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あの女

 それはそれとして、さらに困ったことが、起きた。中学までは目立たず生きて来れたのだが、男子生徒に妙な人気を得てしまった、あなた。逆に女子には「男に媚を売る女」と見做されて敵意を向けられるようになっていた。


 おそらく男子は胸しか見ていない。自分の胸以外に興味はないはずだ。と、あなたは思っているけれど、実は、結構、可愛いわ。あ・な・た。


 超古典的手法、下駄箱にラブレターが入っていて呼び出されるなどということも、一回や二回ではなかった。


 シカトして揉め事になるのも避けたい。あなたは、律儀に呼び出しに答えて「ごめんなさい」を繰り返した。そう。あなたは、男子には興味がない。いや、そういう言い方は正確ではないだろう。


 あなたは、あらゆる「人の心」に興味がない。感情というものを理解することができない。人なんて、幼い頃に遊んだ着せ替え人形と大差ない。気に入らなければ、壊してしまっても問題ない存在だと思っている。


 高校二年生になったころ、あなたが、もっとも恐れていた事態が発生した。おそらく、男子に人気の、あなたに嫉妬したのだろう。スクールカースト最上位、地元某企業の社長の娘に目をつけられてしまった。いわゆる、友達を偽るいじめというやつだ。仲良しの振りをして、何かと行動を制約する。


 いつも一緒にいることを強要される。使いっ走りを「仲良しだからお願い」などと言われてやらされる。行きたくもない買い物やゲーセンに付き合わされる。孤独を友としていた、あなたには苦痛以外の何者でもない。


 それでいて、何らかのグループ活動をする際には、微妙に仲間外れにする。あの女の権力に恐れをなしているのだろう。今まで、やたら寄って来ていた男子も、あなたから距離を置くようになった。


 あの女はとても狡猾だ。ノートがなくなったり、落書きをされたり、ましてや暴力を受けたりなどという明示的ないじめは決して、しかけてこない。


 マウントをとり、ジワジワと心を痛めつけられる。食用牛のように「私の所有物」という烙印を押されたようだ。特殊な趣味を持つ人なら、そういうことを快楽と感じられるのかもしれないが、あなたは、残念ながらマゾヒストではない。


 だが、あなたがサイコであるという事実は、苦痛を和らげてくれていた。あなたは、他人に興味がないのと同様に、自身にも「興味」がない。苦痛を受けても、どこか他人事ように感じていた。


 元々、あなたには、全く道徳心がないというわけでもない。だから、サイコな自らの衝動を独自のルールで制御していた。


 なのに、彼女はいじめて「くれる」のだ。なら、加害者に対し、危害を加えることを許す免罪符をもらったと解釈した。だから、彼女にだけは何をしてもいいのだと。そういう別の意味でのちょっとした快感が、あなたにはあった。


「ああ、今日は焼きそばパンが、食べたいわ。ねぇ、菫、買って来てくれないかしら?」


「え、ええ……」


 あなたは、目を伏せ、おどおどした口調も、アカデミー賞を取れるぐらいに絶妙だ。いつものごとく、いじめられている弱者を演じている。だけど……。どうなの? 白状しなさいよ。


 そう、あなたには、黙ってパシリをやるようなメンタリティーなんてない。買ったパンにこっそり、除草剤を注射して渡している。こういうシュチュの「定番」なのだろうか、あの女は、妙に焼きそばパンが好きなのはとても助かっている。クリームパンなど味の薄いものだと、毒物が入っていることに気付かれるリスクが高まる。


 大量に入れると、急性中毒症状が出るので、容量を調整しつつ、ちょっとずつ、ちょっとずつ。


「なんだか、最近、疲れやすくて。髪がパサパサする気がするの」


「どうしたのかしら? まだ受験は来年だし、ストレスかも。ゆっくりした方がいいわ。彼氏と」


 あなたは、嘘をつくのが大得意。自分すら騙せるくらいに、だったわよね? この女には、政治家、といっても市議に過ぎないが、の息子の彼氏がいる。彼氏と二人になりたい時は、解放されることもあって、よいことだと思っていたのだが。


 人生万事塞翁が馬。本来、良いことと、悪いことは、交互に巡って来るものというのが普通だ。いや、(ことわざ)というものは、そう言って、人にいらぬ希望を持たせ絶望に落とすように、できているのかもしれない。災厄は連鎖し、人はさらなる深みに落ちる、ということの方が、現実には多いのではないだろうか。


 あの女は、あなたを自分の彼氏に会わせようとはしない。そりゃぁ、そうよね。あなたの方が断然可愛いのだから。だが、学校帰りに寄ったファストフード店。いつものごとく、強制的にお供させられている、あなた。


 全くの偶然。だけど、あなたにとっては、最低、最悪の出会い。その彼氏、あの男と鉢合わせしてしまった。


 そして、そうなるわよねぇ〜。品性卑しき、あの男は、あなたの体に興味を持ってしまったようだ。


 って。上品で遠回しな言い方をしてしまったわね。あなたの大きな胸に欲情した、とストレートに表現した方が正しいだろう。

 ノートがなくなるなどという、いじめも辛いけど。こうやって、心をいたぶるのは、とても陰湿よね。なかなか表に出てこなくて、周りも対処できなかったりするだろうし。いずれにしても、どうして、こう、人族ってヤナヤツなのかしら? 創った当人だろう? って。あはは。


 ということで。いじめも随分と調べたのですが、うーーん、なかなか難しい。あんまり描きすぎると、読んでてイヤな感じが強過ぎるでしょうし。だから、やられっぱなし、でもない、主人公、じゃなかった、あなた。

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[一言] 狡猾なイジメはいいですよね。 イジメと気づかないならそれでもいい的な。 露骨なのは、気分が悪くなります。 盾の勇者的な? それにしても市議の息子かぁ。面倒くさそうなの来たなー。 選挙の時…
[良い点] 5/5 >>> 実は、結構、可愛いわ。あ・な・た。  ここで胸の奥がじんわりします。 >>> そういう別の意味でのちょっとした快感が、あなたにはあった。  ここでも胸がじんわりしま…
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