第1話 『今日がその8万年記念日』
キラキラと音を鳴らしながらそれは落ちてくる。
ピンクに青、黄色に緑。金平糖のような形をした石が淡い光を放ちながら降り注いてくる。1つ、また1つと水の上に落ちてぷかぷかと浮かんでいるそれらに近づいて丁寧に割る。
するとピンク色のはピンク色、黄色のは黄色のとろりしたキラキラと色を変えながら光る液体が中から溢れてくる。それをただひたすらに大切に瓶に詰めていく。
真っ暗な海が地平線までそれの光を反射しながらほんのりと揺らめいている景色は何度見ても飽きることは無い。
きっとこの瞬間はこの星が世界で1番美しい。
石を胸にだいたシルアスクの身体も光をうけてほんのりと赤みがかっており、水に濡れた髪やまつ毛についた雫は石の光でほろほろと輝いていて、
それはまるで……
* * * * * * * * * * * * *
朝、キッチンから漂ってくるツラズの実のいい香りで目を覚ます。
ギシギシとなる固くて冷たいベッドから降りてシルアスクが最初に考えたことは美味しい朝食のことでも惑星のことでもなく、やっぱり昨夜同様ベッドを買い換えよう、ということだった。
でもブザエラストには秘密だ。
だってベッドが悪いだけでよく眠れないなんて俺がすっごく繊細見たいじゃないか。変なところでプライドの高さが出ている自覚はあるけど……。
シルアスクがキッチンに向かうと既にブザエラストが朝食の準備を進めていた。今日の朝食はツラズパンにカナの実のジャムを乗せ、ナマーハーブを練りこんだソーセージとカロの卵を焼いたものだ。これだけ用意出来たのなら重畳だろう。
「出かけるのは昼からだったよな。まだ朝だから俺は時間まで昨日作った湖に行ってくるけど、お前は?」
「俺は持ってきてた植物植えてみるつもりだ。惑星の土壌、No.3106だからどれくらい育つか見ときたいし」
この惑星の形はS12型で土壌はNo.3106。
比較的植物が育ちやすく、適応できる生命体も多い。超スタンダードな惑星だ。
シルアスクは「わかった。」と頷くと食べ終わった食器を下げ、早速湖に行く支度を始めながら、ふと思い出したように尋ねる。
「そういえばどうしてこの惑星、No.3106にしたんだ?スタンダードだから無難ではあるけど、お前は少し暮らしにくいんじゃないか?」
「まあそうだけど、住めないわけじゃないし植物を育てられる環境の方が何かと便利だろ。お前もそっちの方が体に合うだろうし」
「そう、お前がいいならそれでいいよ」
支度の終わったシルアスクは宇宙船のハッチを開ける。空気があるからか昨日よりも暖かい。今日も無風、気温は-230度。絶好の水浴び日和である。
* * * * * * * * * * * * *
紅灯銀河、キジョー惑星、三番街。
ガヤガヤと様々な種類の声が飛び交い、多くの生き物が日々の生活を営んでいる。
気温は27度、晴れ。赤い屋根に白い壁の建物が立ち並び、石畳の道を騎車という乗り物や人々が行き交っている。多くの出店が所狭しと出店している大通りは賑やかだ。
「凄い!俺この星初めてだけどこんなに賑わってるんだ!あっ、見てみて!ミズカラグサがあるよ!植えたい!あれものすごく美味しいんだよ!お前食べたことないよね、立派に成長したら俺が料理作ってあげるから一緒に食べよう!」
「はいはい、分かったから落ち着けって!ほら人にぶつかるぞ」
初めて来る星にわくわくが止まらないシルアスクを横目に、ブザエラストはもう少し落ち着いた星から始めるべきだったかと自分の選択を少し後悔した。
「それにしても前より人口増えたな。人型が多いっぽいし、やっぱり鉄道の駅が増えたからか?この感じだったら定期船の本数も増やすべきだよな」
「でも、俺達もう交通課じゃないんだからそんなこと考えたってどうにも出来ないよ。もっと俺達の星に役に立つところを見ないと」
そう言ったシルアスクがブザエラストと同じように交通機関の部分ばかり注目していたのは秘密だ。そしてそれはブザエラストにはお見通しである。ブザエラストの訝しんだ目を華麗にスマートにスルーしたシルアスクは、
「それよりも、こういう石畳で道作った方がやっぱりいいのかな?でも石が細すぎるよね、もっと大きい石だったらうちでもできるかな」
「いや、お前だって道しか見てねえじゃねえか。開発課はもっとこう……」
そこまで言って言葉に詰まったブザエラストは2、3秒悩んだ後、
「え……?開発課ってどういうとこ見るんだ?星を作るってのは分かってるけど、真似したいとこ見ればいいのか?でも真似したいとことかわかんねえぞ……。インフラとかはこうしたいってのがあるけど誰が住むのかもわからん星をどうすればいいんだ……」
「たしかに、道路を作って建物を建ててとかざっくり想像してたけどぼんやりしたへぼへぼなイメージしかないな……。うわ……途方もないな。気候だって何もかも決まってない。植物のことしか考えてなかった……」
あと、ベッド。
少々頭を悩ませたあと、シルアスクは吹っ切れたように出店を見回してから言う。
「もうしょうがないから今日はベッ、食料と植物の種とか農作業に必要なもの買ったら帰ろっか」
「まだ来たばっかだけど……」
「いいんだよ。期限なんて決まってないし。のんびりやろう」
「まあ俺もそれでいいけど、じゃあベッドと食料と農耕具な」
「えっ!」
ブザエラストの口からベッドという単語が出てバレていたのかと一瞬焦ったシルアスクだったがそこでシルアスクの素晴らしい脳みそがピンと閃く。
「……お前もしかして昨日ベッドのせいでよく眠れなかったのか?まったくしょうがないからベッドも買いに行こう。今後の為にもいい睡眠が取れるに越したことはないしね」
ふふん、と素晴らしい発言をしたという顔をしているが、ベッドを買い替えたいのはシルアスクの方である。
「おお、まあそうだな」
「じゃあまずは家具屋さんに行こう」
2人は賑わっている大通りを並んで歩いていく。
シルアスクはもちろん分かっている。
ブザエラストが、ベッドを買い替えたいと思っているのはシルアスクの方だと気づいていることも、シルアスクの見栄を指摘しない優しさも。そしてシルアスクはそのせっかく貰った優しさに甘えるのだ。ブザエラストはシルアスクが優しさに甘えることもばっちりお見通しである。
2人が出会って8万年、この関係性に2人は満足している。