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愛され聖女、社畜堕ち  作者: 長野智
第1章
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第1話

 

「なるほど……クラリスはまた(・・)、その状態に戻ってしまったんだねぇ」

 ヴァレクがやってきたのは、アステル大聖堂の司教である、アストラ・オルディスの居る司教室だった。

 アストラは書き物をしていたようだったが、来客にも穏やかに対応し、現在は来客用のソファに四人で腰掛けていた。クラリスは少し離れた、壁に沿って置いてあるソファに寝かされている。

 そんなクラリスを見ながら、アストラは困ったように眉を下げた。

「いやはや、どうしようかなぁ。記憶を封じるにはそれを封じる器となる『霊石』が必要になるんだけど……殿下も知っているように、『霊石』の入手は困難でね」

 アストラは思いついたように立ち上がり、自身の執務机の引き出しを開ける。

 取り出したのは、ダイヤモンドのような輝きを放つ石だった。

「……おや? 以前クラリスの性格を封じた霊石は綺麗なままだ……それなら、どうしてクラリスはそのような状態に?」

 アストラは戻ると、その霊石をテーブルに置く。

「聖女フィリス、経緯を」

「は、はい……」

 ルーシンはなぜクラリスがあの状態になったのか、最初から事細かに説明する。

 話が進むたび、ヴァレクの表情が険しくなっていた。

「やりやがったなてめぇ……」

「まあまあ殿下、昔のクラリスを知らない方からすれば、どうしてクラリスがアステル大聖堂の聖女という誉れ高い地位に居るのかも分からなくて当然だからね。きっと聖女フィリスは、ここ数年で聖女になったんじゃないかな?」

「……は、はい、そうです。二年前に北の大聖堂の聖女となり、現在はエリアス司教と共に励んでおります」

 ほらね、と言わんばかりの笑みを浮かべ、アストラはヴァレクを見る。ヴァレクは変わらず険しい表情だ。

「あの……クラリスは、元からぽやぽやしていたわけではないということですか……?」

 すっかり怯えた様子のルーシンは、ヴァレクを見ることが出来なくて、アストラと、近くに立つレオンハルトを交互に見る。しかし残念ながら、それに答えたのはヴァレクだった。

「……あの雰囲気と容姿だから勘違いされやすいが、今は俺たちがわざとぽやぽやさせてたんだよ。昔のあいつは、さっき見た今の状態のあいつみたいな感じだった」

 ヴァレクはうんざりしたようにソファに深くもたれかかると、ため息をつきながら足を組んだ。クラリスが見たら「また横柄な態度を取られて」と小言でも言いそうなものだが、残念ながらまだ眠ったままである。

 ヴァレクの隣に腰掛けていたアストラが、続けて口を開く。

「五年前だったかなぁ。クラリスが十六の頃、働きすぎて倒れちゃったんだよ。そんなことがあったから、クラリスもそれまでの生活を改めるのかと思ったんだけど、何一つ勤務態度を顧みることもなく……領地復興やら相談役としても活躍していたからね、頭の切れるクラリスは地方からも引っ張りだこで、このままでは早死にすると不安視した殿下が、クラリスの性格の一つを封じたって感じだね」

 アストラは霊石を持ち上げた。

 見たこともない綺麗な石だ。ルーシンはそれをじっと見るが、霊石であるとは分からない。

「……あの、霊石って、確か世界でも限られた存在である幻晶術師でしか作ることが出来ないものでしたよね……?」

「そうだよ。だからこれはとっても希少なものだね」

「それに……霊石を利用する魔法は禁忌じゃ……」

「反転魔法使うやつに言われたくねぇなぁ」

 舌打ちをして、ヴァレクがルーシンを睨み付ける。ルーシンはさっと目を背けた。

「お前の反転魔法と、霊石を使った封術の何が違う。お前も禁忌を犯したんだろ」

「…………すみません」

「ダメだよ殿下、聖女フィリスが怯えている。まあ私から見ればどっちもどっちだから、無駄な言い合いはやめましょねぇ」

「……アストラの言い分はいけすかねえが、今はクラリスの状態を戻すことが先決だ。俺の結婚が決まる前にどうにかしたい」

 頷くアストラと、ではどうするかと考えるレオンハルト。この場で、ルーシンだけがキョトンとしていた。

「え……何か関係ありました……? そもそも、クラリスは働き者の方が良いのでは……?」

「残念ながら、殿下は幼い頃からクラリスに懸想していてね……クラリスがあの状態では結婚も出来ないし、殿下自身がほかの女性と結婚する気もないので困った状況になるんだよ。だけど王家は『クラリスが頷くのであれば結婚を認める』という姿勢だから、このまま平行線では殿下に別の女性が無理矢理あてがわれてしまうというわけだね」

