ギリシャ神話詩『アプロディテ讃歌』
世界の神話伝説や歴史を題材にした詩、まさかの第9弾。アポロン、ゼウスに続いて、今回はギリシャ神話の愛と美の女神アプロディテを讃えます! このシリーズ、前回で打ち止めにしたつもりだったのですが、隙間時間に少しずつ詩のフレーズを考え、書き溜めていたら、いつの間にか新作が出来上がっていました。せっかくなので公開させていただきます。
詩女神よ歌え、オリュンポスの峰に座し、
この世見はるかす神々の一柱、愛の女神アプロディテ、
その美々しさたたえる讃歌を。
太古の昔、大地の女神と天空の神交わりて、
両者の間に生まれし巨神族の一人、狡知のクロノス大鎌振るい、
己が父たるウラノス倒し、世界の王座を奪いし折に、
波打ち、しぶく海の、泡より生まれしアプロディテ。
一糸まとわぬ姿の御身、水面に浮かびし貝殻に乗り、
西風に吹かれて波間を旅し、
たどり着きたり、銅産する島キュプロスの、白波寄せる浜辺へと。
出迎えたるは季節の女神たち、
この世に春、夏、冬をもたらす三姉妹。
そのうち一人が進み出て、緋色の長衣大きく広げ、
包み隠したり、御身の裸形。
かくて神々に迎えられしアプロディテ、
やがて天へと昇り、訪ねたり――諸神まします高き峰、オリュンポスの頂を。
神々統べるクロノスの御子、ゼウスの宮殿訪ねし御身、
その輝かしき美々しさに、雲を集め、雷走らせるゼウスをはじめ、
男神たちは皆息を吞み、一様に目を見張る。
遠矢射る君アポロンも、狡知に長けたるヘルメスも胸ときめかせ、
大地揺るがすポセイドンもまた玉座より、思わず身をば乗り出したり。
片や、牝牛の目をしたヘラや、梟の眼持つアテナ――
女神たちはめいめい、眉根を寄せて唇を噛む。
胸の内に黒々と、湧き上がりたる嫉妬のあまり。
さて、クロノスの御子が命により、
御身が夫となりしは鍛冶の神、煤けた顔のヘパイストス。
されど、おおアプロディテ、御身は天の鍛冶屋に早々と飽き、
夫が兄なる戦神、猛き美男子アレスを見初め、不義なる逢瀬を重ねたり。
ヘパイストスが憤り、魔法の網もて二人を捕らえ、
諸神の前に晒すとも、御身はいっかな恥じらわず、
その後も次々相手を変えて、数々の浮き名を流したり。
おおアプロディテ、我ら今、
御身の美々しきその姿、翼ある言葉もて、かく表さん。
東方の絹さながらに艶めいて、背を流れる黄金の御髪。
瞳は凪の海と同じ色。見る者惹きつけ、吸い込むような深き青。
肌の滑らかなること象牙のごとく、真白なること真珠のごとし。
されど頬はほのかに赤みを帯びて、薔薇石英の輝き放つ。
御身が歩めばその後に、たちまち芽を吹き、
咲き乱れるは、燃ゆるがごとき大輪の薔薇。
歩みに合わせ、揺れる胸のふくらみは、たわわに実りし林檎か、無花果か。
おお、笑み愛づるアプロディテ、
恋する者たちの守護者、新たな命の種蒔く女神。
我ら死すべき定めの人間の子ら、神々への崇敬忘れ果て、
互いに憎み合う今の世に、どうか示したまえよ、御身が力。
今こそ知らしめたまえ――叡知のプロメテウスが土こねて、
つくりしときより今日まで、懲りることなく、飽きもせず、
愚かな戦神の所業を繰り返す、学ぶことなき人間に。
命奪い去るアレスも敵わざる、この世で最も強き力は何か?
その答えはただ一つ――命生み出すアプロディテ、御身の力に他ならず。
愛こそ、すべてに勝る力なり。