夜雨
横でユキが寝ている。僕は眠れない。僕はユキの隣にいることができて確かに嬉しいが、何か違和感がある。自分がユキに依存しそうで怖いのかもしれない。
天井の常夜灯を見つめる。黒いシミがいくつか見える。虫の死骸だろうか。あ、今跳ねた?いや、気のせいか。
僕はトイレに行った。すると猫がトイレの中に入ってきた。そして僕の足に頭をこすりつけた。だいぶ心を許してくれたみたいだ。僕は面白がってトイレの扉を閉め、電気を消した。外は静かだ。真っ暗なトイレの狭い個室。ギリギリ寝転がれるくらいの狭さだ。真っ暗だから自分が猫なのか人間なのかも分からなくなる。世界がこの狭い個室だけだったらどれほど良かっただろうと僕は思った。僕も猫もお腹が空かない設定にしよう。猫が扉をトントンと叩いた。出たがっているようだ。僕は扉を開けた。
僕はとにかくどこかへ行きたいと思った。ざわざわして眠れそうもなかったのだ。ユキが寝ている寝室に戻り、携帯を手に取った。SNSではたくさんの友達が、それぞれの笑顔をこちらに向けている。やっぱり携帯は置いていこうと僕は思った。
財布と飲み物をリュックに入れ、僕はそっと家を出た。時刻はちょうど深夜1時。あてもなく僕は歩き出した。周りの家の電気も消えている。なんだか世界に取り残された気分だ。ねえ、みんな。昼間あれだけ大騒ぎしてたじゃないか。戦争がどうとか、あの事件がどうとか。もうどうでもよくなったの?どうやら皆それぞれの楽屋に戻っているみたいだ。演者も観客もいない舞台に一人だけ残された気がした。結局ぐるっと周っただけで、僕は家に戻ってきた。もう少し遠くへ行きたいと思い、僕は原付に乗った。ユキのお母さんが譲ってくれた原付だ。
走っている途中、少しずつ雨が降り始めた。やっぱりか、と僕は思った。そして、一旦停まり、リュックからカッパを出して着た。そしてまた走り続けた。1時間ほど走らせて、僕は山の中にある川に到着した。到着したころには大雨になっていた。原付、川面、草、カッパにそれぞれ雨が当たっている。その全ての音が同時に聞こえる。特にカッパに当たる音が大きい。川は荒れている。僕はカッパも服も脱ぎ、パンツ一丁になって川に飛び込んだ。川にはいくつも渦巻ができている。そのうちの一つに巻き込まれた。その川は思ったより深かった。すごい威力で渦巻は僕を下へ引き込んだ。怖かったが、僕の微力では抵抗できなかった。そして僕は力を抜いた。川底まで引き込まれると、今度は渦巻は、僕を追い出した。渦巻の性質上そのようになっていたのだ。川で遊ぶというのはこんなにも楽しいのかと僕は驚いた。世界なんかないじゃないかと川底で僕は思った。
さまざまな渦巻と戯れていると、空が少し明るくなっているのに気が付いた。どれほど遊んでいたのだろう。僕は川を出た。まだ少し雨が降っている。様々な種類の鳥が飛び交っている。雀や鳩、カラスもいる。あれはイソヒヨドリか?鳥の楽園みたいだと僕は思った。一羽の雀が少し背の高い草のてっぺんにちょこんと乗った。するとその草は撓い、草のてっぺんが地面に付くと雀はどてっと転んだ。そしてもう一度雀は草のてっぺんに登った。するとまた草が撓って雀がどてっと転んだ。もう一度雀は草のてっぺんに登った。この世界に漂う微妙な祝祭のムードを僕は感じた。
このページの「祝祭について」の項目からインスパイアされて書きました。
https://www.osho.com/ja/highlights-of-oshos-world/osho-on-celebration-quotes