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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
第3章

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第2話

 ヴァレクが十六の頃。クラリスは働き者で、それこそ国の司法にも関わっていた。

 王宮内でもクラリスは有名だった。王都の聖女は国を支えることすらしてくれていると、王宮の人間はみなクラリスの活躍に感謝をしていたし、協力的でもあった。もちろんヴァレクの父である国王もその中の一人だ。国王は王宮で忙しなく働くクラリスに感謝をしていたし、認めてもいた。

 しかしある日、ヴァレクが国王の元を訪れたときに偶然聞いてしまったのだ。

『クラリス・セントクレアは優秀だ。この国に必要な人物で、もちろん失いたくはない。だが、あのことを知られてしまった以上、生かしておくわけにもいくまい』

 それは間違いなく、普段は優しく穏やかである、国王の声だった。

『これは王家の秘密だ。彼女は知りすぎてしまった。本当に、残念だよ』


「俺はあいつが何を知ったかは知らねぇ。だが王宮の隅々にまで入れていたあいつだからこそ、何かの拍子に知っちまったんだろ。だから俺はあいつの記憶を一部封じた。ついでに、二度と変なもんをうっかりにでも見つけねえように、働き者の性質も消す必要があった」

 ルステリア王国の国王、アルトリウス・ルーデンハルトは、いつも穏やかで優しく、誰に聞いても怒っているところなど見たことがないというほどの人格者である。ルーシンは少なくともそう思っていたし、式典で見たときの様子も噂に相違なく、地方まで気遣う政策を考える姿勢には尊敬の念すら抱いていた。

 そんな国王だからこそ、誰か一人に対して「殺す」という決断を下したことが信じられなかった。

「……王家の秘密、ですか……」

「俺も知らねぇが、どうやらそういうのがあるらしい。……あのあと、クラリスがぽやぽやした状態になったのを確認して、父はクラリスを排除しようとしなくなった。記憶がないと分かったからだろうな」

「……アストラ司教は、霊石に封じた本当の理由を知っているんですか」

「知ってる。でもなけりゃ、霊石を使って王都の聖女の性質を封じるとか、王都の司教が許すわけねぇだろ」

 信じがたい話に、ルーシンの脳の処理が追いつかない。しかし思い出してみれば確かに、王宮でアストラが霊石を触っているときにはヴァレクは何も言わなかったが、ノールウェンでルーシンが霊石に触れようとしたときには、ヴァレクは触らないようにと止めた。アストラがヴァレクと霊石の契約内容を知っていたのであれば納得である。

「んで、そのままで良かったものを、お前がまたぶり返したわけだ」

「うぐ……すみません……」

「まあ、あいつが元からあんな性格なのは前世っつーのに引っ張られてたからってのは分かったが……クラリスのあの状態が父にバレれば、記憶が戻ったと思われて殺されることになるかもしれねぇからな。急ぐ必要はある」

「だから即日王宮を出たんですね。……ちなみに、陛下は殿下が王都を出られることを何も言わなかったんですか?」

「視察だっつったら熱心だなで終わった。これまでこまめに視察に行ってたのが功を奏したな。クラリスを連れて行くことは言ってねぇが」

「え! バレないんですか!」

「だから時間の問題なんだよ」

 煩しそうにルーシンを睨み、ヴァレクは再びクラリスの背を見る。

 クラリスは、レオンハルトと二人で呑気に雪で遊んでいた。二人とも雪に触れ、埋もれ、投げて、本当に子どものようである。もしかしたらあの光景は、ヴァレクが霊石でクラリスの記憶を封じなければ、見られないものだったかもしれない。そんなことを思って、ヴァレクはふと目を細めた。

「この件は根が深い。お前が目覚めさせた前世の記憶とやらを封じたとしても、俺が霊石の契約を終わらせることはねぇだろうな」

 誰に聞かせるようでもない独り言のようなそれに、ルーシンは何も言えなくなってしまった。

 ヴァレクの横顔がどこか悲しそうに見えたからかもしれない。なんとなく、それ以上は踏み込むことが出来なかった。

「……動きが変わったな。構えろ」

 ヴァレクが、腰に携えた剣に手を置く。同時に、ルーシンはクラリスとレオンハルトに目を向けた。

 レオンハルトの手元が光る。黒い光だ。反転の顕現魔法を使ったのか、その手に巨大な銃が現れた。見たこともないデザインである。重たそうなそれを軽々と構えたレオンハルトは、クラリスが指した空へと銃口を向けた。

