7✳︎竜神・後半
遅くなりました!本編完結話です。
他の話より長いですがそのまま投稿します(>人<;)
「リュンヌ、ただ今戻りました」
「うむ。大儀であった。癒しの方も礼を言う」
「恐れ入ります」
天馬の力で隠し部屋へと跳んできたリュンヌの癒しは、皇帝の治癒のみならず解毒までしてみせた。
そして巡礼から戻ったことを報告し、後をランドウィックに委ね、最後に水晶の檻から解放された俺を見る。
「ヌーベル様は竜気のお人形でしたのね」
「グルゥ……」
「道理でお美しいが過ぎると思いました」
ズバッと言われて、我ながら情けない声が漏れた。ぺたりと上体を伏せてリュンヌを見上げると、まっすぐに見つめてくる瞳にぶつかる。
「こんなに小さいのに寿命?」
小さい!?思わず尻尾がしゅんとする。
『その姿は卵から孵ってすぐの幼生だけど、竜神は八百年くらい生きてるよ』
「八百年……」
なぜかリュンヌは、天馬とも言葉を通じ合わせているようだ。
生意気な天馬を睨み付け、覚悟を決めてリュンヌに向き直る。ぎしぎしと軋む体に鞭打ち、四本の足をまっすぐに立てた。
幼生である姿は小型犬ほどの大きさしかないが、懸命に体を伸ばしてリュンヌに正対する。
『リュンヌ。今まで姿を偽っていたこと、心より詫びる。……嫌われると思って言えなかった』
頭を下げるとぱらぱらと鱗が落ちる。
ああ、なんて、情けない姿を晒しているのだろう。
できれば、ヌーベルの美しい姿のままリュンヌの記憶に残りたかった……こんな俺は嫌われても仕方ない。
「……ヌーベル様、とお呼びして良いのでしょうか」
リュンヌの手が優しく俺の体に触れ、温かい癒しの力が流れてくる。形代では感じられなかった感覚に胸が締め付けられる。
『リュンヌが嫌でなければ』
「嫌なわけがないでしょう。馬鹿ですか貴方は」
『っ、』
リュンヌが俺を抱き上げ、ぎゅうと抱きしめた。
小さな体はリュンヌの胸にすっぽりと収まってしまう。
「……だって、ずっと側にいてくれたでしょう」
『リュンヌ……』
「許さないのは……黙って死のうとしたことですっ」
近い場所で睨んでくる、リュンヌの目に浮かぶ涙がみるみる大きな玉になり、慌てる。
『すまぬ。もうしないから泣くのはやめてくれ……』
「本当に馬鹿ですね!もうしないって何をですか。泣かせたくないなら死なないでくださいよ!」
『だが、それが寿命だ』
「じゃあ泣きます!」
リュンヌの瞳からぽろぽろと零れる涙が、俺の体を濡らす。温かい。このまま、リュンヌの腕の中で死ねたら、なんて幸せだろうと考える。
『でも、ちょっと短くない?寿命』
「……え?」
天馬の言葉に、リュンヌが目を瞬いた。
『短いも長いも、寿命は個々のものだろう』
『うーん。そうじゃなくてさぁ。……竜神は命を供とする術を得ているだろう。そこの人間と』
天馬は畳んでいた翼を少しだけ広げて、皇帝を指し、気付いた皇帝が首を傾げる。
『ああ。代々の皇帝と命を共とする術がかけられている』
『うーん、その認識はちょっと違うみたい。わざと勘違いさせているのかもだけどね。
この術は共にする、でなく供する、ものだよ。よーするに、竜神が皇帝に一方的に差し出すってこと』
「命を一方的に差し出すって……そんなの奪われるのと同じだわ」
リュンヌの言葉に皇帝が目を丸くしているから、これにまでは伝わっていないことなのかもしれない。帝史を改竄するような国家だからな。
『その通りだねぇ。竜神の命の鎖に削られた痕が幾つか。数年ずつ程度ではあるけど、積もり積もって百年ぐらい?勝手に寿命を奪われてるみたい』
『……それは気付かなかったな』
「寿命を勝手に奪うだなんて」
酷い、と呟いたリュンヌに頰を寄せ、ささくれた鱗で傷付けないようにぎゅっと頭を押し付けた。
『そいつらの寿命が尽きれば俺の命も尽きるのだから、酷くはないだろう』
「そんな術かけること自体が酷いです!」
俺にしてみればリュンヌが泣くことの方が辛いが、何もできずに腕の中でただおろおろとする。
「ふむ。……ヌーベル、余に考えがある」
