プロローグ〜異世界娼館にて
〜はじめに神は天と地と魔法を創造された
神は、この世界のかたちに人を造られた
すなわち、学び考える者を、創造された〜
菫の伝承:第1章1節
The Lore of Violette:1-1
イタイ! イタイ! イタイィィィィ!!!!!
イッタァイ! イタイ!
いたぁぁぁいい!!!!
単位時間当たり「痛い」という言葉をどれだけ吐けるか? という世界選手権があるとすれば、おそらく、あなたは、ワールドレコードを出し、ダントツの世界一に輝くことだろう。
あなたの職業は、なりたくてなった、わけでもないと思うが、一応、娼婦なので、男に春を鬻ぐのは当然と言えばそう。だけど、あなたの職務は、ただセックスをしてお金を貰うというような「生やさしい」ものではない。
今、あなたが相手にしているのは、超とびっきりの変態野郎。それも、サディストなどと言うと、マルキ・ド・サドから名誉毀損で訴えられそうな、折り紙付きのスプラッターマニアだ。
今、一枚ずつ、爪を剥がされている。丁寧に手足の爪を剥がした後は、そのペンチで指を潰しにかかるのだろう。準備されている錐は、目潰し用に違いない。
「強制性交等罪」に規定されている違法行為をじっくり見てみてほしい。18禁ではないので具体的には書けないが、あなたは、法律ですら、想定していないような、ひどい目に遭っている。
今、あなたをレイプしている、この、でっぷりと太り、油ぎったオヤジ、ニンニクと煙草と酒をいい具合にブレンドして発酵させたような、体臭のするハゲは、罪一等を減じられてしまうだろう。
要は、一般的な娼婦が被るような「優しい」行為など、あなたは、こちらに来てからほとんど経験したことはない。なぜか? だって。それはね……。ねぇ〜。
二つ理由がある。
まず第一に、あなたのクラスがヒーラーだから。一般的なネトゲならパーティ絶必のクラスとして、三顧の礼をもって迎えられるはずのヒーラー。だが、この世界では、魔法を使うとその対価を要求される。魔法の贄という言い方の方がいいだろうか。
敵に与えたダメージを贄とし、その分、自身のHPを回復することができる。逆に、味方を癒してしまえば、自身がダメージを負う。小さな傷なら同等の痛み程度で済む、すなわち自身のHPが減少するだけ。
だが、怪我がひどい場合には、ヒーラー自身が相当の傷を負い、致死の傷を癒したら……。ヒーラーは……、死ぬ。
そして、第二に。あなたは、ありがたい神様の思し召しで「最強」の女としてこの世界に転生したから。
うん? 分からない?
不老不死不狂。最後の「不狂」というのが、最悪だ。こんな目に合っても、あなたはPTSDになるわけでもなく、その精神は無理矢理、平静に戻されてしまう。
この世界の理からすれば、その役割に、ほとんど意味のないヒーラーなんて、役立たず、最下層の人間であることは認識してほしい。だが、こんな劣悪な環境の娼館に売られたのには、もう少し理由がある。貧しい農村に生まれ、わずかな借金のカタとなった不幸な娘。そんな娘に、あなたは、転移してしまった。
自らの境遇を儚んで自殺した娘の体に、あなたの魂が入ったということだ。死んだはずの娘が墓から這い出てきたわけだ。そこで、あなたが不死であることもバレてしまった。もちろん、娘が背負ったことになっている借金は、あなたに引き継がれている。
娼館の業突くババアは、一日も早く借金を返せるようになどと言って、あなたに、変態客の相手をさせているということだ。当然、客の方は随分とお金を取られているようだが、あなたにはびた一文回ってこない。
あなたが死なないということは、餓死することもないのだが、あまり痩せ細ると娼婦としての見場が悪い、という理由で、犬程度の食事はもらっているはずの、あなた。
あ・な・た。ウフフフ……。
前世で、あなたは、事故という形で人生の幕を閉じたが、この世界では、それすらも許されない。
「神? いや、あいつはそう名乗ったが、悪魔じゃないのか? 分からない。全く理解できない。いったい、ヤツは何の目的で、私を転生させたんだ?」
と、あなたは思っている。不狂アビリティのせいからなのか、あるいは、元からの性格がそうさせているのかは知らないが、あなたは、今の状況よりも、神と名乗ったヤツの理不尽さに腹を立てている。
今度会ったら殺してやろうとは考えているが、あなたにとって「殺す」は、そんなに重いペナルティーではない。復讐などという「暖かみ」のある感情は、あなたにはない。
ない。ない。ない……。
ああ、今夜の客は、まだ素人なのだろう。娼婦を痛めつける快感に我を忘れたようだ。斧を取り出して、足を切断にかかった。太腿には大動脈がある。これを切れば、あっという間に失血死してしまう。あなたが死ねばプレイ終了。
「ふぅ。助かった……」
え? 不死なんじゃぁ? って?
不死という言い方は語弊があったかもしれない。あなたは一瞬だけ死んで、その後、何事もなかったように蘇生する。身も心もきれいにリセットされる。そういう意味での不死だ。
だけど、ひどい扱いを受けた記憶がなくなるわけではなく、いろいろな意味で、リセットされるのはかえって辛いと思っている。
ああ、そう言えば、今夜は、もう一人客を取らないといけなかった。次の客も、早々に、「殺して」くれるといいのだけれど、さてどうかな?
あっ、ハゲが斧を振り下ろしたようだ。あなたの意識は遠ざかり、漆黒の深淵に落ちて行った。