3話「俺が廃太子?!」王太子視点・ざまぁ回
――王太子べナット・ブリッツ・サイド――
「べナット、お前を廃太子する。王族の戸籍から名前を抹消し、北の塔に幽閉処分とする」
アリーゼ・バイスとの婚約を破棄した一カ月後、俺は父上に謁見の間に呼び出された。
謁見の間で父から廃太子すると言われ、俺は衝撃を受けた。
父は穏やかだが決意のこもった目をしていた。国王が謁見の間で「廃太子する」と言ったのだ。
その決定が覆ることはないだろう。
それでも俺は抗議せずにはよらなかった。
「父上! 俺は長子ですよ! しかも父上には他に子供はいないのですよ! その俺を廃太子するのですか?! 王族の名簿から名前を削除した上に北の塔に幽閉するなんてあんまりです! お考えなおしください!」
今ここで抗議しなければ、俺は二度と父に会うことはできないだろう。
今父を説得できるかどうかに、俺のその後の人生の全てがかかっている。
「そのとおりだ。余にはお前しか子供がいない。王妃には十年間子が出来なかった。なので五人の側妃を娶った。そして側妃の一人、子爵家出身のマディがお前を生んだ。他の側妃は子を宿すことはなかった。その意味が分かるか?」
俺は唯一の王子だが正妃の子ではない。そのことが俺ただ一つの欠点と言ってもいい。
「俺はやっと授かった大切な王子ということでしょう?」
俺の問いかけに父は静かに首を横に振った。
「違う。お前の母親は力のない子爵家の出身だということだ」
父の口調は穏やかだったが、目には力がこもっていた。
彼の表情はどこか悲しげで、それでいてもうどうしようもないという諦めも見えた。
「父上、それはどういう意味でしょうか?」
確かに俺の母親は子爵家の出身だ。
俺の元婚約者のアリーゼは、両親との高位貴族の出身だった。
それが癪に触って、あいつにいつも見下されてるような気がして、あいつのことは昔から嫌いだった。
「母親の実家に力がないゆえ、最も力のある貴族のバイス公爵家の長女とお前を婚約させた。全てはお前を王太子にするためにしたことだ。それなのにお前はミュルべ男爵令嬢と浮気した揚げ句、アリーゼに冤罪を着せ人前で断罪した」
「だって、レニがアリーゼにいじめられたって言ったから……まさか全部レニの嘘だったなんて……」
あの可愛らしいレニが嘘をつくなんて、夢にも思わなかった。
レニは俺の悩みを聞いてくれた。いつも俺を励ましてくれた。
俺にとってレニはひだまりだった。彼女といる時だけ俺は素の自分でいられた。
だから彼女に「バイス公爵令嬢に虐められてるんです!」と泣き疲れた時、アリーゼのことが余計に許せなかったんだ。
「そなた、レニ・ミュルべ男爵令嬢との付き合いは何年になる?」
「入学式に迷子になっていたレニを、俺が助けたのが縁で付き合い始めたました。なので彼女との付き合いは約一年になります」
「では、アリーゼ・バイス公爵令嬢との付き合いは何年になる?」
「俺の五歳の誕生日パーティーで出会って、十歳で婚約したので、出会って十一年、婚約して六年です」
「つまりお前は婚約者がいるのにも関わらず、出会ったばかりの女と浮気した。付き合いの浅い浮気相手の言葉を鵜呑みにし、事実確認もせず、長年の付き合いがあるアリーゼを一方的に断じた、そういうことだな」
父がまっすぐに俺を見ていた。父の顔にはお前には失望したと書いてあるような気がした。
「そんな言い方……しなくても」
そんな言い方されたら傷つく。
出会ってからの長さなんて関係ない。
大事なのは密度だ。
俺はレニと出会って一年しか経っていないが、その間彼女と過ごした時間はアリーゼと過ごした時間の何倍も濃密だった。
「こたびの一件で、バイス公爵はお前の元を離れ王弟派に与した」
「はっ?」
父に言われた言葉をするのに時間がかかった。
バイス公爵に見捨てられると思わなかった。
ちょっと娘に冤罪をかけただけなのに、公爵は俺を裏切り弟についたというのか?
「分かりました。公爵に謝ればいいんですよね? アリーゼとバイス公爵に頭を下げて、アリーゼに婚約者に戻ってもらいます。気は進みませんが、こうなっては仕方ありません」
適当に謝罪してアリーゼを王妃にして、アリーゼには仕事だけさせればいい。
それでレニを側室にして、レニといちゃいちゃしながら遊んで暮らそう、我ながら名案だ!
