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我こそが新進気鋭のオカルト配信者(2)

 十里はカメラとライトを構えると旧トンネルの内部に歩みを進める、生暖かい湿気が十里の肌に貼り付き、トンネルの中に吹き溜まった腐った磯溜まり匂いが鼻を刺す。


 夜も深まり肌寒くなってきたというのに、これほどの腐敗臭が漂うことがあるのだろうか、今日の昼間に来たときはこんな臭いはしなかった。


 トンネルの中で何かが腐っていたとしても、涼しければ当然腐敗も遅いし、なによりもたった半日ぽっちの時間でこんなにもトンネルの中が腐敗臭に満たされることが有るのだろうか。


「えっちょっと待って臭っ……! 昼間に来た時はこんなに臭くなかったのになぁ」 


 でも動画では伝わらないもんなぁ十里はそんな独り言を動画にのせ、腐敗臭を振り払うようにライトを振り回すと、振り回された明かりに反応したフナムシが外壁のヒビ割れに逃げ込んでいく。


「ここでは何かを囁く声や助けを呼ぶ悲鳴が聞こえるなどの噂があり、また黄色く光るオーブが写真に写ると言われています。化け物を見たってのもあるんだけど、それはちょっと話を盛り過ぎだと思うんだよね」


 十里は簡単な概略をカメラに向かって説明しながらトンネルの中を歩く、外壁は潮風に侵食され風化が進んでおり、天井からは染み込んだ雨水が不気味に滴たり落ちている。


「化け物か〜どんな見た目なんだろね?妖怪やお化けじゃなくて化け物ってのが、なんだか気になるんだよねーそれって分類できないとか名前がわからないってことじゃん?」


 ぽちゃん、ぽちゃん、ぺたり、ぽちゃん。


 滴り落ちる水音にしては不自然な、何か湿ったものが地面を叩く音が混ざる、十里はカメラに向かっての雑談を切り上げ耳を澄まし音を拾う。


「今なにか聞こえた? 私の足音の反響かな?」


 ぺたり、ぽちゃん、ぺたり、ぺたり、ぽちゃん。


「やっぱり、なにか聞こえたよね!?」


 十里は歩みを止めるとその場で足踏みして、自分の足音の反響音を確かめる、カツ、カツ、ぺたり、カツ。


「ほら! やっぱり聞こえた!」


 乾いた自分の足音に混じり湿った足音がトンネルの中に反響したのを確かめると、十里は録画用のカメラに向かって大きなリアクションを取る。


 これは撮れ高になったのではないかそう喜んだ時だった、背後で足音ではないなにかの物音がする。なにか硬い石のようなものが地面を跳ねる音だ、そう例えば蹴り飛ばされた石が転がるような音に聞こえる。


 背後に人がいるかもしれない、そう思った十里は大きく振り返り懐中電灯で背後を照らす、懐中電灯の灯りはトンネルの闇をかき混ぜるだけで何かを照らし出すようなことは無い。


 気のせいか、きっと気を張っていたんだそういうことにしよう、十里は自分を無理矢理に落ち着かせ視線を正面に戻す。


 視線をトンネルの奥に向けた時だったトンネルの中を生臭い腐臭をはらんだ風が吹き抜ける、トンネルに入った時に感じた悪臭をこえる刺激臭が鼻を刺す。


「うわっ、くっさ」


 十里は思わず悪臭に耐えかね鼻を指で摘んだ、その時ふと缶詰のことを思い出した、世界一臭いと言われる缶詰シュールストレミングだ。今度機会があったらあの缶詰と今の臭いを比べる検証動画でも上げようかな、恐怖は悪臭に吹き飛ばされ十里はそんなことを呑気に考える。


 「トンネルの中心に近づくたびに腐った缶詰みたいな臭いが強くなってる、誰かこんなところでシュールストレミングでも開けた?」


 十里はカメラに向かってリアクションを取った、まるで膨らんだ魚の缶詰を今さっき開けたような、そんな臭いが風に運ばれて来たのだ。


 はて……? と十里は少し考え込む、このトンネルは片方が土砂崩れで潰れてしまっているのだから、風が吹き抜けるなんてことはあり得るのだろうか。


 缶詰が爆発するのは圧力が空いた穴に逃げるからだ、もしさっきの風が缶詰の爆発のようなものなのだとしたら。


 ぺたりぺたり、ぺたりぺたり。


 水気を含んだ音が正面から聞こえてくる、これはきっと足音だと十里はそう直感した。幸いにも足音の聞こえてくるペースは遅い、急いで引き返せば音の主に出会うことはないだろう。冷静に考えたと思えた十里の脳内とは裏腹に心臓の鼓動は早くなり額に冷や汗が浮かぶ。


