなるので」
ぶつぶつ、ぶつぶつと、言葉はまだまだ続いている。
心底面倒くさい。ルーシンはようやく自身の過ちに気付き、クラリスたちに仕草で謝罪を示す。
「で? お前の片想いなんざどうでもいいが……要は、ミレナ・ルクレティアと会う約束があったんだな?」
「どうでもいい……!? 人でなしだ、心がないんだ、やっぱり殿下はおかしい、怖い……や、約束は、今言った通りだ。僕と、ミレナさんが、デ、デートをするんだよ……この、この氷狼祭で、や、約束したんだ」
「なるほど……?」
何かを考えるようにヴァレクが腕を組む。今度はニヤニヤとしていたクラリスが一歩、転げたまま床に座り込んでいるルークに近づいた。
「ルーク様、そのピアス似合いますねぇ。もしかして、ミレナ様からの贈り物でしょうか?」
びくりと震えたルークは、クラリスが近づいた分だけ後ずさる。
「べ、別に……だったら何……こ、これだけはあげないからな! これは、ミ、ミレナさんがくれた大切な、ピアスで……ぼ、僕なんかには派手だけど、きっと似合うからって、手作りで……へへ……」
「ヴァレク様、使えますね」
「だな。落下跡が綺麗だったのもこれのせいか」
「え、なに、クラリス、どういうこと?」
ルーシンには状況がつかめず、疑問がそのまま口から出ていた。ちなみにレオンハルトも分かっていないようだが、あくまでもクラリスとヴァレクを守ることに徹しているのか、結論以外の内容はあまり興味がないらしい。
「簡単なことですよ。このピアス、霊石で作られているんです。そしてこの霊石は、ルーク様を守っています。いわゆる防護魔法のようなイメージですね」
「そ、そうだったの!? ミレナさんは優しいから、ぼ、僕みたいな奴のことも、守ってくれて……綺麗で優しくて、頼りがいもある素敵な人だな……」
「そしておそらく、この魔法が発動すればミレナ様に伝わるのでしょう。先ほどの落下時にもルーク様を守ったようですが、ミレナ様が来ていない状況を考えると、一定以上の衝撃か、あるいはルーク様の過剰な恐怖心が必要なのかもしれません」
途中までは理解していたルーシンだったが、やはり頭にハテナが浮かぶ。
「……どうしてその、ミレナ・ルクレティアが現れると思ったの……?」
「? 防護魔法や追跡魔法という部類のものはおおよそ、その魔法をかけた者の危機にすぐに転移できるよう組み込まれています。基本的には大切な相手に施す魔法であり、対象が人である場合はそのようにすることが一般的ですね。なのでどうしてと言われると難しいのですが……」
クラリスの言葉に、ルークもぽかんと口を開けていた。その顔はまるで「初めて知った」とでも言わんばかりである。
ストーカーのような魔法だなと、ルーシンでさえそう思ったのだから、適用されている本人などもっと思ったに違いない。
ルークは戸惑ったように目を泳がせ、ぎゅっと拳を握りしめていた。
「……え、そう、なの……? そんな……」
どう声をかければ良いものか。ルーシンは少しばかり考えてみたが、何も思い浮かばない。
ひとまず元気づけようと、ルークの目線に合わせてしゃがみ込んだのだが、
「ぼ、僕に何かあったら……ミレナさんが……き、来てくれるってこと……?」
ニヤァ、と。ルークがあまりにも気色の悪い笑みを浮かべたものだから、ルーシンの顔から一気に表情が失せた。
「へ、へへ、そっか……へへ、そうだったんだ……じ、じゃあ最悪、あ、会いたかったら僕が危険なことをすればいいんだぁ……へへ……」
「ルーちゃん、この人はこういう人なんです」
「心配して損したわ」
ルーシンはスンと立ち上がり、手を合わせる。
「だけど分かった、あんたが考えてること」
「ふふ、さすがルーちゃんです」
ルーシンが顕現魔法から聖槍を出すと、気付いたルークの顔が青ざめていく。さらにヴァレクも剣を抜いた。そしてレオンハルトも、先ほど持っていた巨大な銃を携える。
「なっ……なんだ、なんだよ! ぼ、僕を殺すのか!? やっぱりそれが目的なんだ! 僕をこ、殺すなんてできない! 僕に何かあると、ミレナさんが来るんだぞ!」
「そりゃあ都合がいい。俺たちはミレナ・ルクレティアを探してたんだよ」
「…………へ?」
今度こそ、ルークの表情が固まった。
「今、ミレナ・ルクレティアが人格を乗っ取られていてな。ちょうどそいつと話がしたいと思っていたんだ」
「そうそう。探す手間が省けて助かるわね」
「クラリス様、確か人格を乗っ取られている場合には、精神世界に入る必要があるんですよね?」
レオンハルトの確認に、クラリスはこくりと頷いた。
「人格を引き剥がすには、精神世界でもう一つの人格を殺すしかありません。まさに殺るか殺られるか。人格の乗っ取りはハイリスクハイリターンなんです」
武器を持った三人に囲まれて、ルークはとうとつ壁に追いやられた。追い詰められて震える姿は、さながら小動物である。
「お前がどこまで恐怖すれば、その霊石が発動すんのか見ものだなぁ」
「大丈夫よ、クラリスは修復も上手いの。ちょっと痛いだけだから」
「私は制御が苦手ですので、うっかり息の根が止まったらすみません」
「まっ、待って! 僕が、僕が死んだら国が困るよ! 僕は保護対象なんだ! れ、霊石の生成なんて、みんなができることじゃないんだぞ!」
「それではみなさん、やっちゃってください」
ぱちんと、クラリスが軽快に手を叩く。
その音を皮切りに、三人の悪魔がルークを襲った。




