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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
閑話

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閑話・1

 ラグド・シュルツェルガにかけていた呪いが発動すると、ミレナはその衝撃に思わず膝をついた。

 ラグドはクラリスの捕獲に向かっていたはずだ。呪いの発動条件は「情報の暴露」としていたから、おそらく何者かに捕まり尋問にでもかけられたか。

 自身に魔力が戻る感覚に、ミレナは吐き気すら覚える。この「ミレナ」という器が、そもそもこの魔力自体に馴染んでいない。属性が真逆であるために拒否反応でも示しているのだろうか。

 北の聖地の森の中で一人、ミレナはふらつきながらも木を支えに立ち上がった。

「あれ、こんなところに居たの」

 気配もなく突然かけられた言葉に、ミレナは反射的に振り返る。

「わあ、まるでお化けを見たような反応だね」

「……アストラ・オルディス。どうしてここに居るのかしら? まだ計画の途中でしてよ」

 ミレナに鋭く睨まれているが、アストラはいつものように微笑むばかりである。

「計画にのっとって、私の担当業務が終わったから来たんだよ。最後の砦だったコリー・ヒューズマンも我々に賛同したからね」

「……やるじゃない、さすがペテン師ね」

 褒めるようなことを言っているくせに、ミレナは依然としてアストラを睨みつけている。

「私は私の仕事を終えたから来たんだけど……君のほうはどうかな? 国から保護命令が出ているミレナくんの体を使っての成果は」

「相変わらず嫌味ったらしい男ですわね。……クラリス様の近くに殿下が居て手が出せない。だから今は周囲の護衛から崩しておりますの」

「ああ、そんなことは聞いていなくて、私は『成果は』って聞いたんだよ。言い訳が長いねぇ、『成果はない』で分かるのに」

 にこやかに語るアストラとは正反対に、ミレナの額には青筋が浮かぶ。

「お前、今回の計画が終わったら一番に殺してやりますわ」

「八つ当たりって怖いねぇ。……まあとにかく、ヒューズマンという法務局の重鎮も落としたんだから、早く計画を次のステップに進めてくれるかな? 君の成果が上がらないせいで計画が頓挫することだけはありえないからね」

 ミレナの拳が小刻みに震える。しかしどれほど怒りに満ちても、ゆっくりとミレナに向かって歩いてくるアストラから、彼女は決して目を離さない。

「私は、君の後ろに誰かが居ることも分かってるよ。君は彼の力を借りて、ミレナ・ルクレティアの中に入ったんだろ? そして彼が誰なのかも、私は検討がついている。だけどあえて触れてあげないんだ、優しいと思わない?」

「……お前の目的は何ですの?」

「君たちと同じだよ」

 ミレナの元にやってきたアストラが、その細い肩にポンと手を置いた。

「クラリスを神としてこの国を創り変える。あの子は特別な存在だ。一番そばに居た私がそう思ったのだから間違いない。あの子は、神様なんだ」


 *

 

 クラリスとルーシンが目を覚ましたのは、お昼を過ぎた頃だった。

 二人はほとんど同時に起きた。なぜならクラリスが目覚めた瞬間にベッドから落下し、その後けたたましく部屋を出て行ったからだ。

 あまりの騒がしさに、ルーシンは強制的に起こされた。最初はぼんやりとしていたルーシンだったが、窓に差さっている封筒を見つけて、慌ててそれを引っ込ぬく。差出人を見て笑みをこぼすと同時、隣からクラリスの大きな声が聞こえたものだから、手早く起床後の準備を済ませてすぐに隣の部屋に向かった。

「レオンハルトが起きてますー! レオンハルトがぁ!」

「うるせぇんだよ静かにしろ!」

「で、殿下、殿下もクラリス様も落ち着いて……」

「レオンハルト!」

「ああ、聖女フィリスも……この状況はいったい……」

 泣きながらレオンハルトに抱きつくクラリスに、騒がしさを咎めているのに一番騒がしいヴァレク。この二人では状況を教えてくれないと踏んだのか、レオンハルトが縋ったのはルーシンだった。

