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我こそが新進気鋭のオカルト配信者(1)

 とある県の海沿いに、オカルトマニアの間では少し有名な廃トンネルが存在する。廃トンネルの近くにある小さな漁港の駐車場に車を停め、そこからアスファルトで舗装された歩道を海沿いに歩く、歩道に等間隔に並んだ街灯は夜道を点々と照らす。


 左頬に少し冷たい夜の海風を感じながら暫く歩くと、海沿いの岩山を大きくくり抜き内部もライトで照らされた綺麗なトンネルに行き着くがここは勿論目的の場所ではない。


 すでに夜遅い時間というのはあるが、このトンネルの入口辿りにつくまでに車にも人にもすれ違うことはなかった。


 これは吉兆なのか凶兆なのか、目的地に向かう足音が心なしか高鳴りトンネルの壁に反響を残す、足音が目指すのは、このトンネルから横に伸びた脇道の先に有る旧トンネルである。


 アスファルトで舗装された歩道から車止めの隙間を抜け海側の脇道に降りる、その先には山肌に沿って古く黒ずんだコンクリートで舗装された旧道が続いている。

 

 旧道は片方が山肌、片方が海になっていて、道幅は六メートルぐらい有り意外と広いが、山肌から伸びた木の枝やそれを伝う葛の葉、片付けられていない落石などが障害物になり見た目よりは狭く感じた。


 この広さなら誰かとすれ違うのはさほど難しくは無いが、もし何かから逃げるとなったら障害物に足を取られるかもしれない。


 もっともこんな曰く付きの場所に来る者は怖いもの知らずの釣り人か、オカルトマニアかあるいは出会ってはいけない類の物だ。


 冷たい海風とそろそろカメラを回しておこうかな、彼女はそう思い至った背負っていたリュックをアスファルトの上に降ろすと、背後から僅かに届いた街灯の明かりを頼りに荷物を取り出す。

 

 昼に下見に来たときは感じなかったが、新トンネル側からさす街灯の明かりの切れ目がなにか境界線じみて感じる。新道と旧道を明かりで分かつ、ここから先は夜闇の領分だ彼女は直感的にそう感じた、ならばちゃんと準備をしなければと思ったのだろう。


「懐中電灯よし!カメラよし!マイクよし!念の為のスピリットボックスよし!後はマホちゃんに貰ったお守りもよし!」


 一人のオカルト配信者の声が響く、彼女の名前は『十里 彩夏』動きやすいトレッキングウェアのような服装に、亜麻色のウェーブのかかったセミロングヘアーその前髪の隙間から八の字の眉毛とタレ目が覗いていた、マスクで顔は半分隠れているが小動物のような可愛らしい雰囲気が残りの半分からでも十分に感じられる。


 十里の白く細い指には黄色いストラップの松葉が大切そうに絡められ、それにつながる黒猫の羊毛フェルトのお守りが街頭のか細い明りの中で夜風に踊るように揺れている。


「ロケハンもしたしメイクも喉もバッチリ!後は撮れ高の神様にお祈りするだけ!お願い神様、私に万バズを!」


 その時山手側からギャアギャアと叫ぶ声が聞こえ、草木が揺れた。


「えっ!? なに?」


 十里は驚く声を上げお守りを握りこむと身を縮める、なかなか良い反応だ、しかしカメラは回っていない。


 もう一度草木が揺れバサバサと翼の羽ばたく音が聞こえた後、海側からなにかが緩やかに着水する水音とギャアと叫ぶ声が旧道に届いた。


「鳥かぁ……びっくりしたなぁもう、あっ!カメラまだ回ってないのに」


 戻ってきてよ〜取れ高と悔しそうな十里の声を尻目に、翼の羽ばたく音は徐々に遠ざかっていく。

 

 いやまぁそこそこ良いリアクションが出てちょっと喉が温まったと思えば、いやでもとぶつぶつ言いながら取り出した装備を身に着けると、リュックに必要の無いものを片付ける、ふと出した覚えの無いロープがリュックの傍に落ちているのが目に入った。


「あれ今回ロープなんて持ってきてないけどな?」


 十里がロープを懐中電灯で照らすとロープは鎌首をもたげ、何かを言いたげにこちらに視線を向ける。


「えっ蛇!?」


 十里は驚いて尻餅をついた、下がった目線は物言わぬ蛇と少しの間重なる。懐中電灯の明かりに照らされた白蛇の瞳は不気味に赤く揺らめいて光り、チロチロと舌を数回出すと意外な素早さで草木の中へ消え見えなくなった。

 