いつの間にやら近寄っていた皇帝が、顎を撫でながら口を挟んできた。リュンヌがびくりとして、俺の顔が皇帝に向くように抱き直した。
「一旦命の術を解き、対象を逆にしてかけ直す。そして余の寿命をもっていくが良い。代々が奪った分とは比べものにはなるまいが、番と共に過ごす時間の足しにはなろう」
「陛下!何を仰います!」
近衛長が目を剥くが、皇帝は肩をすくめて癒えた腹を撫でる。
「リュンヌがおらねばなかった命だ。リュンヌのために使っても良いだろう」
「ですが……」
皇帝の決意を全て知る近衛長は、止める言葉を失って唇を噛む。
その肩を、臣下として労うのではなく、友として力付けるように叩いた皇帝は、リュンヌに抱かれたままの俺の前に跪いた。
「竜神よ。この国の皇帝として、国と共に生きてくれた其方に報いることこそ、最後の務めだ」
俺を見上げ、皇帝はにっと笑う。
「ありがとう、友よ」
ーーーーーー
「ざまぁないな、クレセント」
「……っ、人外の、分際でッ」
顔色を失ったクレセントが、皇帝の錫杖を振り上げた。
「だからどうして二度も煽るんですか……」
「気分が良くて。このところ、思うように体が動かなかったからな。ようやくリュンヌを守れる」
二日ぶりの人形姿でサーベルを構えると、リュンヌの目がじわりと蕩けるのがわかる。
「惚れたか?」
「っ、楽しそうで何よりですっ」
睨み付けてくるリュンヌに笑みを向けると、その頰が赤く染まる。本当に可愛い。
「ヌーベル!貴方がいるべきはそんな娘のところではないわ!!」
俺のいい気分と、兵をかき分けて近づいて来るのは祈りの聖女。目が据わっていて正気とは思えない。
抱かれた男を割られたからか、クレセントの怒りに触れたからかは、知ったことではないが。
無視して視線をリュンヌに戻したが、それは俺の側までやってきてにやにやと笑っている。駄目だな、心が壊れている。
「竜の一族なのだから、竜の力を使える聖女である私に仕えるのが筋でしょう?私は祈りの」
「癒しを」
祈りの聖女を遮って、リュンヌが唱えた。
「なっ、なにをしたの!?私のお腹の子っ……」
祈りの聖女の体を癒しが包み、一瞬でその目に理性が戻る。戻った瞬間にリュンヌを責めるとは……。
なぜこれのために?とリュンヌを見ると、目に見えてぷんすか怒っていた。
「だから、癒しました。妊婦のお腹を殴るなんて酷い」
「痛みが……消えたわ」
「言っときますけど、皇女様とお腹の子のために今回だけ特別に、ですからね?許したわけじゃないですから!」
「リュンヌ……?」
「……私達だって、誰かに助けられて生きてきたわけじゃないですか。理由は打算だったかもしれないし、感謝なんてしたくもないけど、それでも」
唖然とした顔でリュンヌを見る祈りの聖女。お前にリュンヌの優しい気持ちは理解できまいな。
「リュンヌ……そうよね。私の祈りは皆を救って」
「フルム様には救われてないです。言葉通じてます?ほんとそういうとこ嫌いです、フルム様」
「嫌い!?私のことを、嫌いですって!?」
「なんで嫌われてないとか思うんですか。馬鹿ですか」
「酷いわ!リュンヌのくせに!」
……時間の無駄だな。
子供のように言い争う二人を放って、腕を振り上げたまま戸惑うクレセントに向き直った。
「クレセント。先帝陛下を弑した罪を償え」
「なっ、なにを……っ!」
うんざりしていたせいもあって包み隠さず伝えると、バレていると思いもしなかったのか、指摘されて目を剥くクレセントに辺りが大きくざわめいた。
「先帝陛下を弑し奉っただと!?」
「馬鹿な、皇帝殺しは一族郎党皆殺しだ!皇女殿下まで」
「待て、皇女殿下は殿下の御子では……」
「だがそれでは、竜神との契約は」
混乱する辺りをぐるりと見回し、クレセントに目を戻す。蒼白な顔色は罪の在り処をこれでもかと示している。
「其方が執務室で陛下を殺して去った際、俺は隣室にいた。全て聞いていたぞ」
「……ち、違う!そうだ、こいつが、こいつが父上を刺したのを私のせいに!!」
兵からの疑惑の眼差しにクレセントは誰が見ても怪しく思えるほど狼狽え、ぷるぷる震える錫杖を私に向けて喚く。
