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イヤホン

作者: 深海聡

 ラジオに、耳を近付け過ぎてはいけません。

 そう注意された理由は、何だっただろう。

 私はイヤホンから流れ続ける無駄に陽気な調子のパーソナリティの声を聞き流しながら、ぼんやりと思った。

 普段から電車の中で音楽を聞いているノリで、ラジオアプリをダウンロードして聞き始めたのが夜の10時は回っていたと思う。

 どこから放送しているのかは分からないが、こんな深夜にパーソナリティもご苦労様なことだと、唇を歪める。

 娯楽は、消費されるものになりつつある。

 私たちは誰もかれも、消しゴムみたいに無造作に使い潰されて、すり減ってちびたものから捨てられていく。

 それなりの展望とか、願望とか、そういうものがあって就職したはずなのだ。

 それでも、いつの間にか組織の理不尽に潰されていく。

 こんな深夜に生放送とか、何年も続けたら誰だって体を壊してしまう。

 嫌な予想に息苦しくなる。

 頑張れ、もっと働け、きちんとしろ、優秀な歯車になれと急き立てる声が聞こえる。


『努力が足りないんじゃない?』


 不意に耳元でささやかれた気がした。

 その声は、聞き覚えのあるような、知らない誰かの声のような、とても不思議な感じがした。

 思い描いた未来に立つことが出来ない自分が、ひどくちっぽけで無価値だと思う。

 嫌なことを忘れたくて聞き始めたはずなのに、より一層暗い方へと思考が引っ張られていく。

 いつも使っている音楽アプリがメンテナンスだったりとか、今日に限って嫌なことが山積みで眠れなくなったりとか、そんな偶然が重なり合わなければラジオなんて聞かなかった。

 すでに鬼籍に入ってしまった祖母はラジオがなければ眠れないと常々言って、よくイヤホンで聞いていたけれど。

 そうだ。

 思い返せば、祖父が亡くなってから祖母はずっとラジオばかり聞いていた。

 真夜中に、真っ暗な部屋で、ずっと。

 妙なことを言っていた。

 ノイズしか流れていないはずの放送時間が終わった後のラジオを止めようとしたら。


『今、大事なことを言ってたのに消しちゃダメでしょ!』


 怒った祖母の剣幕と、焦点が合っていない目が今も焼き付いている。

 ちょっとボケの兆候が強まっていたのもあって、さして気に留めていなかったけれど。

 あれは、祖母が亡くなる2,3日前のことだった気がする。

 就寝中に亡くなった祖母の枕元には、イヤホンがついて電源が入ったままのラジオが転がっていて。

 ゾクッとして、思わずイヤホンを外す。


「え……嘘。嘘でしょ?」


 イヤホンが外れた私の耳には、外した拍子にジャックが抜けてしまったスマホと、放送終了の表示が出ているラジオ。

 確かに、今の今までラジオは何か放送していたはずだ。

 耳がいいのだけは自慢だから、間違いないはずだ。

 信じられない思いで、ジャックを差し込んでイヤホンをはめる。


「あ、やっぱり」


 僅かなノイズに混じって、小さな音が聞こえる。

 おかしいな、さっきまではもうちょっと聞き取りやすかったはずなのに。

 眉を寄せた私は、次の瞬間思わずスマホを取り落とした。


『…ばいいのに。……か、意味…て…いのに。……え。ゴミ…が…消え……』


 ささやくように流れ続けているのは、さっき聞いたはずのパーソナリティーの声に似ているような気がした。




 翌朝、ネットニュースにあるラジオパーソナリティーの訃報と、その人の熱心なリスナーと思われる人たちの死亡が載った。

 すぐに削除されたその記事は、なぜかネットのどこでも取り上げられることなく不気味なほどの静寂を保っていて。

 私は、あれからラジオアプリを削除した。

 そして、イヤホンで何かを聞くのをやめた。

 だって、同じラジオアプリを聞いていたはずの、私にあのアプリを勧めたはずの友人は、あっけらかんとそんなものは聞いていないと笑い飛ばし。

 その子は、イヤホンを使わずにスピーカーで聞いていたらしいからだ。

 どうか、気を付けてほしい。

 そのイヤホンで拾うささやきは、聞こえない、聞いてはいけない、そんな何かかもしれない。

 そして、それを聞いてしまったら、あなたは。

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