過去のお話
カキーン、硬球の野球ボールが金属バットが当たる、野球をやっている者だったら音だけでその様子が頭に浮かぶのだろう。独特な音がグランドから部員達の声と共に聞こえる。
野球部の練習をフェンス越しに眺める制服姿の男がいた。
彼もまた"未だ"野球部員である。
去年の夏、1年生乍甲子園のマウンドに背番号1を着けて登場していたのだ。
決勝戦で投げるも1-0で9回裏2アウト、ランナー3塁の場面で相手は4番で今春から国内最高峰の世界へドラフト1位で羽ばたく男だった。カウントは3-2のフルカウント。この試合を観ている誰もが注目する1球、独特の金属音がなると直ぐに鈍い音が聞こえる。そう、後にプロとなる4番の打球が背番号1を着けた男の右肩へと当たっていたのだ。思わず倒れて蹲る。3塁ランナーはホームに悠々と戻り、ショートは慌ててボールを取りに行くも一塁に間に合う筈がない。
当然、投手の交代である。
代わった投手は背番号10を着けた3年左腕の投手、前の年の秋、つまりはエースが入学してくる前のエースがマウンドに上がった。
彼も成績は悪くない、悪くなかったのだ。
地方大会に3試合投げて22イニング防御率2.03、10奪三振。
甲子園のマウンドでも2試合投げ15イニング防御率0.00だった。
1年生乍エース張った男とチームの左右二枚看板だった。
前エースが次の打者に投げた3球目、滞空時間の長い打球はセンターの後ろ、バックスクリーンへと綺麗に放り込まれた。
前エースはマウンドで泣き崩れ、捕手は自身も涙を浮かべながら前エースを慰めに行く。
片やホーム周辺では歓喜の輪が作られていた。
そんな様子を治療室で知ったエースは様々な感情が溢れ、彼もまた涙を流していた。
もう1人の当事者である男は歓喜の輪に居ても顔は笑っては居なかった。
試合後に病院へ行き、診断受けた結果は右肩の粉砕骨折。
粉砕骨折になると状況にもよるが全治半年から1年程かかるらしい。
そこから通常の投球に戻ると考えると1年程になる可能性がある。
治り具合が酷ければ、もっとかかるとの事だ。
現時点でエースの復帰はしていない。そう現在は制服を来ているのである。
怪我人でもユニフォーム着てグランドに姿を現れてもおかしくないが彼は制服を来ていてグランドにも立って居ないのだ。
「野球観ているなんてね、其れだけ回復したって事かな」
黒の長髪の背が小さめの女子生徒がグランドを眺めていた男子生徒を話し掛ける。
「回復?そんなもん、2ヶ月前には治ったよ」
「うん、知ってるよ。そのぐらい。私が言っているのは、メンタルの話だよ。メンタル」
「メンタルねえ……どうだろ、今でも投げようとすると怖くなって途中で動作を止めちまうんだよな。なんかあの時さ、あ、終わったって思ったんだよ。復帰出来ると知って喜んで、治ったと思ってまともに投げられなかった時心折れた。ああいう事を言うんだな、心が折れたってさ」
肩を擦りながら視線を下げる男子生徒。
「当時もそう言っていたよね、ただ2ヶ月前は野球どころかボールも見れなかったじゃない」
女子生徒は笑顔で頭を撫でようとするも背が小さく彼の頭に手が届かない。頑張ってつま先を立て背伸びしても届かない。
そんな様子を見ると男子生徒はクスッと笑う。
「届かない癖に頭を撫でようとすんなよ。チビ。無理すんな」
「はあ!?私が折角慰めてあげようと思ったのに!何さ!」
「良いか?翼、頭を撫でるのはこうするんだよ」
女子生徒が頬膨らませ怒っていると表現すると男子生徒は頭を撫でてからかい、自身のクラスへと向かう。
「え……ちょ……っ……勝手に私の頭を撫でるな!」
一瞬撫でられたことに頬を赤らめて驚く。我に返ると再び怒り乍彼の後を追う。
2人の去り際見掛けたフェンス越しのグランドに居た男が呟く。
「早く帰ってこいよ、大輔」
「おーい、悠介、早く戻ってこいよ。早くしないとホームルームの時間に間に合わないぞ」
「はい!すみません!」
グランドの置くから他の部員から呼ばれ、大城は部員が集まる場所へ走る。