ある者は愕然とし、ある者は迷うように視線を揺らす。
ちなみに、今から即位などとはクレセントの妄言で、戴冠すらしていない奴は皇帝ではない。だが、こいつは皇帝を継げる唯一の人間でもある。
「其方、本当になにも学んでおらぬのだな」
「まだ侮辱するか!私は知らぬ!父上は近衛長の留守に、お前に狙われたのだ!」
「確かにランドウィックは急な勅令で場を外していたが、なぜそれを其方が知っている?」
近衛長は常に皇帝の護衛についている。執務室に来なければ、留守であることはわからないはずなのだ。なにせ、その時は天馬で移動中なのだから。
「執務室を出ていくところを見たのだ!」
「それは陛下の危機に其方が執務室の近くにいたと言ったのと同義。それなのに何も異変に気付かなかったと?なんと愚鈍な」
「気付いた、私は気付いたぞ!呻き、苦しむ父上の声……刺した短剣に毒が塗ってあったのだろう!」
少し煽ったら簡単に食いついて、更に口を滑らせるクレセントに、俺は薄らと笑みを浮かべてみせると、決定的な質問を投げかけた。
「それを放置したと?そもそも、陛下の遺体には刺し傷などなかったのに、なぜ刺されたと断言している?それも毒だ短剣だと」
「なっ!?そんなはずはない!確かに短剣で腹を刺し……いや、知らぬ!私は知らぬ!!」
「……本当に馬鹿ですね」
リュンヌがため息と共に呟く。
見事な自爆っぷりに、兵達は戸惑いを隠さず顔を見合わせ、僅かに剣を引いた。
これだけの馬鹿と醜態を晒す者を、皇帝に担ごうとする者はおらぬだろう。
「認めぬか」
「知らぬと言っているだろう!」
「其方は本当に学ばない」
「なっ、」
クレセントが震える手を握りながらも、気力を振り絞って立ち続けるのを眺めて、手のひらから竜気を出して練ってみせる。
「竜は竜気を練って形代を作ると、先程言ったばかりだろう」
「……それが、どうした?」
「っ!まさか、陛下のご遺体は……」
「さすが、違う男の子供を孕んでおきながら俺を求め、皇太子を謀った魔女。察しが良いな」
「フルムは聖女だ!」
ようやく、真実を主張できる機会を得たとばかりに、クレセントが力強く言い放つのをせせら笑う。
気にすべきは、そこではないのだがな。
「違うな。それは罪人だ」
空気を凪ぐような静かな声。顔を強張らせた聖女が、がくりと崩れ落ちる。
空間が歪む。天馬が跳んで来たのだ。
その背に皇帝である男を乗せて。
「退け」
同乗していたランドウィックが飛び降り、近衛達の前に立ち塞がる。短くも威厳のある声に、全員が一斉に剣を収めて跪いた。
「頭が高いぞ!不敬である!」
「なっ、なぜ、父上が!?」
……この男、まだわかっていないのか。
「既に帝位は返上したに等しいが、其方を裁けるのは余だけだからな。地獄から甦ってやった」
俺に僅かばかりの寿命を与えてくれた暫定の皇帝は、疲れを見せず不敵に笑う。
「余の暗殺未遂、反逆行為、及び癒しの聖女リュンヌに罪を着せて貶めた罪。民衆を欺き、その資格もなしに次期皇帝を名乗り国を混乱させたこと、もはや命をもって償うより他にない」
皇帝の錫杖こそクレセントの手にあるが、天馬に跨り力強く理性的に断罪を行う皇帝に、その場にいる全ての人間が頭を垂れる。
「父上!?なにを言ってらっしゃるのです!その孤児は聖女などではない!私は貴方の、ルーナの!」
この馬鹿を除き。
「捕らえよ」
「はっ!」
「父上ぇっ!離せ、くそ、ふざけるなっ!!」
「断頭台に乗せよ」
「父上、父上ぇぇぅぅっ」
抵抗するクレセントは、ランドウィックと数人の近衛に拘束され泣き叫ぶ。
それを見て僅かに目を細めた陛下は、躊躇なく顔を背けて次なる断罪に移った。
「聖女フルム」
「……はい、陛下」
「皇家を欺き、不貞の子を産み育てたこと。聖女の巡礼を妨害し、リュンヌの暗殺を企んだこと。……申し開きはあるか」
「……それは。ですが、この子は!」
「その腹の子をクレセントの子供と主張するなら、その腹の子もそれを産む其方も、皇家と見做される。
……皇帝殺しの一族として、処刑だ」
「っ、…………相違、ありません」