「何かを狙っているのか……?」

 ヴァレクとルーシンはクラリスが指す方向に目をやるが、そこには何もない。雪は止み、晴れ間が広がっていた。

 しかしクラリスはレオンハルトに寄り添い、空を指したままで何やら指示を出しているようだ。狙う場所を細やかに指定しているのだろうか。

 やがてレオンハルトが照準を定めると、黒い雷を纏った弾丸が空に向けて放たれた。

「な、何あれ……!」

「レオンハルトの魔力だ。反転の雷属性。特別力が強ぇから、いまだに制御できないんだと」

 ルーシンが知る中でも、それはあまりに強い魔力の弾丸だった。

 黒雷の残像が空に上る。弾丸は空を裂いて突き進み、随分離れた空中で突如爆発した。

 同時に眩い光が発生し、ヴァレクとルーシンは咄嗟に自身の目を腕で庇う。

 爆風に飛ばされないようにと堪えながら、落ち着いた頃にようやくうっすらと目を開けた。

「は、初めて見た、あんなの……え、レオンハルトって……」

「護衛騎士にはもってこいだろ。ちなみにあいつは、銃以外に剣も扱える」

 それでもレオンハルトは、あんな魔力を持っていながらも、クラリスを制御できないという。

 レオンハルトよりも魔力が強いクラリスに対し、そしてそのクラリスよりも魔力が強いヴァレクに対して、ルーシンは心の片隅で微かに畏怖の念を抱いた。

「行くぞ」

「え、あ、はい……!」

 駆け出したヴァレクに、ルーシンは必死について行く。

「あらあら、誰が転移しているのかと思えば……」

「クラリス様、動物ではなく人を狙っていたんですか?」

「ふふ、だって怪しかったので」

 クラリスとレオンハルトが、大きく空いた穴を覗き込んでいた。

 二人の前に、直径一.五メートルほどの穴があった。深さも同じほどだろうか。雪は綺麗に丸く穴が空き、何かが落下したことを知らせている。

 雪に足を取られながらも、ヴァレクとルーシンがようやく追いついた。

「おい、何遊んでんだ」

「あらヴァレク様。見てくださいな。意外な人が落ちてきたんです」

「落ちてきたっていうか、あんたたち、撃ち落としてたでしょ……」

 ヴァレクとルーシンは呆れながらも、その穴を覗き込む。

「……う、いたい、なんだよいきなり……ぼ、僕が何をしたっていうんだ……」

 か細い声が穴の底から聞こえた。

 一.五メートル先。山の麓であるために、雪もかなり積もっていたらしい。結構な高さから落ちたのか、その人物は地面まで到達したようだ。

 最初に見えたのは、真っ黒な髪の頭頂部だった。そして驚くほど白い肌と、華奢な肩。真っ黒な中に映える、派手なピアス。女のようにも見えたが、ヴァレクは真上からでも瞬時に理解した。

「……何をやってる、ルーク・アーゼル」

 ヴァレクの声に、その男は穴の底で大きく肩を震わせた。

 まるでブリキの人形のようにぎこちない動きで、男は声のするほうへと顔を上げる。

 ピアスがシャラリと揺れた。それは男の震えに応じて小刻みに揺れ、カチカチとぶつかり合う。

 怯え切った様子で振り向いたのは、真っ黒な髪にビー玉のような透き通る水色の瞳をした、気弱そうな青年だった。

「ルーク・アーゼル……!? え、探していた幻晶術師じゃないですか!」

 ルーシンの声に、ルークは「ヒッ!」とまるでお化けを見たかのような声を上げる。

「怖い……声の大きい人だ……な、なんか気も強そうだし……どうせすぐ怒鳴るんだろ、罵るんだ! 僕はただ静かに暮らしたいだけなのに……!」

「ルーク様、撃ち落として申し訳ございませんでした。ヴァレク様が引き上げますので、手を伸ばしてくださいますか?」

「い、いやだ! 僕は殿下が怖い! せ、せめて君! そこの大きな君がいい!」

 クラリスの柔らかな問いかけは、真っ青な顔をしたルークには通用しなかった。ルークはすぐにヴァレクを拒否すると、ヴァレクの隣で覗き込んでいたレオンハルトを指名する。本来であれば不敬ものだが、幻晶術師ともなれば無碍に扱うこともできない。なにせ彼らは希少であり、地位こそ与えられていないが、その存在自体に価値がある。

 指名されたレオンハルトは、ルークに向けて手を伸ばした。ルークも素直にそれを掴み、ようやく穴から這いずり出る。

「散々だ……僕はただ移動していただけなのに……僕を拷問にかける気なんだ。そうなんだろ、僕が幻晶術師だから、僕を殺すんだろ……!」

「すみません。空を見ていたら転移魔法が展開されていたので、誰が移動しているのかと気になって撃ち落としてしまいました」

「お、王都の聖女……これだから、これだから嫌なんだ、乱暴な人間たちめ……僕は人が嫌いだ、特にこういう乱暴な奴らが嫌いなんだ、だから出てきたくないのに……」

 ぶつぶつ、ぶつぶつ、聞こえるか聞こえないかの声で呟くルーク。クラリスやヴァレクは慣れたように見守っているが、初対面であるルーシンは堂々と顔を歪めた。ちなみにレオンハルトも初対面ではあるが、彼は特に何も思っていなさそうだ。