「愚か者! もはや手遅れだ! バイス公爵は王太子派に与していた貴族を全て引き連れて王弟派についたのだ! お前がバイス公爵とアリーゼに土下座して謝ったところで、バイス公爵は二度とお前の派閥には戻っては来ない! アリーゼがお前の婚約者になることもない!!」
普段温厚な父上が声を荒げたことに俺は驚愕していた。
それよりも彼が話した内容にもっと驚いていた。
「えっ?」
バイス公爵以外の貴族も叔父の派閥についた? バイス公爵は俺(王太子)の派閥に二度と戻って来ない? アリーゼが俺の婚約者になることもない?
「そんな 俺はこれからどうすれば……」
「馬鹿面して落胆している場合ではないぞ。お前の母親の身分は低く母方の実家はお前の後ろ盾にはならない。唯一の後ろ盾だったバイス公爵はお前を見限り王弟派についた。お前に残されているのは母親譲りのその美貌だけだ」
「ほへっ? 今褒められました?」
自分で言うのもなんだが、俺は母親譲りの赤い髪に赤い目の中性的な容姿の美少年だ。
父上は銀髪に紫眼でいかつい顔をしているので、俺は父上に全く似ていない。
「褒めていない。いつ王弟派が謀反を起こし王宮に乗り込んで来るか分からない状態だ。謀反が起これば民は動揺し、内政は乱れるだろう。諸外国に付け込まれる隙を与える訳にはいかぬ。お前を廃太子し、除籍した上、塔に幽閉するのが一番良い解決策なのだ」
父は目を細め、まっすぐ俺を見た。
彼の表情は父親のものではなく、国王として国を守ることを優先しているという顔だった。
「待ってください父上! 俺を支持する貴族もいます!」
「お前の側近をしていた三人と、お前の浮気相手のミュルべ男爵家と、学園の進級パーティーでお前の後ろで喚いていた下位貴族の子息の事を言っているのか?」
「そうです、あいつらなら俺の盾になってくれます」
「お前の側近は全員実家から勘当されたよ」
「えっ?」
「奴らは勘当されて当然だ。お前の浮気を放置し、お前の愚行を止めなかった。奴らの父親は弟や従兄弟に爵位を譲り隠居したよ」
「そんな……! 学園で俺を持てはやしていた下位貴族の令息たちは……?」
「王弟派には全ての上位貴族が与しておる。下位貴族では相手にならんよ。お前が味方だと思っていた下位貴族の令息たちはアリーゼの罪が冤罪だと分かるや否や皆勘当されたよ。彼らの父親は即日バイス公爵家に謝罪に行っている。全員バイス公爵に門前払いされたがな」
「ではレニは……!?」
「レニとかいう娘とミュルべ男爵は、公爵令嬢に冤罪を着せた罪で捕らえ処刑し、家を取り潰した」
「そんな! レニはもうこの世には……!」
父が冷徹に放った「処刑」という言葉が俺の脳裏から離れなかった。
俺は体中の筋肉に力が入らず、膝から崩れ落ちた。
「全て男爵令嬢のせいとは言わぬ。だが息子を廃太子する原因になった女とその親を、余は父親として許せなかった。とてもではないが生かしてはおけぬ」
父上は眉間にしわ寄せ奥歯をぎりっと噛みしめた。
普段穏やかな父が怒るのだから、よほどレニたちに腹を立てていたと見える。
俺にとってレニは最愛の人だったが、父にとって彼女は、俺をたらしこんだ性悪女だったのだろう。
「父上……! そんなに俺を廃太子することに心を痛めているなら、叔父上を討ちましょう! そうすれば……俺は」
俺は最後の希望を託しそう提案した。
「無駄だ。弟とその派閥の貴族の持つ私兵の数は城の近衛兵の数を上回っている。先ほども言ったであろう? 諸外国の動きも気になる時期だと、内乱を起こしてる場合ではないのだ!!」
父上に一喝されてしまった。
「衛兵! べナットを塔に連れていき幽閉せよ! 暴れるなら手荒に扱っても構わん!」
父上は国王の顔つきでそういった。
彼の目にも声にも、俺にかける温情は一ミリも 宿ってなかった。
「「承知いたしました!」」
父上が声をかけると、どこからともなく 衛兵が現れた。
「父上ーー!!」
泣き叫ぶ俺の両脇を、衛兵が押さえ、俺を玉座の間から連れ出した。
父上の顔を見るのはそれが最後になった。
「許せ、息子よ……」
父上が俺のいなくなったあと、玉座で涙を流していた事を俺は知らない。
俺は北の塔に幽閉された、いつ叔父上から毒杯が送られてきても不思議じゃない……そんな状態で正気を保つのは至難の業だ。俺は徐々に心を病んでいった。
思い出すのはレニの愛らしい顔だけ。可愛い女の子に恋して、その子の言うことを信じただけなのに……それがそんなに悪いことだったのだろうか? 俺には分からない。
俺は生まれる前から罪を犯していた事を、王になる資格すらないことを知るのは、叔父上から毒杯を賜るときだった。
そのときになってアリーゼに心から侘びたいと思っても、俺にはその資格も機会もなかった。
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