「ならば、其方の処刑は腹の子を産んだ後、子に罪はないものとする」
「ご厚情、ありがとうございます」
フルムは床に蹲り、深く頭を下げた。
こんな女でも、母であるのだな。
ちらりとリュンヌに目をやると、涙を隠すように俯いていた。肩を抱き寄せようと手を伸ばすと、ぺしりと叩かれ赤い目で睨まれる。
「錫杖を」
「はっ」
クレセントが落とした錫杖をランドウィックが拾い、天馬から降りた陛下に渡す。血に塗れた連輪に目を走らせた先帝は僅かに目を伏せ、息子が奪った命に弔意を示した。
押さえつけられたクレセントの頭が、断頭台に固定される。陛下の命を狙いさえしなければ、命だけは救われただろうに。
「嫌だ嫌だ嫌だァッ!!やめてくれぇぇっ!!」
「皇家の者として、最後くらいは潔く散れ」
「竜、竜神よ!どこにいる!私の、私の形代を……」
「断る」
最後まで、俺が竜神だとは気付かなかったか。
しゃらん、と清らかな音がする。
苦しみも、悲しみも、憤りも、困惑も、やりきれなさも全て洗い流すような、澄み切った音だ。
「新しき世の礎となれ、クレセント」
「父上……」
鎖の滑る音。
「……父を、許せ」
「申し訳ありま」
親子の最後の会話は、竜神の耳で聞いた。
ーーーーーー
「最後まで見届けなくて良かったのですか?」
帝都が夕焼けに染まる。
それを一望する丘の上、リュンヌの腕に抱かれて一日の終わりゆく帝国を見下ろす。
『俺がいては、帝国に幕を引かねばと思い詰める馬鹿がいるからな』
「竜神との契約を失った今、再興は楽ではないでしょうね」
俺を抱く腕に、無意識に力を込めてリュンヌがぽつりと言う。俺を慮る番に感謝の念を抱きながら、
『ほとんどの民は他国に流れていくかも知れぬな』
「いいことです。普通の農業を目の当たりにして、ヌーベル様の恩恵を思い知ればいいのですよ!」
『俺はただこの地に縛られていただけだ。それも、リュンヌと会えたことで幸いとなった』
「……ヨカッタデスネ」
照れ屋の番に苦笑を漏らすと、ムッとしたように喉をくすぐられた。その手つきに情けなさを覚え、顎を上げて逆さまにリュンヌの顔を睨め付ける。
『リュンヌは俺を子猫かなにかと思っておるのか』
「ヌーベル様はヌーベル様です。どんな姿でも好きですよ」
『そ、そうか?』
初めて明確に示された好意に動揺する。
「これまでもずっと好きでしたし、これからもきっとずっと好きです。だから、それだけで良いと思いません?」
だが夕陽に染まるリュンヌの顔は穏やかで、共に過ごしたまだ幼い頃のリュンヌを思い出す。
その赤い頰に、人形で触れたいような、自らの手で感じていたいようなもどかしさ。
それが母性なんてものではないことは、もうとっくにわかっている。
『……そうだな』
押し殺して、ただ目を細めると、愛しい番が呆れたように笑った。
「八百年も生きてらっしゃるのに、奥手なのですね」
人形をとってリュンヌに触れる感覚を失うことは残念だが、番にそう言われてはどうしようもない。
ヌーベルの姿で、俺を抱くリュンヌを背後から抱きしめた。
「クレセントに感謝せねばな」
「……そうなんですけど!ものすごく癪に障りますけど!」
ヌーベルの姿の俺には相変わらず素っ気ないリュンヌの、それが反抗期なんてものではないことも、もうわかっている。
「リュンヌ」
「……なんですか、ヌーベル様」
「残った寿命すべて、リュンヌと共にいたい」
「なっ、何を今更」
ふっと笑みを漏らすと、不満げな表情で振り返る。
尖らせた唇にそっと触れると、形代の体に熱が灯る気がして笑う。
「誓いの口付けだ。解けぬから覚悟しろ」
「それは……望むところですよ」
顔を見合わせて、笑う。
クレセントから奪った寿命は、その願いに十分に足るものとなるだろう。
暮れゆく帝都を背に歩き出す。
ずっと、一緒に。
ーーーーーー
処刑されちゃう偽聖女ですが、私は悪くないと思います…了
これにて完結となります。
後半の詰め込み過ぎ……
後日、リュンヌ成人の番外編を投稿予定です。よろしければ気長に待ってやってくださいませ。
拙作お読みいただきありがとうございました!