「ちょっとクラリス、この根暗なに。本当に幻晶術師なの?」

「ねっ、根暗……普通そんな、そんなにはっきり言わない……この人、気が遣えない人だ、怖い……殿下と同じ部類だ……僕を殴るんだ……絶対殴る……」

「ふふ、ルーちゃんは初対面ですもんね。驚きますよね。こちらは正真正銘、国に登録されている幻晶術師のルーク・アーゼル様ですよ。ルーク様はミレナ様とはまた違う種類の霊石の生成をされます。それこそ陰湿なものとか、誰が欲しがるんだと思えるような変なものとか」

 どう見ても希少価値があるようには見えない。そんなことを考えているルーシンに怯えたのか、ルークは震えながらも、やや上目遣いにルーシンの様子を伺っていた。

「陰湿……陰湿? 僕は陰湿じゃないぞ、み、見ろこれ、この間生成してやった。これは嘘がつけなくなる霊石。陰湿じゃない」

 ルークがローブから得意げに、紐につながった石を取り出した。黒の中に微かに赤が差す石だ。紐は首から吊り下げられそうな長さである。

「……へえ、すごいけど……それって、契約が必要なんでしょ? 嘘がつけなくなることの代償に捧げる何かなんて、かなり大変なものなんじゃないの?」

「あ、あんた素人だろ。ぼ、僕は最近、契約内容と代償が比例しない生成の仕方を見つけた。絶妙なさじ加減だったんだよ、し、知りたい? 知りたい?」

「別に知りたくない。霊石オタクなのあんた、よく喋るわね」

「僕、僕いっぱい霊石あるよ。こ、こっちはすごく高くまで跳ねられるやつで、これは髪の毛の色が変わるだけのやつ、こっちは特別で、トランポリンの中に入ったみたいになるやつ、あとは、」

「変なもんばっか作ってんじゃないわよ!」

「殿下、目的達成です。一旦こちらの事情を済ませますか?」

 ルークとルーシンのやり取りを見守っていたレオンハルトが、小さくヴァレクに問いかける。

「いや……おい、ルーク・アーゼル。お前はなぜここに居る。転移魔法でどこに行くつもりだったんだ」

 それは何気ない質問だったのだが、余程ヴァレクが怖いのか、ルークは大きく身を震わせてレオンハルトの後ろに隠れた。そもそもルークを撃ち落としたのはレオンハルトなのだが、その辺りは関係ないらしい。霊石について語っていたときの楽しそうな様子も失せ、今は怯えた様子でヴァレクを見ている。

「ぼ、僕は、約束したんだ。ミレナさんが、その、一緒に氷狼祭に、行こうって、言ってくれて……だから、僕、全然連絡取れてないけど、ミレナさんなら、来るって、思って……」

「……いつから連絡が取れていない?」

「い、いつだったかな……えっと……もう、は、半年くらいかな……?」

 半年前の約束。そして取れなくなった連絡。おそらくミレナはいろいろとあったのだろうが、半年間も連絡が取れない相手を信じて待ち合わせにやってくるルークがあまりに可哀想で、クラリスとルーシンは思わず涙を流す。

「殿下……優しくしてあげてください……彼は可哀想なんです……フラれたことに気付いていないのかもしれません……」

「フラれ……!? ち、ちが、僕は別に、ミレナさんとはその、そんな関係じゃなく……! そ、そもそも、さっきから失礼だからな……!」

「寒いですぅ……涙が凍りますよぉルーちゃん……」

「ば、馬鹿にされてる……最悪だ、これだから人は嫌いなんだ、うう、どうして僕がこんな目に遭わないといけないんだ、全部殿下が居るせいだ……」

「人のせいにすんじゃねえ」

 ヴァレクが目でレオンハルトに合図を出すと、レオンハルトは一つ頷き、ルークを米俵のように担ぎ上げた。驚くほど軽い。もう少し重いものと思っていたレオンハルトは、危うくバランスを崩しかけた。

「わ! な、なんだ、やめてくれ! お、おろして、僕は行かないと、ミレナさんが、約束が、」

「そのミレナ・ルクレティアについて話がある。大人しくついてこい」

「い、いやだ! 殿下にだけはついて行きたくない! 僕を殺す気なんだ! これから拷問にかけるんだろ! だ、誰か助けてくれ!」

「うるせえ!」

 ゴン! と、ルークの頭に鋭い一撃が落ちた。

 ただでさえ担がれた体勢であったルークは、変な角度から脳を揺らされ、気を失ったようだ。暴れていた体がおとなしくなり、レオンハルトも楽になったと言わんばかりに落ち着いて歩き始めた。

「殿下、良いのですか。先に霊石を作らなくて」

 レオンハルトの声は硬い。その言葉は、二人の背後から寒そうについてくるクラリスとルーシンには届いていなかった。

「……そもそも、あの霊石を生成したのはミレナ・ルクレティアだ。ルーク・アーゼルが生成できるかは分からない。一旦確認が必要だな」

「そうですね」

 ザク、ザクと、雪を踏み締める音が響く。周囲はしばらく静かだったが、宿へ向かうべく街に戻ると、やはりセレヴァンは賑わっていた。

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