「まだカメラ回ってないのに、なんでハプニングが続くかなぁ」


 十里の残念そうな声が波音の狭間に揺れる。


「でも野生の白蛇はレアだったし動画の喋るネタにはなるかな?」


 でも流石に白蛇は嘘乙ってか仕込み言われそうかな、十里はそうつぶやきながら立ち上がると、カメラの棒状の持ち手に付いたストラップにお守りを結び気持ちを配信に向けて切り替える。


 十里は録画用の持ち手付きカメラとマイクの電源を入れ、懐中電灯の明かりを頼りに旧道を進む、先程まで握り込まれていたお守りは、ほんのりと湿り気と熱を帯びている。


 岩山にへばりつくように沿って作られた旧道は曲がりくねっているうえに障害物が多く、昼間に想定したより歩くのに時間がかかる。

 

 黒ずみひび割れたコンクリートの隙間からは枯れた雑草が生え海風に揺れている、海風が運んできた潮の香りは進むほど濃くなっている。


 地面の枯れ草と垂れ下がる蔓を数え飽きギャアと鳴く鳥にも驚かなくなった頃、懐中電灯は廃トンネルの入口を照らし出す。


 よかった、そろそろ喋るネタがなくなってきた所だ十里はそう思った。暗い、危ない、不気味まではよかったのだが道中、鳥の鳴き声以外特になにかが起こるようなことも無くどう編集しようか、何分ぐらい使えるのだろうか、とそんなことばかりを考えてしまっていた。


 今の収穫は後で編集しやすいように大げさにリアクションを取った鳥の声に驚くシーンだけだ、これだけではショート動画にすらならないだろう。


 まぁメインは旧トンネルだし、道中で撮れ高が有るなんて都合良いこと考えてちゃ駄目だよね。十里は内心でそう考えると、旧トンネルの看板を懐中電灯で照らし、あたかもおどろおどろしい雰囲気を感じたようにカメラに向かって演技を行う。


 もっとも廃棄された旧トンネルから醸し出される雰囲気は、演技を必要としなくとも十二分に不気味であった。海から聞こえてくるチャポチャポという波が岩にぶつかる音がトンネルの壁に反響し湿り気を帯びた音となって響く、それはまるで巨大な生き物の消化器官の音のようだった。


 トンネルの中から漂う臭いは生臭く干上がりかけた磯溜まりのような、しかしそれよりもきつい臭いがした。


 「みなさん、ここが噂の某廃トンネルです。外観感はコンクリートですね、大きさは三メートルぐらい? うわ至る所ボロボロだそれに、うぇっなんか臭い……えっ!今なんか音した!?」


 とぽん、と水音が聞こえ十里はカメラと共に水音の方へ振り返るが暗闇には何も見えず、マイクには波音だけが吸い込まれる、先程までギャアと鳴いていた鳥の声すらも聞こえず不気味な静寂がそこにはあった。


「……気のせいかな? えっなんか怖いんだけど……」


 ありきたりな反応をしてしまったが、撮れ高にはなったそんな邪な考えが十里の頭に過り恐怖を少し塗りつぶす。


 こんなことをしていたらいつかはバチが当たって呪われてしまうんじゃなかろうか、そんなことも考えたことはある。


 十里はそれでも配信はやめられなかった、悩み工夫し努力すると少しづつ増えていくチャンネル登録者、チャンネルの常連になってくれた人のコメント、それが嬉しかったし充実感も感じた。


 そして十里は何よりもオカルトが好きだった、それを共有できる場が手が届く距離に有り皆が喜んでくれるのは十里にとっての幸せだ。


 今回のオカルトスポットもそんな視聴者さんからの情報をもとに来ている。


 下見したデータでは廃トンネルは全長が約五十メートル幅も高さも三メートル程でそれ程大きくはない、土砂が崩れで片方の出入り口が埋まってしまっているらしい。

 

 この岩山の向こう側には廃港があり昔は小さな漁村も港の近くにあったが、今は漁村も廃村になっていてその漁村の漁師たちはほぼ皆が新しい港の近くに移り住んだと言われている。


 旧トンネルの紹介と漁村の話は後で素材作って文字で説明しようかな、そっちの方が見やすいし演出も盛れそうだ、そんなことを考えるのは恐怖を他の考えや感情で薄めて出来るだけ平常心でいようとしているからだ、猫のお守りをぎゅっと握り意を決する。


 秋も終わりに差し掛かり枯れた植物に彩られる旧トンネルの入口をくぐり中に入ると、トンネルの中は生暖く肌に張り付く湿度と臭気に満ちていた。

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