 なぜか堂々としたままのヴァレクに、ルーシンは怪訝な表情を向ける。

「え、つまり、クラリスのことが好きだから、クラリスが倒れることも心配ではあるけど、仕事に生きて結婚に目が向かないことを不安に思った殿下が、自分勝手にもクラリスの性格の一部を封じたというわけですか……? そして、結婚したいと……?」

「何か問題が?」

「ええ……? そのために、世界でも限られた幻晶術師を探し出して、入手困難な霊石を生成したんですか……?」

 ルーシンからすれば大問題であり理解もできないのだが、アストラを見てもレオンハルトを見ても、何一つ疑問に思っていないような顔をしていた。

 この三人、長く一緒に居るために感覚がおかしくなってしまったのか? ルーシンは立場があるからと怯えていた人物たちに対し、なんだか礼節などいらないのではと思えてきた。

「まあ私はクラリスが働き者であるのは良いんだけどね。クラリスはどうにも私のことが大好きだから、クラリスが話しかけてくれるたびに殿下が無駄に噛み付いてくるのが面倒くさく……いや、お手間をおかけしてしまうので、その面倒ごとを回避するためには致し方ない犠牲もあると思っているというのが本音かな」

「ひ、人の性格を変えることが、致し方ない犠牲……」

 アストラの外部評価はかなり高く、もちろんルーシンも「仕事ができる」「信頼が厚い」「人気があり頼りになる」などと思っていたのだが、もしかしたらその評価を改めるべきなのかもしれない。自身への面倒ごと回避が優先事項とは……。

 かなり引いた様子のルーシンを前に、ヴァレクはソファに深くもたれていた姿勢を起こし、アストラに視線を向けた。

「この霊石を作った幻晶術師の居場所は」

「それが、またふらりとどこかに消えたらしいんだよねぇ。レオンハルトくん、何か情報は?」

「有事の際に対応させるために監視はつけていましたが、その監視をうまく撒いたようでして……ちょうど現在捜索中でした」

「…………そんな報告は受けていないが?」

「私も今朝、部下から報告を受けたような気がします」

 絶対に嘘だ。殿下が面倒くさいから報告しなかったんだ。だんだんとヴァレクの扱われ方が分かってきたルーシンは、心の中でレオンハルトに問いかける。レオンハルトは素知らぬ顔で立っていた。

「チッ……まぁた探すのかよ」

「まあまあ、良いじゃない。そうだ、今度はクラリスと一緒に行くのはどう? ラブラブ二人旅とか」

「……王都の聖女を引き離せるわけねえだろ」

「大丈夫大丈夫。クラリスの大きな行事は、月に一度の礼拝だけだからね。そのほかの仕事は私でも代理で務まるし、クラリスの趣味のようなところもあるから。ねえ、聖女フィリス? 聖女の仕事ってほかに何かありそう?」

「え、ああ……えっと、月に一度、祈りの魔法で守護を強めて、あとは確かに相談を受けたり、心を清めたりするだけですが……クラリス、何かやってたんですか?」

 その程度だからこそルーシンもこうして王都に来ることが出来ているのだが……どうやらクラリスの仕事は、聖女の仕事に留まらなかったらしい。ヴァレクの表情が引きつっていた。

「まあ、クラリスにおいては先ほど伝えた領地復興やら相談役やら……あとは軍部の参謀と国境の守備強化について話し合っていたり、隣国との交渉ごとの助言とかも、陛下から相談されていたような」

「…………趣味のようなもの……?」

 もはやルーシンには何も理解できない。

「まあ、クラリスが王妃になってもなんら問題はないということだね。それで、どうする殿下? 二人のラブラブ旅行、してくる? もしするようなら、転移魔法は使わないでおいてあげるけど」

 もちろん有事の際には強制的に呼び戻すけどね、と、アストラは良い笑顔で続けた。

 ヴァレクは少しばかり考えたあと、

「お前らも来い」

 睨むようにレオンハルトとルーシンを見て、そして低く、唸る声を出した。

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