天地創造の神
あなたは、なにか明るい、暖かみのある空間にいた。見上げれば、どこまでも、どこまでも続く、雲一つない空色。足元は白銀に輝き、何もない虚空に、あなたは、ひとり、ポツンと立っていた。
あれだけのことを「やらかして」しまったのだから、当然、地獄行きだろうと思ったのだが、生前持っていた地獄のイメージとは随分異なる空間だ。
スーッと、あなたの前が人型になった。長い濡羽色の髪に漆黒の瞳。この世のものとも思えぬ、整った容姿。緋の袴に白い着物。巫女装束? 頭には金色に輝く冠を被っている。神様? 和風なのかっ。
「ああ、貴女、日本人だから和風にしてみたの」
「え? 神様? ですか? なんか軽いな?」
「あら。そうかしら? 神が厳粛な者であるなんて、誰が決めたの? 貴女らしくもない固定観念ね」
「いえ。それは……。って、私のことは全てご存知なんですよね?」
「ええ。もちろん。貴女、人を殺したから地獄に落ちるとでも思ったの?」
「まぁ、そうですけど」
「人標準としては合理的な考えの貴女もまだまだねぇ〜。いいこと、神は『人を殺してはいけない』なんて、一言も言ってないわ。『汝殺すなかれ』なんて、モーセの勘違いよ」
「ああ、確かに『殺してはいけない』は、旧約聖書のモーセの十戒として出てくるだけ。モーセ自身が考えたものではなく、神から授かったとされていますが、ちょっと疑わしい。本当に神の言葉なの? という疑問はありますね」
「その通り! ああ、そうだ。自己紹介が遅れたわ。ま、神様というのは、いろいろな世界で、いろんな名前で呼ばれているってこと。日本人の、貴女は、アマツカミとでも呼んで」
「天地創造の神?」
「そうね。宇宙を創り、その運用をクニツカミに任せる、みたいな?」
「ホント、その口調、軽いですよね。で、貴女が出てきたということは、私は転生するんですか? 最強とかで」
もちろん、あなたの頭には、異世界転生物のステレオタイプが浮かんでいた。だけど、なんだろう? 微妙な違和感。
「うーーん。転生というか転移? 最強と言えば、最強だけど、神様にも守秘義務というものがあって、詳しくは言えないの。ごめんね」
あなたの勘はとても鋭い。だから何となく分かってきた。どうも、嫌な予感がする。この神様、一筋縄では行かないような空気を纏っている気がする。
「話を戻すわ。殺すことについて、よく考えてごらんなさい。人は殺さなければ生きていけないでしょ? 神が人に殺すことを禁じたら、人類は飢えて滅亡するしかなくなるわ」
「聖書では、殺して食べてもいい家畜と、そうではない動物を区別しているのではないですか?」
「さすが。あなた、無用に教養があるわね。それは、人類の誤謬というか、思い上がり。人は、その形が神に似ているというだけ。特別な存在なんかじゃないわ」
うん。確かに。人類だけが特別という考え方は、クリスチャンではなかった、あなたにとってストンと落ちない。
「当然のことながら、私は人に、他の生物の支配権を与えた覚えもない。断じてよ。神からみて、全ての生物は平等に決まってるじゃない。モーセに私は『仲間』を殺してはいけない、と言っただけ」
「聖書はそのオリジナルから、人が自らに都合がいいように書き直した? そして、殺していいか否かは、集団内に限定されたルールでしかなく、普遍・絶対の倫理ではないと?」
「そういうこと。だから、貴女は善行を行ったとは思わないけど、特別、ひどい罪を犯したとも考えていないわ」
「ということは。私に、やり直しのチャンスをくれるのですね? ならば。ならば。一つだけお願いがあります」
「コータのことかな?」
「はい。どんな形でもいいんです。彼も転生して異世界で再会できるよう、お取り計らいを」
「それは。そのつもり。だけど、望みには対価が必要なの。いいかしら?」
これは……。
あなたの嫌な予感はますます高まった。だが、あなたの唯一の友。人間らしい感情が欠落している、あなたにとって、例外中の例外。これだけは、コータだけは譲れない!!
あなたは、覚悟を決めて言った。
「承知しました」
「今は、言えないけど、あなたを見込んで転生させていることは理解して。決して、あなたに恨みはないわ」
えええええ! この言い方、マジ、マジ、マジぃぃぃ!!! ちょっと、ちょっと待ってくれ!
これはヤバい、ヤバ過ぎる、とは思ったが、それすらも上回る異世界での現実。まさか、ここまでとは、さすがの、あなたも想像できなかった、わよね?
「じゃ、いってらっしゃい! 頑張ってねぇ♪」
「ちょ、ちょっとお……」
もう少し質問しておきたかった、あなただが、アマツカミが開いた虹色のカオスに吸い込まれて行った。
はい! 私、実は、天津神でしたぁ〜。日本の神話では、神々の総称ということなのだけど、あれは、神話、作り話。正確ではないわ。あらゆる宗教でいうところの、天地創造の神と思ってね。で、創るだけ創って、国津神に、「あとよろ」するわけ。いい加減? そんなこと、ないわよ。これでも大変なんだから。
異世界物、お決まりの神様登場パターンです。神様の言動、おいおい、とお思いになるかもしれませんが、どでしょ? 「人を殺してはいけない」の原点を求めると、やっぱり宗教に行き着くしかないと思うのです。だけど、十字軍ってなに? モーセの十戒は「仲間を」殺すのはNGとしただけじゃね? という意味です。
さらにいえば、撃墜王。英雄として語られることもありますが、トンデモな人殺しですよ? もちろん、良い事という立場ではありませんが、白黒、善悪と、単純には行かないのでは? そんな感じで全体が流れます。
後書きの最初の方で、アマツカミが言っている、天津神が国津神に「運用を任せる」というところ。神話の国譲りをイメージしていますが、先々への伏線です。天津神は創れるけれど、できた世界に直接的な干渉ができない。のです。