「魔封じくらって瀕死だったのよ、あんた。霊薬飲んで復活できたのが今」

「……魔封じ……そう、だったんですか……」

 レオンハルトはきっと、ルーシンを庇った直後からの記憶がない。ルーシンをクラリスごと突き飛ばした次の瞬間が今ともなれば、混乱して当然である。

「良かったです本当に……!」

「ご心配をおかけしました」

 リオラの件もあり、レオンハルトを殺すわけにはいかないと気を張っていたのかもしれない。クラリスはようやくレオンハルトから離れたかと思えば、ベッド横にへたり込んだ。

「力が抜けました……」

「……おいレオンハルト」

「は、はい」

「体調はどうだ」

 クラリスの背後に立つヴァレクが、いつもの調子で問いかける。

「えっと……悪くはありません。すぐに動けます」

「いいや、お前は体調が悪い」

「心なしか顔色も悪いわよ」

「え、いえ、そんなはずは……」

 レオンハルトは本当に、自身の中に体調の悪さなど微塵も感じていない。しかしヴァレクとルーシンに食い気味に言われ、自身の頬に思わず触れた。

 もしかして、周囲から見て体調が悪そうなのだろうか。

 しかし触れただけではやはり分からずクラリスを見るのだが、クラリスも深く頷いている。

「喜べ、今日は休みだ。ゆっくりしろ」

「! いえ、殿下の目的の遂行を最優先に、」

「良いわけないでしょ、瀕死から病み上がりのくせに。あんたのおかげで夜通し作業してた私たちも休めるんだから、ここは殿下の指示に従ってほしいもんだわ」

「え、あ、そう、なのですか……」

「そうですよ、レオンハルト。レオンハルトは今日はお休みです。いえ、今日と言わず明日もゆっくりして良いです。ここはみんなに甘えましょう」

 レオンハルトは険しい顔をしていたが、ヴァレクに「命令だ」と言われては、それ以上の抵抗は諦めたようだった。

「クラリスの言う通り、今日、明日はここに泊まる。これからの道中は少し骨が折れるからな、今のうちに休んどけ」

「何か進展が?」

 レオンハルトの固い言葉に、ヴァレクが静かに頷く。

「おそらく、俺たちを襲ったミレナ・ルクレティアは本物じゃねえ。バックに別のでけぇのが居る」

 ぴくりと、指先を揺らしたのはルーシンだった。ルーシンは首謀者を知っている。しかし不用意にその話をすれば、クラリスが怒ることは目に見えている。

 レオンハルトもアストラが怪しいとは思っているからか、ルーシンと同じようにクラリスの様子を気にしていた。

「……ここを出たら北の聖地に向かう。動きがあったようだからな」

 アストラが動いたのだろうか。ルーシンもレオンハルトも聞きたくてたまらないが、クラリスに気を遣って黙っていた。

 そんな空気の中、

「ヴァレク様」

 ベッド横にへたりこんでいたクラリスが、くるりとヴァレクに振り返る。

「今日お暇なら、お出かけしませんか?」

 落ち着いたら声で放たれたその言葉に、その場にいた三人が同時に動きを止めた。

 ヴァレクからならともかく、まさかクラリスのほうからそんな提案が出るとは。

 幼い頃から共にいるレオンハルトにとっても初めての状況なのか、信じられないとでも言いたげな顔をしてヴァレクとクラリスを交互に見ていた。

「お忙しいですかね?」

「い、や、いや、あ、別に、」

「あまりの衝撃に初めてギャルに声をかけられた陰キャみたいな反応になってる! ちょっとクラリス、どうしたのよ! あんたから殿下をデートに誘うなんて!」

「…………デート」

 顎に手を当てて、クラリスは少しばかり考える。

「そうですね。ヴァレク様、デートをしましょう!」

 ぱっと笑顔になったクラリスは早速立ち上がると、「準備をしてきますね」と部屋から出ていった。

 取り残された三人は、驚愕のまま目を見合わせる。

「どういうことだアレは……頭でも打ったのかあいつ!」

「いえ、完全に正気の目でした。殿下、惚れ薬は禁忌ですよ」

「使ってねぇよどんなタイミングだ……!」

「しかしこれまで一度もクラリス様から殿下をお誘いになるなど……」

 ヴァレクの気持ちに気付いているのかいないのか、色恋なんて考えたこともありませんという顔をしていたあのクラリスが。

 いまだに混乱するヴァレクを前に、いち早く驚愕を受け入れたルーシンが珍しくも気弱な笑みを浮かべる。

「殿下、行ってきてください。私がレオンハルトを見ていますから」

「! いや、お前一人では……」

「私から伝えさせてください。あの村のこと。私の両親のこと。リオラさんのこと」

 突然出てきた母親の名前に、何も知らないレオンハルトは眉を顰めた。

 ヴァレクはリオラの過去を見ていないために、あの村で何が起きたのかを知らない。しかし最後にリオラとルーシンが話していた様子を思い出せば、ルーシンとレオンハルトに何かしらの関係があったのだと分かる。

