こう言うバッテリーが欲しかった
「おっけー、ナイバッチ!次も続いてこう!」
3塁側ベンチの選手が乗り出し気味に味方の打線を鼓舞している。
場面は9回表ノーアウトランナー満塁となっていた。
肝心のスコアは15-2。
昨年の夏の甲子園準優勝校と昨年の県大会ベスト4のチームの練習試合。
大体の人の予想はスコアだけ見れば、甲子園の準優勝校が圧倒的リードしている展開だと思われるだろうが、現実は逆だ。
信じられないのかもしれないが其れが事実なのである。
尚、現在攻めている高校は県大会ベスト4のチーム。
更に点差を広げられる可能性が高いピンチだ。
「江戸川さん、すみません、俺のリードが悪くて捉えられていました。ボールは来ているので、本番の調整しましょう」
大城はマウンドにいる江戸川に声を掛けに行っていた。
「そうだな……でも、正直、抑えられる自信ないわ。このチームと県大会当たりたくねえ」
「ですね、まあ、でも、ここで息を吹き返したような投球出来れば、相手としては嫌な感じで終わります。県大会で当たっても効くと思うんですよね。頑張りましょう!」
そういうと大城は江戸川の胸に軽くグローブで叩いて、定位置に戻り、アウトローに構える。
声かけられた後の1球目、アウトローに投げる予定だったがインハイにボールが抜けると高い打球音が鳴り響き、気付くとボールはレフトスタンドへと消えていた。
グランドスラムを浴びせられた。
その後も3点追加されるも、3つのアウトを何とかもぎ取った。
21-2、点差は絶望的だがそれでも反撃しようと試みるも残念乍、三振、ショートフライ、最後はキャッチャーフライの内容で三者凡退でゲームが閉まる。
到底、昨年の夏に準優勝したチームとは思えない。
あの夏以降、チームは秋の大会県大会で2回戦で敗退、春の県大会も2回戦での敗退。
その結果を受けて、今夏の県大会の前評判はランクは最低のCが多い。
ただ備考欄には昨年の夏以降出場がない佐々木の名前が載っており、佐々木が居ればB~Aと予想されている。
その筈だろう。
昨年の夏のエースの成績は県大会、甲子園のマウンドの合計9試合を投げ75イニング3失点、62奪三振、6勝、防御率は驚異の0.36と支配的だったのだ。
然し、現状を知るものは期待している者は居なかった。
そして、打撃もよく打率4割を超え、本塁打も4本放っている。
更には彼が打つと投げるとチームに勢いをもたらす絶対的支柱でもあった。
期待はしていないが望む者は大きく居る、特に望む者は共に打者に挑んできた大城なのである。
「大城、佐々木は最近どうだ?」
監督である原 茂雄はグラウンド整備している大城に声を掛ける。
「そうですね、野球の事以外は元気にしてますよ」
「野球以外……か。やっぱり復帰は難しそうだよな。復帰しても時間的に厳しいだろうが今の現状を考えると喉が手が出る程、彼が欲しいね」
「彼奴なら時間は何とかなりそうですけど……大丈夫です、俺が何とか戻してみます。俺が1番彼奴があの一際高く盛られている場所に……俺の視線の先に彼奴が居てほしいって思ってますから」
「ふ……こう言うバッテリーをずっと欲しかった、お前さん達と出逢えて良かった、お前さん達が持っている侍魂をもう1度見せてくれよ。宜しく、大城」
大城の言葉を聞くと、険しかった原の顔に笑みが溢れ、大城の背中を叩いて、上機嫌に去っていく。
「お前も監督も……何でそんなこっ恥ずかしい事言えるんだよ」
原が去っていた大城の元にボールを持った佐々木が現れる。
「なんだ、遂に戻る気になったのか?其れなら俺の仕事がひとつ減って助かるんだけど」
大城は1度視線を佐々木の所に向けるも視線を地面に戻し、整備を続ける。
「いーや、俺が外野席で昼寝している時にボールがこっちに来てたから返そうかと」
「其れはどうも……外野席で昼寝するって事はやっぱり気持ちはあるんだろ?」
「有ってもしょうがねえじゃん、投げられないんじゃ意味ねえよ」
「お前はまずは投げなくて良いんだよ、お前が居るだけで勝てる気がすんだよ。お前が投げなくても、大事な場面で打席に立つだけでもチームは変わる」
「そんな人任せにされても、一人が抜けるだけで駄目になるチームはチームじゃねえよ。そんなもん。其れに打撃の前に投手陣だろ、今日酷かったじゃん」
佐々木の発言に動作を止めて、その通りと言わんばかりに苦笑浮かべ乍佐々木の顔を見る。
「間違いないな……これから先、どうするかな」
「まあ、頑張れよ。そろそろけじめとしてちゃんと退部届を出……なんだよ?」
佐々木が踵を返し、帰ろうとするも大城が腕を掴み、佐々木の歩みを止める。
「なあ、大輔。昔から賭け事好きだったよな。俺といつも賭けていた。だから今回も賭けようぜ、俺達は1週間後に上田東と練習試合がある。その試合に俺がホームラン打って、試合に勝ったら戻ってこいよ。それでホームラン打たなかったり、負けたら、どちらかでも出来なかったら止めねえよ。そん時は好きにしな」
「おいおい……御免だね、戻っても何も出来ずに笑い者になるのは嫌だろ。其れに去年決勝で俺達と戦って、秋の全国、選抜に行った上田東だぜ。今のうちで考えたら夢の世界だろそんなん」
佐々木は呆れたように笑う。
「だったら良いじゃねえか?そんな上田東にホームラン打って勝ったご褒美としてって事で。其れに俺達の中で逃げるってのはねえだろ」
「あー、はいはい。分かったよ。しょうがないから受けてやるよ」
佐々木は溜息つくと何言っても無駄と諦めたようで、大城の提案を了承する。
「乗ってくれると思ったよ、お前なら」
大城は手を離して、にっと笑う。
「乗ってねえよ、乗らされたんだ」
「細かい事は良いだろ。じゃあ、俺は戻るわ」
大城はトンボを片しに行く。
困った奴だなと呟き乍佐々木もグラウンドを後にする。
そして帰宅して気付く、ボールを返し忘れたと。