連載版・王太子に婚約破棄された公爵令嬢、父親から戦力外通告を受け修道院へ送られる〜修道院で待っていたのはもふもふ聖獣に溺愛される日々でした・完結

2話「父に修道院行きを命じられました」

パーティーの翌日、私の冤罪(えんざい)はあっさりと晴れました。

王太子の婚約者である私には王家の影がついておりました。

私の行動は全て国王陛下が把握していたのです。

私がミュルべ男爵令嬢の教科書やノートを破いたり、彼女を噴水に突き飛ばしたり、彼女を階段から突き落としたり、していないことが影の証言により証明されました。

第一、ミュルべ男爵令嬢とはクラスが違います。

私は自分で言うのもなんですが、殿下の婚約者なので目立ちます。

そんな私が、他クラスに行って、誰にも見つからないように、男爵令嬢の教科書やノートを破るのは不可能です。

殿下は、私とミュルべ男爵令嬢が以前から面識があったと思いこんでいましたが、私はあの日初めて彼女を目にしました。

あの日、パーティー会場で初めてお会いした方の教科書やノートを、私が破く理由がありません。

それから、王太子殿下は私が放課後ミュルべ男爵令嬢を噴水に突き飛ばしたり、階段から突き落としたりしていたとおっしゃいました。

ですが、私は授業が終わるとすぐ王宮に向かい王太子妃の教育を受けていました。

王太子妃の教育が終われば、王太子妃の仕事をこなし、それが終れば王太子殿下が出来なかった（やらなかった）仕事を片付けました。

私が仕事を終えて帰宅するのは、夜九時時を過ぎていました。

私には、放課後他クラスの令嬢を呼び出して、階段から突き落としたり、噴水に突き飛ばしたりする時間はないのです。

あの日私は、王太子殿下に婚約を破棄されましたが、ショックは受けておりません。

王太子殿下との婚約は王命によるもの。

私は王太子殿下に恋愛感情を抱いたことが一度もないのです。

そもそも貴族の結婚は家同士の結びつきですから、恋愛したいなど考えたこともありません。

殿下には婚約を破棄されましたが、また別の方の婚約者になればいいと思っています。

王太子殿下に婚約を破棄され、傷物にはなりましたが、私がバイス公爵家の長女という事実に変わりはありません。

公爵家と縁を結びたい貴族は、傷物の私でもお嫁にもらってくれるでしょう。

どんな殿方の元にも嫁ぐ準備はできていますわ。

私はバイス公爵家の長女として、父や公爵家の役に立つ生き方をする定めなのですから。

そう思っていたのですが……殿下と婚約破棄した翌日、父に執務室に呼ばれ、そこで聞かされた話は私の想像を超えるものでした。

「アリーゼ、お前は公爵家の長女として、お茶会に参加して何年になる」

「五歳のときからですから十一年です。お父様」

執務用の椅子に座る父は、眉間にしわを寄せ、口を固く結び、不機嫌なオーラを隠そうともしませんでした。

父は私と同じ銀色の髪、セルリアンブルー（わずかに緑がかった濃い空色）の瞳をしています。

「つまり、お前は五歳からお茶会に参加していたのにもかかわらず、パーティーで殿下から婚約破棄を突きつけられた時、味方になってくれる友達を一人も作れなかったということだな？」

「それは……」

「いくらお前が学園での勉強と王太子妃教育で忙しく学園の噂(うわさ)話に疎かったとしても、子供の頃に開かれたお茶会で友人を作っていれば、それとなく王太子の動向を教えてくれた者がいたはずだ。だが、お前は進級パーティーで王太子に断罪されるまで、王太子が浮気していた事にも気づかなかった。お前に王太子の動向を教える者の一人もいなかった」

父にそう言われ私は自分の行いを反省しました。

あの場で助けてくれるお友達がいなかったのは事実ですから。

「レニ・ミュルべという娘は男爵家の庶子だそうだ。男爵家に引き取られたのが二年前、学年に入ったのが一年前。貴族の世界に入って二年、本格的に貴族と交流を持ってたった一年で、大勢の貴族の令息を籠絡(ろうらく)し、王太子の側近を味方につけ、王太子の心を射止めた」

私は、進級パーティーでミュルべ男爵令嬢の後ろにいた王太子殿下の側近、大勢の下位貴族の令息たちの顔を思い浮かべました。

私が五歳からお茶会に参加しても得られなかった彼らの心を、ミュルべ男爵令嬢はたった一年で掴んだのですね。

彼女がもし高位貴族の家に生まれ、幼い頃からお茶会に参加していたら、大変なことになっていたかもしれません。

「お前はお茶会デビューして十一年、王太子の婚約者になって六年、いったい何をしていた？」

父は眉毛を寄せ、冷たい視線を私に向けました。

「申し訳ありません、お父様」

私は王太子殿下の婚約者になってから六年。

殿下とは何度もお茶会をご一緒したのに、彼のお心を得ることは出来ませんでした。

王太子妃教育や王太子妃と王太子殿下の仕事が忙しかった……と言うのは言い訳にはなりません。

「もういい。お前は社交界には向いていない修道院に行け」

父は残念なものを見る目で私を見て、吐き捨てるようにそう言いました。

「お父様、私はどこかの貴族の家に嫁ぐのではないのですか？」

父の思いがけない言葉に私の心臓はドキリと音を立てました。

まさか父の口から「修道院」という言葉が出てくるとは思いませんでした。

王太子殿下に人前で婚約破棄され傷者にされたとはいえ、私は腐ってもバイス公爵家の長子です。

まだ政治的な使い道はあるはずです。

「何度も言わせるな。お前は貴族社会での生活には向いていない。よってお前の修道院行きは決定事項だ」

父の目には硬い決意が宿っていました。

彼の考えを変えるのは無理そうです。

「はい……お父様」

私は政略結婚する価値もないと判断されたですね。

父に貴族として戦力外通告をされてしまいました。

☆

翌朝、私は少ない荷物をボストンバッグに詰められ、修道院行きの馬車に乗せられました。

父は見送りにも来てくださいませんでした。

彼は私が王太子殿下に婚約破棄されたことを、相当怒っているようです。