 少しばかり考えていたヴァレクだったが、すぐにハッと短く息を吐いた。

「……そうか。そうだな。それがいい」

 納得したヴァレクは、二人に背を向けて外に出る準備を始める。

 しかし。

「聖女フィリス、私はそのような話は聞かなくて良いのですが」

 外に出てもバレないようにと、ヴァレクがマントを羽織った直後だった。レオンハルトの声はあまりに硬い。ヴァレクが横目に振り返って確認してみれば、レオンハルトは表情も険しかった。

「あんたが倒れてた間に何があったのか、共有するだけよ。いいの? あんたのために殿下やクラリスが何をしてくれていたのか、知らなくて」

 シーツを握りしめていたレオンハルトの拳が、ぴくりと揺れる。

「おい、そんな言い方すんな。俺たちが勝手にやったことだ」

「そうですよ、私たちが勝手にやったんです。レオンハルトに生きてほしいと思ったから」

 ヴァレクを見ることなく、ルーシンは続ける。

「これからも一緒に生きるなら、一緒に過去も受け入れよう。私とあんたは、同じ村の出身なの」

「! 聖女フィリスも、ウスメアの……!?」

「お、ちょっとは聞く気になった? さらに言うと、あんたの親と私の親は知り合いだったのよ」

「聖女フィリスの親御さんと、私の親が……!?」

「殿下、大丈夫ですよ」

 そこでようやく振り返ったルーシンは、心配そうに二人を見ていたヴァレクを見つけた。

「私たちが受けた衝撃を、これから一気にぶつけてやりますよ。ま、精神的には絶対に私が姉なので、手加減はしますが」

「…………そうか」

 やけに自信満々なルーシンに数度頷いて、ヴァレクは納得したように部屋を出た。

 扉を閉めると、すぐそこに立っているクラリスに気付く。クラリスも変装を意識したのか、つばの広い帽子と、普段はしないであろう質素なワンピースを身に纏っていた。

「……何してんだ」

「ルーちゃんは本当、格好いいですよねぇ。レオンハルトのほうが弟みたいで面白いです」

「聞こえてたのか」

 ヴァレクが歩き始めると、ワンピースを靡かせながらクラリスも静かに続く。

「ルーちゃん、昨日寝る前に手紙を書いていたんですよ。おそらくリオラさんやレオンハルトのことをご家族に伝えたんだと思います。私が起きたときには窓にお返事が差さっていたので、そのお話もしたいんでしょうね」

「…………チッ、だから俺を誘ったのかよ」

「ふふふ」

 否定することなく微笑むクラリスに、ヴァレクは乱暴に頭をかきむしっていた。

 宿を出ると、昨日とは打って変わって平和な街が広がっていた。侵入者があったなど……ましてや、宿の一室で侵入者が呪いで死んだなど思わせない、平和な光景である。

「どこに行くか……何か調べてぇなら、たしか近くに図書館が、」

「ヴァレク様を誘ったのは、お話ししたいことがあったからですよ」

 きゅっとヴァレクのマントの裾を掴み、上目遣いに微笑む。まるで計算されたかのような仕草と角度に、ヴァレクはまたしても動きを止めた。

「ふふ、なので、ゆっくりお話しできる場所に行きたいです。あ! 出来れば視覚的に綺麗なところ……あと、空気が美味しいところとか」

「……あ、ああ、分かった。少し歩けば、植物園がある」

「まあ! では行きましょう!」

「分かった。分かったからいつも通りで居てくれ」

「……私はいつも通りですが?」

 不思議そうな顔をするクラリスを見て、ヴァレクは諦めたように歩き始めた。

「そうだな。そうだった。いつも通りだな。俺を弄びやがって……」

「植物園までの道中、ショートカットできそうな道があれば教えてください。無駄は省略したいので」

「清々しいほどいつも通りだな……」

 いつも通りにしていてくれと思う反面、もう少し意識してくれても良いのにと思ってしまい、相反する二つの気持ちに挟まれながら、ヴァレクは深いため息を吐き出した。

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