 十里は振り向くと急いで入口へと向かって走っていた、音の主を確認したい気持ちはあったがそんなことよりも身の安全の方が大切だ。


 それにもし相手が人間で密猟者とかだったりで、トラブルの末にチャンネル削除なんてことになったら、もしなったら……いや密猟者はヤクザ者と聞いたこともある、それで済むのだろうか、頭を振りまとまらない考えを振り払う今は足を動かそう。


 ヤバイヤバイ誰かいる!誰かいる!小声で配信用カメラに十里は囁きながら走る、走る足音がトンネル内に反響しそれを追いかけるように鳴るぺたりぺたりという足音は徐々に遠くなる。


 トンネルの入り口が見えた時には、背後から聞こえる湿った足音はまったくと言っていいほど聞こえなくなっていた。


 十里はほっと胸を撫で下ろすと同時に、内心で出来上がるであろう動画の出来にこの出来事に喜びも感じていた。

 

 トンネルの入り口に着くと十里は走るのをやめ、お守りをそっと撫でカメラのグリップと一緒に握り込むとゆっくりと歩き出す。


 トンネルの外では静寂が辺りを包みこんでいた、冷たい浜風が十里の火照った頬を撫でる。


 十里は数歩だけ歩き冷たい空気を肺に吸い込むと、まだ整わない息を切らしてカメラに向かって明るく喋りかける。


 緊張と恐怖から解放された明るい十里の笑顔がカメラのモニターに映る。


「はぁはぁ、いやぁ~やばかった~、でも足音も聞こえなくなったしもう大丈夫だよね?」


 ざぱん


「えっ?」


 ぺたり、ぺたり。


 何かが海から飛び出す水音が聞こえる、その後に湿った足音がトンネルの外、海側から波音をかき分けて聞こえる、生臭い臭いが海から漂う。


 ぺたり、ぺたり、ぺたり。


 湿った足音は真っすぐにこちらに向かってきている。


 十里の体は凍ったように固まり渇いた喉からは、えっえっと声にならない音が震え出ていた。笑顔は凍り付き目には涙が滲む、全身から血の気が引いている。


 動かない体、せめてもの抵抗のつもりから十里は恐怖に震える手で懐中電灯の明かりを湿った足音の方へ向けた。


「嘘っ……!」


 震える懐中電灯の灯りは足音の主を朧気に捉える。黄色く光る瞳、灯りを反射するてらてらとした体表、曲がった背、大きく開く口。


 ぺたり、ぺたり。


 懐中電灯の灯りにてらされながら化け物はゆっくりと十里に近づく、化け物の黄色く光る飛び出た瞳は瞬き一つせず十里の方を見つめ、だらしなく開いた大きな口には鋭い歯が並び、声ならぬ何かの音を漏らす。


 ぺたり、ぺたり。


 化け物は両声類のような鼻で空気の臭いを嗅ぎ取ると首元のたるみがパクパクと開き内部の赤い器官が見える、漏れ出た悪臭が十里の鼻にまで届いた。


 十里は不意に視線が下がりお尻に衝撃を受けたのを感じた、腰が抜けてその場にへたり込んでしまったのだ。


 足に腰に力が入らない立てない、叫ぼうにも張り付いた喉からは声は出なかった。


 どうにか手を動かし這いずる形でトンネル側に逃げる、すがる気持ちでどうにかこの状況から逃げたい、頭は恐怖でいっぱいだ、死にたくはなかった距離を取りたかった。


 ぺたり、ぺたり。


 トンネルから反響音が聞こえる、何か冷たく硬いものが後ろから十里の顔の前に伸びて来た、それが水掻きのついた手で有ることと悪臭の原因がこの化け物であったことに気がついた時、十里の思考は海に沈むように溶けていった。

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